1 / 29
一、名無し影無し
しおりを挟む
名前。それは生まれれば当然のように与えられるもの。存在を許され、愛された証。祝福を受け、家族であることを認められた証明。
でも私という存在に名前はない。私という存在を産んでくれた人の顔もとっくに忘れてしまった。今となっては本当に知っていたのかさえわからないけれど、そういうことなのだと理解するのは早かった。
汚らわしい!
浅ましい!
おぞましい!
もう耳にこびりついている。触れることはおろか、視界に映すことさえ嫌悪される毎日。それでも生きることが許されていたのは利用価値があるからで、たとえ閉じ込められるような生活を送ろうと生活に不自由することはなかった。
そんな私にも唯一『贈り物』と呼べそうなものがある。あれは私が生まれた日から数えて丁度十三年が経った日のことだ。これまで一度として誕生を祝われたことはないのにその日は珍しく私を訪ねる人がいた。
思い返せば私も甘い。もしかしてと、淡い期待を抱いてしまったのだから甘い。誰かが外の世界に連れ出してくれるかもしれない。家族として認めてもらえるのだろうかと、一瞬でも儚い夢を見てしまった。そんなこと、あるはずがないのに。
「これを使え」
挨拶なんてものはない。ただ一言、吐き捨てるように。目の前に放り投げられたのは刀だった。
この日も私が身に着けていたのは闇に紛れる黒い巫女装束。本来神に仕える女性が身に纏うものは白と赤で仕立てられたものだ。
けれど私に用意されたものは正反対。闇に溶け込みやすいように、人の目につかないように。何より黒は血や汚れが目立たない。刀を手にしたその瞬間、私は自分の成すべきことを理解した。
「人でいたければ人の役に立て。あやかしを狩れ」
そうしなければ私に生きる場所はないと、何度も何度も言いきかされている。
「夜明けまでに戻れ。それができなかった時、お前は死んだことになる」
期限は夜明け、それを過ぎてはならない。日が昇れば生きていようが死んでいようが戻ってはならない。夜ならば誤魔化しが効くけれど昼はだめだ。この姿を人に見られるわけにはいかない。
誰に見送られることのない私は今日も一人で長い石段を下る。私が身を置くことを許された屋敷から町へと続く道は果てしなく長く感じた。
今日は無事に戻ってこられるだろうか?
叶ったところで喜んでくれる人のない虚しい願い。躊躇いを振り払うように前を見据えた先にあるのは底知れぬ闇だ。
けれどそれこそが私の進むべき道。光の下を歩めない私にはお似合いだと嘲笑うように待ち構えている。
町外れにある未だ少ない灯の下を通ればほら――
「影がない人間などいるものか」
私には生まれた時から影が無い。それは普通の人間というにはあまりに異質だった。日の下に出ることはおろか、家族として人の輪に迎えられることのないまま時が過ぎていく。
今夜もあの日もらった贈り物を手に狩りへと出向く。外の世界へ出られる喜び、戦いへと赴く恐怖、そでも私が前へと進むのは僅かな希望があるからだ。
今日も明日も、明後日も――この命が尽きるまで戦い続けよう。それこそが私が人である証明。この手は人を守るためにある。
だから私は人間。そうでしょう?
でも私という存在に名前はない。私という存在を産んでくれた人の顔もとっくに忘れてしまった。今となっては本当に知っていたのかさえわからないけれど、そういうことなのだと理解するのは早かった。
汚らわしい!
浅ましい!
おぞましい!
もう耳にこびりついている。触れることはおろか、視界に映すことさえ嫌悪される毎日。それでも生きることが許されていたのは利用価値があるからで、たとえ閉じ込められるような生活を送ろうと生活に不自由することはなかった。
そんな私にも唯一『贈り物』と呼べそうなものがある。あれは私が生まれた日から数えて丁度十三年が経った日のことだ。これまで一度として誕生を祝われたことはないのにその日は珍しく私を訪ねる人がいた。
思い返せば私も甘い。もしかしてと、淡い期待を抱いてしまったのだから甘い。誰かが外の世界に連れ出してくれるかもしれない。家族として認めてもらえるのだろうかと、一瞬でも儚い夢を見てしまった。そんなこと、あるはずがないのに。
「これを使え」
挨拶なんてものはない。ただ一言、吐き捨てるように。目の前に放り投げられたのは刀だった。
この日も私が身に着けていたのは闇に紛れる黒い巫女装束。本来神に仕える女性が身に纏うものは白と赤で仕立てられたものだ。
けれど私に用意されたものは正反対。闇に溶け込みやすいように、人の目につかないように。何より黒は血や汚れが目立たない。刀を手にしたその瞬間、私は自分の成すべきことを理解した。
「人でいたければ人の役に立て。あやかしを狩れ」
そうしなければ私に生きる場所はないと、何度も何度も言いきかされている。
「夜明けまでに戻れ。それができなかった時、お前は死んだことになる」
期限は夜明け、それを過ぎてはならない。日が昇れば生きていようが死んでいようが戻ってはならない。夜ならば誤魔化しが効くけれど昼はだめだ。この姿を人に見られるわけにはいかない。
誰に見送られることのない私は今日も一人で長い石段を下る。私が身を置くことを許された屋敷から町へと続く道は果てしなく長く感じた。
今日は無事に戻ってこられるだろうか?
叶ったところで喜んでくれる人のない虚しい願い。躊躇いを振り払うように前を見据えた先にあるのは底知れぬ闇だ。
けれどそれこそが私の進むべき道。光の下を歩めない私にはお似合いだと嘲笑うように待ち構えている。
町外れにある未だ少ない灯の下を通ればほら――
「影がない人間などいるものか」
私には生まれた時から影が無い。それは普通の人間というにはあまりに異質だった。日の下に出ることはおろか、家族として人の輪に迎えられることのないまま時が過ぎていく。
今夜もあの日もらった贈り物を手に狩りへと出向く。外の世界へ出られる喜び、戦いへと赴く恐怖、そでも私が前へと進むのは僅かな希望があるからだ。
今日も明日も、明後日も――この命が尽きるまで戦い続けよう。それこそが私が人である証明。この手は人を守るためにある。
だから私は人間。そうでしょう?
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜
矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。
王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。
『…本当にすまない、ジュンリヤ』
『謝らないで、覚悟はできています』
敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。
――たった三年間の別れ…。
三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。
『王妃様、シャンナアンナと申します』
もう私の居場所はなくなっていた…。
※設定はゆるいです。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる