妖狐の寵愛~影無し少女の嫁入り~

奏白いずも

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十一、まるで人間のよう

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 ひと悶着を終え、ようやく出発にこぎつけた私たち。ただ外出するだけのはずが随分と長かった。それでも依然として外は雨のままだ。

「もっとそばへ寄ったらどうだ。肩が濡れるぞ」

「気にしなくていい。むしろ濡れて構わないから」

 そんなことを言えば返答の代わりに肩を引き寄せられる実力行使。屋敷を出て間もないというのに、早速自らの判断を後悔してしまった。刀は無理にしても何か刃物、例えば包丁あるいは陶器の破片くらいは所持しておくべきだった。
 小さな傘の下、ようするに至近距離に朧がいる。少し顔を上げるだけで朧がどんな表情をしているか窺えるほどに……つまり奇襲の好機!
 とはいえ私は残念なことに武器になる物を一切所持していない。こうなったら、来るべき日に備え目的を切り替えよう。私はいつかこのあやかしを討つ。そうなれば望月家へ戻るのだから地理を把握しておいて困ることはない。そう、これは目的のための調査。だからこうして甘んじて大人しくしているのだと。

 ――ということを隣のあやかしは理解しているのだろうか。そう考えてから、理解しているのなら連れだすはずがないと呆れを抱いた。
 でも、外へ連れだしてくれたことは……
 小さく心に芽生えた想い。けれどそれを口にすることは赦される?

「どこへ向かっているの?」

 躊躇いから、口をついたのは別の言葉だ。
 傘を持つ朧の足取りは目的地がないというわけではないので探りを入れてみる。

「近くで市が開かれている。この雨では人も少ない、ゆっくり見て回るには最適だろう」

「市? あやかしが市を見て回るの?」

「なかなか楽しいものだぞ」

 何度も訊き返すが、どうやら聞き間違いではないらしい。

「まるで人間みたいなことをするのね」

「だとしたら君はもっと驚くことになるだろう」

 朧の意図することがわからず首を傾げた。けれどこの場で明かすつもりはないのか、それきりはぐらかされてしまった。

 あやかし屋敷は人里から離れた場所に建つようで、道なりに進むもしばらく人に遭遇することはなかった。すっかり屋敷が見えなくなった頃、徐々に人の声が増え始める。
 朧が案内する町は、どう見ても人の住む町。けれど朧の足取りは自然に溶け込んでいる。ここで異質なのは、むしろ人慣れしていない自分の方だと思い知らされた。

「そんなに緊張しなくとも、ばれやしない」

「緊張?」

 驚いたように繰り返せば、朧は目を丸くしていた。次いで影のことだと囁かれる。

「ずっと、体が強張っているが」

 そして私も気付く。同じ傘の下、密着していては緊張も筒抜けなのだと。
 そうだ、私は緊張している。触れ合う距離に朧がいるのだ。それこそ影云々の問題など忘れるくらい、緊張しないわけがない。宿敵に寄り添っているのだから!

「そうね、良い天気だもの」

「君が上の空なのは理解した」

 素直に認めるのが癪で、話を逸らそうとするが失言のせいで失敗に終わった。
 ……わかった、認める。私は浮かれている。調査なんて言い訳にすぎないくらい。
 緊張? 宿敵が隣にいるからなんてでっち上げもいいところ。本当は外に出られることに喜びを感じている。明るい外の世界を純粋に楽しみたいと望んでしまった。恥ずかしくて浮かれた気持ちを知られたくない。

「……本当にどうして、どうして連れてきたの?」

 悔し紛れに呟けば、朧の答えは既に決まっているらしい。そういう憎らしいような、余裕に満ちた顔をしていた。まあ、そうでなければ己の命を奪う危険性のある女を侍らせて出歩いたりしないだろう。けれど相変わらずその先を告げないまま。これは答えるつもりがないというよりも、楽しみは後に取っておけという空気を感じた。

 やがて連れてこられた場所は――

 なんてことはない、私はこの場所を知っていた。これでも夜限定で活動範囲は広い。あやかしを探して遠出することも多く、ここはその範囲で訪れたことがある場所だ。ということは、ここまで来てしまえば望月家への道筋もわかる。けれどまだその時ではないと隣の存在が訴えかけていた。
 訪れたことがあるとはいえ、昼間はまるで別のように感じる。多くの人がいて、当たり前だが店が開いている。広い道では地面に布を敷き、机を並べ、さらに雨を避けるように布を張った店舗が並んでいる。これが賑わう町なのだろうか。

