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二十八、やっと見つけた
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長い話にも耐え、最後まで聞いたかいがありましたよ旦那様!
秘密の囁きに喜ぶも、ここで油断をしてはいけない。まずは安易に喜ばず、慎重に様子を伺ってみよう。
「私に?」
「はい。エスティーナ様にだけ特別に」
喜んでついていきたいけれど、少しは悩んだほうがそれらしいだろうか。私が思案する素振りを見せると伯爵が後押しする。
「実はこの会場に運び込んだ品は一部に過ぎません。エスティーナ様にはぜひ他の品も見ていただきたいのです。きっと気に入って下さることでしょう」
「随分と自信がありますのね」
「ちょっとしたプレゼントも用意しておりますので、ぜひ」
私は伯爵の手引きで部屋を移ることになった。会場を出る前に旦那様に目配せしようとしたけれど、人だかりのせいで上手く伝わらない。けれどここで騒ぎ立てるわけにもいかず、私は大人しく伯爵を追いかけることにする。
伯爵の後についていくと会場の賑わいが遠のいて行く。案内されたのは伯爵の個人的なコレクションを集めた部屋で、壁には一面の絵画が飾られていた。ガラスケースには大粒の宝石が並び、室内に収められた価値だけで私は卒倒しそうだ。
でも今の私は旦那様の妻よ。王子様の妻はこんなことで気圧されたりしないわ!
「素敵な部屋ですわね」
「こちらには私のコレクションの中でもとりわけ価値のある物を集めております。いくらお披露目会とはいえ、価値のわからない者たちに見せてやるには勿体ないですからな」
あれだけ会場に飾っておきながらまだ隠していたのね……
呆れながらも伯爵に同意し、称賛を送った。
「私は伯爵様の基準を満たせたのかしら?」
「もちろんですとも。エスティーナ様は話のわかる方でいらっしゃる。そこで、どうですかな? この中から一つ、エスティーナ様にお譲りしたいと考えているのですが」
「まあ! いいんですの?」
何も知らない、無邪気な顔で喜んで見せる。何を見返りに求めるのかは知らないけれど、こういう女の方が騙しやすいでしょう? 貴女好みの女を演じてあげますわ。
私も旦那様に取引を迫った身だ。この人が私との取引を望んでいることを感じる。
「エスティーナ様に喜んでいただけるのなら、これらの品たちもさぞ幸せでしょうな。どうぞお好きなものを選んでやって下さい」
「まあ嬉しい! どうしようかしら……」
周囲に注意を払いながら宝石を眺める。
物で私を懐柔しようというのね。だとしたら私の扱いが下手な人だわ。私を懐柔したいのならホールケーキくらい用意しておきなさい! そんなことじゃあエリクだって懐柔出来ないわ。
などと乙女にあるまじきことを考えているとは知りもしない伯爵だ。私が宝石に夢中になっていることを確かめると、いよいよ本題へと移る。
「ところでエスティーナ様。少しばかりお願いしたいことがあるのですが……」
「何かしら?」
「実は、ラージェス様にお伝えいただきたいことがあるのです」
「伯爵様が? 私もあの人には言いたいことがたくさんあるの。良ければ一緒に話してあげてもいいわ。あの人、私には逆らえないもの」
ふふっと精一杯の悪そうな笑みを浮かべる。こういう時は、影を付けるといいのよね。私は照明を駆使して振り返った。
「エスティーナ様は、ラージェス様が人魚を保護しようと活動されていることをご存じですかな?」
「いいえ。私、あの人が何をしているかなんて興味ありませんわ。旦那様ったら、随分忙しくしていたけれど、そんなことをしているのね」
「そうなのですよ。以前よりあの方は人魚の味方をしていたのですが、この度急に口うるさくなられまして……人魚を捕らえることは罪だとおっしゃるのです。そこでエスティーナ様に口添えを頂きたいのですよ」
「旦那様に考えを改めてほしいのね?」
「私と同じ、美しい物を愛していらっしゃるエスティーナ様ならお分かりいただけませんかな。人魚の美しさを」
「人魚?」
「ご存じありませんか? 彼らは妖しく輝く黄金の瞳に、我々を魅了するような歌声を持つのです。そして永遠に老いることはない。まるで芸術のように美しいとは思いませんかな?」
「素敵っ! 伯爵はご覧になったことが? まさか……囲っていますの?」
「いえいえ、とんでもない!」
踏み込もうとすると伯爵は慌てて否定する。私の信頼はそこまでの域には達していないらしい。用心深いのはいいことだけれど、話し相手としては面倒だ。
「ラージェス様が禁じられていますからな。あの方を敵に回すような真似は出来ませんよ」
「それは残念ね。私も見てみたかったのだけど……」
「ではご協力頂けましたらその時は、とだけお伝えしておきましょう」
それって、もうほとんど黒じゃない!?
