悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~

奏白いずも

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10、趣味友達になりました

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 自身が妖精姫と呼ばれるセレスティーナだが、その日セレスティーナは庭園の奥で妖精を見つけたと思った。
 その小さな妖精、もとい男の子は膝に顔を埋め泣いてた。

「どうしたの?」

 こちらの声に怯えるように、男の子は顔を上げる。白い髪が揺れ、涙に濡れた頼りない瞳は頼りない。

「あ……すみません。僕、勝手に入って」

 頼りなさは口調にも表れている。怒られると思ったのか、怯えて謝る男の子にしゃがんで視線を合わせた。

「心配しなくても大丈夫よ。迷ってしまったの?」

 城の庭園は広く、森のように見える区画もある。今いる場所は少し奥まっているので迷い込んだ可能性を考えたのだが、男の子は気まずそうな顔をしていた。

「僕、お父様とお母様と来ました。でも、一緒にいるのが辛くて、逃げ出して……」

 そこでセレスティーナはこのあと会う予定だった親戚の名を思い浮かべる。

「貴方、もしかしてラシェル?」

「妖精さん、僕を知っているんですか?」

「私は妖精じゃないわ。セレスティーナ・ルクレーヌ、今日は顔合わせの日だったわね」

「セレスティーナ様!?」

 セレスティーナの父である現国王には姉がいる。姉のイレーネは夫とともに公爵領を統治しているが、なかなか子供を授からないことが悩みだった。
 そこで養子を取ることにしたらしく、今日は息子となったラシェルを紹介するために城を訪れている。まだ約束の時間には早く、セレスティーナは庭を散歩していたところだ。

「僕、お、王女殿下に失礼を!」

「気にしないで。それより、迷ったわけではないのなら、どこか痛い?」

 ラシェルは黙って俯き首を振る。なかなか言葉が纏まらないのか、躊躇いながら口を開いた。

「僕、逃げてきたんです。みんな、僕が本当の子供じゃないって言うから」

 だんだんと小さくなる声に、セレスティーナはラシェルを抱きしめていた。小さな身体が腕の中で震え、ラシェルの不安を知る。

「誰がなんと言おうと貴方は伯母様たちの子。血の繋がりなんて関係ない。お二人からの愛情を疑わないで。伯母様はね、いつも貴方の自慢ばかりするのよ」

「イレーネ様が?」

 驚くラシェルに、きちんと向き合って伝えよう。

「そうよ。息子は少し泣き虫ではあるが見どころがある。将来は私のように立派になるだろうって、何度も繰り返すの」

「イレーネ様……」

 まるで他人のようにイレーネ様と呼ばれることが不安で、一日も早く母と呼ばれることを願っていることをラシェルは知らないのだ。

「今日だって、早くラシェルのことをみんなに紹介したいと話していたのよ」

「僕、知りませんでした。イレーネ様が、そんな……」

 いつの間にかラシェルの涙は止まっていた。最初に目にした怯えも消えている。
 
「あの、僕戻ります。何も知らなくて、イレーネ様に会わないと!」

 セレスティーナから見ても伯母は威圧感があり、感情を伝えることが上手くないように思う。本当は愛情深いのに不器用なのだ。ラシェルが悩んでいたことも、さりげなく伝えておかなくては。

「ありがとうございます、セレスティーナ様。僕、もうもう泣きません」

「あら、泣いたっていいのよ」

 小さな決意は頼もしいけれど、無理をする必要はない。

「でも泣いたら立派な公爵になれないです。僕はそのために拾ってもらいました。だから、泣いたらだめですよね?」

「ラシェルは、私が泣いていたら咎める?」

「そんなことしません!」

 首を傾げて見せると、すぐに否定してくれた。それも力いっぱい。

「よかった。私もよくここで泣いているから」

「王女様でも泣きたくなることがあるんですか?」

 子供は無邪気に正直だ。信じられないという驚きに、好機の視線が向けられる。
 王女としての在り方、妖精姫としての期待は、いつだって重い。時には羽を伸ばしたいこともある。それに、この国を出ていくことは決まっているのだ。
 自身の答えがラシェルを勇気付けられるならと、セレスティーナは正直に告白した。

「私はもうすぐ嫁がなければならない。生まれ育った国を出て行くのは、やっぱり寂しいもの」

 遠い異国で、頼れる人もいない。そこに不安がないと言えば嘘になる。
 けれど自分を愛し、必要としてくれた人がいる。その想いに応えたいと、彼の手を取ったのはセレスティーナだ。
 とはいえ故郷に未練が無いわけではない。海を越えれば簡単に遊びに来ることもできないので、少しでも長く懐かしい景色を目に焼き付けていたかった。

