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「あぁ…やってしまった…。何であの場で逃げてしまったのだろう。」
僕は心底後悔していた。
彼女にも僕にも残された時間は限られている。
そんな中で、お互いの気持ちを話す必要があった。
大人になったと言うのに感情的になってしまった僕はまるで高校生の時と変わらない。
どうしたものか…
彼女の今の病気は手の施しようがないくらいに酷いらしい。
「とりあえず、彼女が安定してるうちに《お別れ》を言わないと…」
少しの勇気を出して…。
(((ガラッ
「ご…ごめん…。逃げて。」
柚月は僕を見るなり
「………だ…れ…?」
その2文字を細々と呟いた。
「「…。」」
「僕は、吉原 葵だよ。君に会いに来たんだ!」
どんな話でもいい。最後に柚月と話をできたなら。僕は幸せだと思った。
「な…んで?」
恐る恐る質問する柚月は人格が変わったみたいだった。
「え…えと……」
僕は困った。なぜなら、柚月の脳内では僕は初対面であるからだ。
そして、僕は柚月にとってとても迷惑な打開策を思いついた。
「君に僕の髪を切ってもらいたいんだ。駄目かな?」
僕の思った通り柚月はやはり困っていた。元カノを困らせるとはなんていうことだ。しかし、僕の思惑とは裏腹に柚月は満面の笑みで
「私が美容師だったって知ってるんだったら怪しい人じゃないね!いいよぉ~。私が貴方を更にかっこよくしてあげましょー!私、カットには自信あるからね!」
と、ドヤ顔で僕の顔を見た。
「じゃあ、ここ座ってくれる?」
柚月が提示してきたのは、ベッドの上だった。
「え!?ここでやるの?!散らかっちゃうんじゃ…?」
「いいのいいの!そこに溜まりまくった新聞紙があるからさ!」
「な…なるほど。」
「じゃあ、私が働いていた時代に使っていたこの綺麗なケープを巻きますね。」
((ファサァァ…
その柚月が綺麗だと豪語していたケープは、とても良い香りがした。まるで、春の木漏れ日の様な暖かい香りが僕の体内に纏わり付いた。そして、どこか懐かしい様な気がする。なんて、冷静になって1つ1つを評価している自分が少し怖い。
「じゃあ、切るね」
柚月は、意外と乗り気の様だ。
柚月がいつも寝ていたベッドの上で恐らく最後であろう僕と柚月の会話が始まった。
「どれくらいの長さにする?」
まるで本当に美容室に来ているかのような会話だ。
「え…えと。だいぶ伸びてきたし結構短くしてもらってもいいかな?」
このシチュエーションはまるで高校生の時の失恋した直後の僕を思い返しているようだった。
「りょーかい。」
柚月が愛用しているであろう水玉模様のその櫛で僕のそこそこ伸びた髪がとかれていく。
そして、僕の髪は大量に落ちていった。
ジャキジャキジャキジャキパサッ
ジャキジャキジャキジャキジャキパサッ
ジャキジャキジャキジャキジャキジャキ
「あのさ…柚月まだ記憶消えてないよね?」
((ジャキッ…
「あ。バレたー?せっかくこの病気を利用して葵君とスムーズに喋ろうと思ったのに…」
柚月は残念そうな顔でそう言った。
「でも、何で気づいちゃったの?やっぱり、葵君は賢いね。」
「まず記憶が消えたら髪を切る技術さえも消えてしまうはずだ。なのに、君は平然と準備をし始めた。それは、とても不自然だから僕は確信したんだよ。」
「私としたことが…欲望に負けてしまったということだね。」
柚月は少し笑みを浮かべてそう言った。
「…欲望?」
「そう。欲望。私は、以前美容師だったのは彩絵に聞いた…んだよね?その様子だと。」
「うん。」
「でも、私の病気はいつどうなるか分からない。だから、私はその職業を引退したの。でも、やっぱりさ心残りってあるじゃない?」
「まぁ、そうだね。」
「だから、死ぬ前に誰かの髪を切って喜ばせてあげたかったの。」
(((シャキシャキ…シャキシャキシャキ…
(((シャッシャッシャッ…
((パサッ…
「できた。」
それは、柚月と付き合っている時を思い出させられる。高校の頃の自分そのものだった。
「ど…どうかな…?」
「いい感じだよ!」
葵くんの優しい笑顔を最後に見ることが出来私は満足だった。
美容師として本当に最後の望みも叶った私は今世界一幸せだ。
そう、いい切れるような気がした。
「…そっか。」
「じゃ…じゃあ、行くね。」
「う…ん。」
もうこれで、一生会えない。
葵くんは、それを承知で私に別れの踏ん切りを付けに来たのだろう。
さっきの激しい口論は無かったかのように静寂に包まれる。
だけど、本当の本当に最後。
1人呟く声が聞こえた。
「なら…ありがとう。大好きだよ。柚月。」
私には最初の言葉は聞こえなかった。
だけど、それは今までで聞いた一番素敵で寂しいメッセージだった。
「ずっと大好き…」
と、私も一言つぶやいたのだった。
次回へ続く