きっとこの人は人魚に近い存在。手に入れる算段があるのか、あるいは手中に治めているからこその発言だと思う。
「そうねえ、どうしようかしら……」
目当ての品を探す素振りで答えをはぐらかす。あまりに安請け合いしても信憑性が薄いだろう。
その時、私の耳は微かな声を捉えた。
何かしら……女の人の、声……歌?
……待って待って! この部屋ってまさか、ニナが話ていた怖い話の現場!? 一人じゃないことは有り難いけど……いやー!! 喧嘩に強い旦那様、どこですか!? そうでした私が置いてきたんでした! お経とか唱えたらいいの!?
混乱して念仏を唱え始めた私だけれど、どうしたって声は聞えてしまう。けれどその歌に聞き覚えがあったことで多少の冷静さを取り戻していた。
だってこれは、お母様が歌ってくれた子守歌で……人魚の歌よ。
……マリーナ姉さん?
どうしてかは説明出来ないけれど呼ばれている気がする。姉妹の絆、仲間の奇跡、そんなことはどうだっていい。ただ私には、この屋敷にマリーナ姉さんがいることがわかる。
マリーナ姉さんの歌、届いているわ。もしかしてニナが話していた幽霊って、マリーナ姉さんのこと? そうとわかれば怖いことなんてないわ!
「どこに……」
「エスティーナ様、いかがされましたか?」
「人魚がいるのですね」
伯爵は人のいい笑みで答えをはぐらかそうとする。でも私は確信していた。
「どこなの? 教えて……教えなさい!」
私の命令は絶対。そう信じて唱えることに意味がある。命令を下し、緊迫する場に不釣り合いな歌を披露する。
人魚は歌を大切にするけれど、私にとってはそれだけじゃなかった。青い瞳のおかげなのか、詳しい原理はわからないけれど、私は人間相手になら単純な命令を下すことが出来る。これが私の切り札だ。
歌が響く室内で、伯爵はある一点を示した。指先が示す先にあるのはコレクション部屋には似合わない本棚だ。
「ということは、この本棚をっ!」
多少の重さはあるけれど、私の腕力でも動かせる重さだった。予想通り、本棚の後ろに隠し扉を見つける。
隠し部屋の定番ね。もう少し捻った方がいいんじゃない?
なんて、親切に教えてあげるつもりはないけれど。私は伯爵を置き去りに扉を潜った。早く姉の元へ、ただそれだけを考えて進む。薄暗い階段は先が見えないけれど、怖くはなかった。
待っていて、マリーナ姉さん!
秘密の囁きに喜ぶも、ここで油断をしてはいけない。まずは安易に喜ばず、慎重に様子を伺ってみよう。
「私に?」
「はい。エスティーナ様にだけ特別に」
喜んでついていきたいけれど、少しは悩んだほうがそれらしいだろうか。私が思案する素振りを見せると伯爵が後押しする。
「実はこの会場に運び込んだ品は一部に過ぎません。エスティーナ様にはぜひ他の品も見ていただきたいのです。きっと気に入って下さることでしょう」
「随分と自信がありますのね」
「ちょっとしたプレゼントも用意しておりますので、ぜひ」
私は伯爵の手引きで部屋を移ることになった。会場を出る前に旦那様に目配せしようとしたけれど、人だかりのせいで上手く伝わらない。けれどここで騒ぎ立てるわけにもいかず、私は大人しく伯爵を追いかけることにする。
伯爵の後についていくと会場の賑わいが遠のいて行く。案内されたのは伯爵の個人的なコレクションを集めた部屋で、壁には一面の絵画が飾られていた。ガラスケースには大粒の宝石が並び、室内に収められた価値だけで私は卒倒しそうだ。
でも今の私は旦那様の妻よ。王子様の妻はこんなことで気圧されたりしないわ!
