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3、彷徨
今夜は、手出すから
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「な、何?」
貴広は良平の細い手首をつかんでいた。
「行くなよ、そんなとこ」
つかんだ手をぐいと引いた。グラスが倒れ、ワインが数滴、膝にこぼれた。
(このコに、晒してもいいのだろうか)
貴広に引き寄せられ、良平はコテンと貴広の胸に収まった。肩が、背中が、骨張って、細くて、そのか細さが痛々しくて――。
(あいつにも見せられなかった俺を)
良平の肩が強ばっている。震える指が貴広のシャツを小さくつかむ。この身体の内側でも、葛藤が、嵐が巻き起こっているのだろうか。
(このコは、許してくれるのか? 誰のことも愛せなかった醜い俺を)
(いつも自分の身を安全な位置に置いて、一歩も踏み出すことのなかった狡い俺を)
貴広はいつも自分をコントロールしてきた。見られたい通りに見られるよう、服装を、表情を、行動を律してきた。それはたやすいことだった。なぜなら、貴広にはとくにやりたいことなどなかったから。
欲望も、衝動も、貴広を大きく撞き動かすことなどなかった。これまでは。
自分がマイノリティであることも、生活圏で晒すことは一切なかった。
「彼」にだって隠しおおせて――。
それで、何かよかったか。
失うものは、なかったかもしれない。
だが、何をも手に入れることができなかった。
三十年以上生きてきて、手に入ったのはこの北の地で得た祖父の遺産。この小さな店だけだ。
本音を話し合える友人も、温かな心を通じさせる家族も、心躍る夜をともにする恋人も。何もない。
いつも安全地帯に身を置き、危険を遠ざけて生きるとは、つまりはそういうことだ。生身の自分を誰からも遠ざけ、誰とも触れ合わない孤独。
良平の伏せた睫毛が揺れた。
「あんた……『いつまででもいていい』って俺に言ったよな」
「……ああ」
貴広は細い身体に腕を回した。その腕にそっと力をこめる。
良平は顔を上げた。
狡い自分を、真っ直ぐな瞳が見つめる。
胸の中の、細い身体。
瞳に引き寄せられ、貴広は良平の唇に触れた。良平の咽が「んん」と鳴った。
貴広の舌に口腔を愛撫され、良平の背がしなった。良平の腕が貴広の背に回り、そして。
唇が離れ、良平は涙でうるんだ目を伏せた。
「でも、貴広さん、手出してくれないからな。そばで寝てるのに、放置されるのも、辛い……から」
「いい……のか」
「貴広さん?」
この子に、晒けだしても。
――愛、しても。
「……俺を抱いてくれるのか」
「ええっ? あんたネコ?」
「そうじゃない」
目を丸くする良平の耳に貴広は吹き込んだ。
「今夜は手、出すから。先に風呂使っておいで」
良平はプルと震えた。そしてこくりとうなずいて、貴広の胸から身体を起こした。
(誰にも見せられなかった俺の醜さを、お前は)
受け入れてくれるのだろうか。
貴広は良平の細い手首をつかんでいた。
「行くなよ、そんなとこ」
つかんだ手をぐいと引いた。グラスが倒れ、ワインが数滴、膝にこぼれた。
(このコに、晒してもいいのだろうか)
貴広に引き寄せられ、良平はコテンと貴広の胸に収まった。肩が、背中が、骨張って、細くて、そのか細さが痛々しくて――。
(あいつにも見せられなかった俺を)
良平の肩が強ばっている。震える指が貴広のシャツを小さくつかむ。この身体の内側でも、葛藤が、嵐が巻き起こっているのだろうか。
(このコは、許してくれるのか? 誰のことも愛せなかった醜い俺を)
(いつも自分の身を安全な位置に置いて、一歩も踏み出すことのなかった狡い俺を)
貴広はいつも自分をコントロールしてきた。見られたい通りに見られるよう、服装を、表情を、行動を律してきた。それはたやすいことだった。なぜなら、貴広にはとくにやりたいことなどなかったから。
欲望も、衝動も、貴広を大きく撞き動かすことなどなかった。これまでは。
自分がマイノリティであることも、生活圏で晒すことは一切なかった。
「彼」にだって隠しおおせて――。
それで、何かよかったか。
失うものは、なかったかもしれない。
だが、何をも手に入れることができなかった。
三十年以上生きてきて、手に入ったのはこの北の地で得た祖父の遺産。この小さな店だけだ。
本音を話し合える友人も、温かな心を通じさせる家族も、心躍る夜をともにする恋人も。何もない。
いつも安全地帯に身を置き、危険を遠ざけて生きるとは、つまりはそういうことだ。生身の自分を誰からも遠ざけ、誰とも触れ合わない孤独。
良平の伏せた睫毛が揺れた。
「あんた……『いつまででもいていい』って俺に言ったよな」
「……ああ」
貴広は細い身体に腕を回した。その腕にそっと力をこめる。
良平は顔を上げた。
狡い自分を、真っ直ぐな瞳が見つめる。
胸の中の、細い身体。
瞳に引き寄せられ、貴広は良平の唇に触れた。良平の咽が「んん」と鳴った。
貴広の舌に口腔を愛撫され、良平の背がしなった。良平の腕が貴広の背に回り、そして。
唇が離れ、良平は涙でうるんだ目を伏せた。
「でも、貴広さん、手出してくれないからな。そばで寝てるのに、放置されるのも、辛い……から」
「いい……のか」
「貴広さん?」
この子に、晒けだしても。
――愛、しても。
「……俺を抱いてくれるのか」
「ええっ? あんたネコ?」
「そうじゃない」
目を丸くする良平の耳に貴広は吹き込んだ。
「今夜は手、出すから。先に風呂使っておいで」
良平はプルと震えた。そしてこくりとうなずいて、貴広の胸から身体を起こした。
(誰にも見せられなかった俺の醜さを、お前は)
受け入れてくれるのだろうか。
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