「私が泣いていたらみんなが不安に思うでしょう? でも、やっぱり時々悲しくなるわ。大好きな家族と会えなくなってしまうから」

「家族……」

「家族と一緒にいられる時間は大切にしないとね。これは私とラシェルだけの秘密よ?」

「はい! 僕、誓いを守ります。だから、またここに来てもいいですか? また会えますか!?」

「もちろんよ。私たちは家族ですもの」

 二人だけの秘密に、二人だけの約束をした。
 結局、旅立ちが早まったせいでもう一度秘密の場所で会うことは叶わなかったけれど、あの時のラシェルは可愛かったとセレナは振り返る。

(それが今や冷血公爵)

 その冷血公爵からじっと見つめられていることに気付いたセレナは焦って誤魔化した。

「どうした?」

「い、いえ! 他にも、おすすめはあるのでしょうかと……」

 昔の貴方は可愛かったですと懐かしんでいました、とは言えず。
 とっさに誤魔化してしまったが、成功したらしい。こちらへと、書斎に誘導された。
 案内された書斎は可能な限り本棚を詰め込んだという内装だ。奥には立派な机が控えているが、そこで本を読むためのあつらえだろう。皮張りのイスは長時間座っても疲れることがなさそうだ。

「使用人たちにもこの部屋には近付かないよう言ってあるが、君は特別だ。この部屋に入ることを許そう」

 そう告げるラシェルの纏う空気は柔らかい。優しく緩む目尻に、この人は誰だと言いそうになった。

「凄い本の数ですね」

 同じ家に暮らしながらセレナは今日までこの部屋の存在を知らずにいた。

「幼い頃から物語が好きでな。本を読んでいる間は孤独を忘れられた」

 セレナにも、セレスティーナにもその感情には覚えがあった。
 そんなセレナの沈黙を自分への疑問だと感じたのだろう。ラシェルは孤独を感じた自身の生い立ちを語ってくれる。

「俺は前ロットグレイ公爵夫妻の本当の子ではない。そのため心ない言葉を投げられることも多かった」

(知っています)

 そうして膝を抱え、広大な庭の隅で泣いていたことを。涙に濡れた男の子の孤独を今もセレナは憶えている。

(で、その心ない言葉を投げてきた人たちに次々と報復して、社会的に葬り去った結果。冷血公爵なんて呼ばれているのよね)

 セレナはラシェルの生い立ちを知っている。そのことを告げればそうかと僅かに驚かれたので、きっと彼の中では何も知らない妻だと思われていたのだろう。

「こちらへ」

 差し伸べられた手に従うとリタ・グレイシアの名で埋まる棚が待ち構えていた。

「凄い……」

 同じ著者の名が本棚いっぱいに並べば壮観だ。しかもよく見れば同じ本が何冊もある。

「あの、同じ本が何冊もあるようですが」

「布教のためだ」

 セレナが渡されたのもそのうちの一冊だったのだろう。

「ここにある本は好きに読んでくれて構わない。その代わり、一ついいだろうか」

「なんですか!?」

 妙にどきりとしてしまうのは大きな隠し事のせいだ。

「また先ほどのように君と語り合いたい」

「もしかしてリタの本についてですか?」

「ああ」

 力強く頷かれる。

「それは、趣味友達のような?」

「確かにそうだな。夫婦になってから友人というのもおかしな話だが、俺には先ほどのように趣味を語り合える友がいない。ぜひ俺の趣味友達になってはくれないか?」

 緊張した口調で乞われるが、そんなことでいいのかとセレナは拍子抜けしてしまった。セレナの頭の中では、リタであることをネタに揺すられる所まで想定されていたのだ。それに比べれば気恥ずかしいが可愛いお願いである。

「旦那様さえよければ喜んで」

「ありがとう」

 不意打ちでくらう美丈夫の微笑には、不覚にも胸が鳴った。

「旦那様、そんな風に笑うんですね」

 ちゃんと表情筋ついてたんですねと思ったことは内緒だ。

「おかしいか?」

「いいえ。とても素敵だと思います」

 優しさを見せられ、笑うと小さなラシェルの面影を感じさせる。引き結ばれた口元に、鋭い目つきが和らぐ瞬間を目撃したセレナはつられて微笑んだ。
 もう妖精姫と呼ばれることはなくなったけれど、それは確かにラシェルの心を魅了する。

「友人として、これからよろしくお願いします」

 セレナは夫に手を差し出す。サイン会の時とは違い、戸惑うことなく自分からその手を握りに行く。すでに夫婦でありなが友達から始めようというのは不思議な関係だが、お互いを知ることのなかった自分たちには丁度いいだろう。この人のことを知りたいという気持ちは、確かにセレナの内に芽生えていた。
 セレナが知ることはないが、それはラシェルにも言えることだった。
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