「素敵な部屋ですわね」
「こちらには私のコレクションの中でもとりわけ価値のある物を集めております。いくらお披露目会とはいえ、価値のわからない者たちに見せてやるには勿体ないですからな」
あれだけ会場に飾っておきながらまだ隠していたのね……
呆れながらも伯爵に同意し、称賛を送った。
「私は伯爵様の基準を満たせたのかしら?」
「もちろんですとも。エスティーナ様は話のわかる方でいらっしゃる。そこで、どうですかな? この中から一つ、エスティーナ様にお譲りしたいと考えているのですが」
「まあ! いいんですの?」
何も知らない、無邪気な顔で喜んで見せる。何を見返りに求めるのかは知らないけれど、こういう女の方が騙しやすいでしょう? 貴女好みの女を演じてあげますわ。
私も旦那様に取引を迫った身だ。この人が私との取引を望んでいることを感じる。
「エスティーナ様に喜んでいただけるのなら、これらの品たちもさぞ幸せでしょうな。どうぞお好きなものを選んでやって下さい」
「まあ嬉しい! どうしようかしら……」
周囲に注意を払いながら宝石を眺める。
物で私を懐柔しようというのね。だとしたら私の扱いが下手な人だわ。私を懐柔したいのならホールケーキくらい用意しておきなさい! そんなことじゃあエリクだって懐柔出来ないわ。
などと乙女にあるまじきことを考えているとは知りもしない伯爵だ。私が宝石に夢中になっていることを確かめると、いよいよ本題へと移る。
「ところでエスティーナ様。少しばかりお願いしたいことがあるのですが……」
「何かしら?」
「実は、ラージェス様にお伝えいただきたいことがあるのです」
「伯爵様が? 私もあの人には言いたいことがたくさんあるの。良ければ一緒に話してあげてもいいわ。あの人、私には逆らえないもの」
ふふっと精一杯の悪そうな笑みを浮かべる。こういう時は、影を付けるといいのよね。私は照明を駆使して振り返った。
「エスティーナ様は、ラージェス様が人魚を保護しようと活動されていることをご存じですかな?」
「いいえ。私、あの人が何をしているかなんて興味ありませんわ。旦那様ったら、随分忙しくしていたけれど、そんなことをしているのね」
「そうなのですよ。以前よりあの方は人魚の味方をしていたのですが、この度急に口うるさくなられまして……人魚を捕らえることは罪だとおっしゃるのです。そこでエスティーナ様に口添えを頂きたいのですよ」
「旦那様に考えを改めてほしいのね?」
「私と同じ、美しい物を愛していらっしゃるエスティーナ様ならお分かりいただけませんかな。人魚の美しさを」
「人魚?」
「ご存じありませんか? 彼らは妖しく輝く黄金の瞳に、我々を魅了するような歌声を持つのです。そして永遠に老いることはない。まるで芸術のように美しいとは思いませんかな?」
「素敵っ! 伯爵はご覧になったことが? まさか……囲っていますの?」
「いえいえ、とんでもない!」
踏み込もうとすると伯爵は慌てて否定する。私の信頼はそこまでの域には達していないらしい。用心深いのはいいことだけれど、話し相手としては面倒だ。
「ラージェス様が禁じられていますからな。あの方を敵に回すような真似は出来ませんよ」
「それは残念ね。私も見てみたかったのだけど……」
「ではご協力頂けましたらその時は、とだけお伝えしておきましょう」
それって、もうほとんど黒じゃない!?
きっとこの人は人魚に近い存在。手に入れる算段があるのか、あるいは手中に治めているからこその発言だと思う。
「そうねえ、どうしようかしら……」
目当ての品を探す素振りで答えをはぐらかす。あまりに安請け合いしても信憑性が薄いだろう。
その時、私の耳は微かな声を捉えた。
何かしら……女の人の、声……歌?
……待って待って! この部屋ってまさか、ニナが話ていた怖い話の現場!? 一人じゃないことは有り難いけど……いやー!! 喧嘩に強い旦那様、どこですか!? そうでした私が置いてきたんでした! お経とか唱えたらいいの!?
混乱して念仏を唱え始めた私だけれど、どうしたって声は聞えてしまう。けれどその歌に聞き覚えがあったことで多少の冷静さを取り戻していた。
だってこれは、お母様が歌ってくれた子守歌で……人魚の歌よ。
……マリーナ姉さん?
どうしてかは説明出来ないけれど呼ばれている気がする。姉妹の絆、仲間の奇跡、そんなことはどうだっていい。ただ私には、この屋敷にマリーナ姉さんがいることがわかる。
マリーナ姉さんの歌、届いているわ。もしかしてニナが話していた幽霊って、マリーナ姉さんのこと? そうとわかれば怖いことなんてないわ!
「どこに……」
「エスティーナ様、いかがされましたか?」
「人魚がいるのですね」
伯爵は人のいい笑みで答えをはぐらかそうとする。でも私は確信していた。
「どこなの? 教えて……教えなさい!」
私の命令は絶対。そう信じて唱えることに意味がある。命令を下し、緊迫する場に不釣り合いな歌を披露する。
人魚は歌を大切にするけれど、私にとってはそれだけじゃなかった。青い瞳のおかげなのか、詳しい原理はわからないけれど、私は人間相手になら単純な命令を下すことが出来る。これが私の切り札だ。
歌が響く室内で、伯爵はある一点を示した。指先が示す先にあるのはコレクション部屋には似合わない本棚だ。
「ということは、この本棚をっ!」
多少の重さはあるけれど、私の腕力でも動かせる重さだった。予想通り、本棚の後ろに隠し扉を見つける。
隠し部屋の定番ね。もう少し捻った方がいいんじゃない?
なんて、親切に教えてあげるつもりはないけれど。私は伯爵を置き去りに扉を潜った。早く姉の元へ、ただそれだけを考えて進む。薄暗い階段は先が見えないけれど、怖くはなかった。
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