「あぁ…やってしまった…。何であの場で逃げてしまったのだろう。」
僕は心底後悔していた。
彼女にも僕にも残された時間は限られている。
そんな中で、お互いの気持ちを話す必要があった。
大人になったと言うのに感情的になってしまった僕はまるで高校生の時と変わらない。
どうしたものか…
彼女の今の病気は手の施しようがないくらいに酷いらしい。
「とりあえず、彼女が安定してるうちに《お別れ》を言わないと…」
少しの勇気を出して…。
(((ガラッ
「ご…ごめん…。逃げて。」
柚月は僕を見るなり
「………だ…れ…?」
その2文字を細々と呟いた。
「「…。」」
「僕は、吉原 葵だよ。君に会いに来たんだ!」
どんな話でもいい。最後に柚月と話をできたなら。僕は幸せだと思った。
「な…んで?」
恐る恐る質問する柚月は人格が変わったみたいだった。
「え…えと……」
僕は困った。なぜなら、柚月の脳内では僕は初対面であるからだ。
そして、僕は柚月にとってとても迷惑な打開策を思いついた。
「君に僕の髪を切ってもらいたいんだ。駄目かな?」
僕の思った通り柚月はやはり困っていた。元カノを困らせるとはなんていうことだ。しかし、僕の思惑とは裏腹に柚月は満面の笑みで
「私が美容師だったって知ってるんだったら怪しい人じゃないね!いいよぉ~。私が貴方を更にかっこよくしてあげましょー!私、カットには自信あるからね!」
と、ドヤ顔で僕の顔を見た。
「じゃあ、ここ座ってくれる?」
柚月が提示してきたのは、ベッドの上だった。
「え!?ここでやるの?!散らかっちゃうんじゃ…?」
「いいのいいの!そこに溜まりまくった新聞紙があるからさ!」
「な…なるほど。」
「じゃあ、私が働いていた時代に使っていたこの綺麗なケープを巻きますね。」
((ファサァァ…
その柚月が綺麗だと豪語していたケープは、とても良い香りがした。まるで、春の木漏れ日の様な暖かい香りが僕の体内に纏わり付いた。そして、どこか懐かしい様な気がする。なんて、冷静になって1つ1つを評価している自分が少し怖い。
「じゃあ、切るね」
柚月は、意外と乗り気の様だ。
柚月がいつも寝ていたベッドの上で恐らく最後であろう僕と柚月の会話が始まった。
「どれくらいの長さにする?」
まるで本当に美容室に来ているかのような会話だ。
「え…えと。だいぶ伸びてきたし結構短くしてもらってもいいかな?」
このシチュエーションはまるで高校生の時の失恋した直後の僕を思い返しているようだった。
「りょーかい。」
柚月が愛用しているであろう水玉模様のその櫛で僕のそこそこ伸びた髪がとかれていく。
そして、僕の髪は大量に落ちていった。
ジャキジャキジャキジャキパサッ
ジャキジャキジャキジャキジャキパサッ
ジャキジャキジャキジャキジャキジャキ
「あのさ…柚月まだ記憶消えてないよね?」
((ジャキッ…
「あ。バレたー?せっかくこの病気を利用して葵君とスムーズに喋ろうと思ったのに…」
柚月は残念そうな顔でそう言った。
「でも、何で気づいちゃったの?やっぱり、葵君は賢いね。」
「まず記憶が消えたら髪を切る技術さえも消えてしまうはずだ。なのに、君は平然と準備をし始めた。それは、とても不自然だから僕は確信したんだよ。」
「私としたことが…欲望に負けてしまったということだね。」
柚月は少し笑みを浮かべてそう言った。
「…欲望?」
「そう。欲望。私は、以前美容師だったのは彩絵に聞いた…んだよね?その様子だと。」
「うん。」
「でも、私の病気はいつどうなるか分からない。だから、私はその職業を引退したの。でも、やっぱりさ心残りってあるじゃない?」
「まぁ、そうだね。」
「だから、死ぬ前に誰かの髪を切って喜ばせてあげたかったの。」
(((シャキシャキ…シャキシャキシャキ…
(((シャッシャッシャッ…
((パサッ…
「できた。」
それは、柚月と付き合っている時を思い出させられる。高校の頃の自分そのものだった。
「ど…どうかな…?」
「いい感じだよ!」
葵くんの優しい笑顔を最後に見ることが出来私は満足だった。
美容師として本当に最後の望みも叶った私は今世界一幸せだ。
そう、いい切れるような気がした。
「…そっか。」
「じゃ…じゃあ、行くね。」
「う…ん。」
もうこれで、一生会えない。
葵くんは、それを承知で私に別れの踏ん切りを付けに来たのだろう。
さっきの激しい口論は無かったかのように静寂に包まれる。
だけど、本当の本当に最後。
1人呟く声が聞こえた。
「なら…ありがとう。大好きだよ。柚月。」
私には最初の言葉は聞こえなかった。
だけど、それは今までで聞いた一番素敵で寂しいメッセージだった。
「ずっと大好き…」
と、私も一言つぶやいたのだった。
次回へ続く
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