「気に入ったか?」

 目を奪われていた私を引き戻したのはもちろん朧だ。

「何を?」

「この町がだ」

「特に思い入れは感じない。でも少し、懐かしいとは思った。あれは確か、五十番台のあやかしを狩った時のことで――」

「その回想は長いのか? 珍しく饒舌になってくれたかと思えば……狩りの話とは色気がないな」

「気に入らなければ他の女を連れてくればいい。私には、他に話せるようなことがない」

 気がきくような話題も思いつかない。私がしてきたのは戦うことだけ。そんな女に、このあやかしは何を求めるつもりか。

「気に入らないと言ったつもりはない。だが、誤解させたなら悪かった」

「簡単に謝るなんて不気味。何を企んでいるの」

「酷い言われようだな。単純なことだ。せっかく二人で出掛けているのに喧嘩越しではつまらないだろう。さあ――」

 朧が足を止めるよう促した店。そこは布で雨風をしのぐような簡易な造りではなく、立派な瓦屋根の店構えだ。

「邪魔をする」

 のれんを潜れば私たちに気付いた年配の男が振り向き、にこにこと人の良い笑みを浮かべてくれた。おそらく店主なのだろう。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

「彼女に贈りたい。簪を見せてもらおう」

 どうやらこの店では簪を売っているらしい。

「かしこまりました。なるほど、素敵なお連れ様ですね。さて、何が似合いますやら」

 店主は上機嫌に簪を並べ始める。その勢いに圧倒されて、私はといえば目がくらみそうだ。
 そんな私に朧はどれが良いと問い掛ける。次々と目の前に並べられる簪は赤や黄金色、黒でさえ艶を放ち色とりどり。正直どれを見ていればいいのかさえわからない。

「まさかとは思うけど、ここに来たかった?」

 何を今更と朧は不思議そうである。対して私は拍子抜けしていた。

「こんなのまるで、普通の人間みたい」

 いったい本日何度目の指摘だろう。

「君は何を想像していたんだ?」

「色々と」

「ほう、色々ね。君の想像にも興味はあるが、まずは品を選んでくれないか」

「私に物の良し悪しが分かるとでも?」

 期待にこたえられるはずがないと喧嘩越しの返しになっていた。

「目利きを求めているわけじゃない。気に入った物はないかと聞いている」

「気に入る?」

「いつも一方的に贈ってばかりだろう。好みを聞いてみたかった」

「だから、連れてきたの?」

 一体、どんな大層な目的があるのかと期待していた自分が馬鹿みたいだ。

「相変わらずわけがわからない。もらう理由もないのに」

 朧は酷く呆れた様子で「やれやれ」と肩を竦める。

「刀は喜んで受け取るくせに、着物や装飾品になれば途端に消極的だな」

「それは! どうしていいか、わからない……。扱いに、困る。でも刀は目的、扱い方が明白で助かる」

 綺麗な物から目を背けてしまう。ここに並んでいるのは自分には無縁のものばかりだ。
 ふいに朧は一つの簪を取り、私の髪へ当てる。

「自分の女を着飾りたい。身につけてくれるだけで良いんだ。笑顔を浮かべてくれると尚いいが、それは難しいかな」

 さあ選べと、なおも朧が視線で促す。

「笑顔よりは難しくないだろう?」

 その通りだとしても、何を選べばいいのかさっぱりだ。
 とはいえ永遠に固まっているわけにもいかない。指一本すら動かそうとしない私を店主が心配そうに気遣ってくれるのでいたたまれない。
 仕方なく、まずは端から目で追ってみる。やがて私の目を止めさせたのは――

「これが気に入ったのか?」

 私が手を触れるより先に朧が気付く。

「良い趣味だ」

「そう?」

 よほど値が張る品なのだろうか。

「これをもらおう」

 そう言った朧は、これ以外に選択肢はないとばかりにさっさと金を積んでしまう。挙句、品を受け取りそのまま私の背後に回る。

「ちょっと!?」

 朧の手は迷うことなく私の髪に触れていた。驚いて非難しようと顔をよじるが、男の力にかなわず悔しい。
 視界の横で、選んだばかりの簪が揺れた。

「良く似合っている、椿」

 朧が褒めれば、一連の様子を見守っていた店主が反応を示す。

「お嬢さん、椿さんというのかい? どうりで椿の花が良く似合うわけだ」

 選んだのは赤い花を模ったもので、その言葉が差す意味はつまり。
 髪にさされてはゆっくり拝むこともできず、少し残念な気持ちになった。先に教えてくれれば良かったのにとさえ思ってしまう。

「良い品だ、感謝する」 

 満足そうに朧が店主に礼を述べてる。それを聞いた店主は、すぐさま姿勢を正し頭を下げた。

「とんでもないことで! 私どもの方こそ気にかけていただき、感謝するばかりですよ!」

 ……ん?
 店主が朧に頭を下げている。驚きにつられて私も朧を見れば、屈むように彼の唇が耳へと寄せられた。内緒話のように囁かれたものは――

「彼はあやかしだ」

 衝撃に、私は言葉を失った。
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