婚約破棄されたので悪役令嬢辞めます！

28

「おい、セルフィーナ。」

ある夕暮れ、店の片付けを終えた頃、入り口の扉をリアンが開けた。  
いつになく険しい表情をしているのを見て、セルフィーナは少し身構える。

「なに……？」

短い問いに、リアンはぎこちなく視線をそらす。  
どうやら何か言いたいことがあるようだが、素直に口にできないらしい。

「……いや、おまえ最近寝てるか？ 目の下にクマできてるぞ。」

一言目がそれだったせいで、セルフィーナは少し苛立ちを覚える。  
確かに開店準備や日中の仕事で疲れはたまっているが、それをわざわざ言われる筋合いはない。

「余計なお世話よ。私の生活にいちいち口出ししないで。」

すげなく返すと、リアンの眉がさらに寄る。

「誰が心配なんかしてるか。勝手に倒れたら店が潰れるだろ、せっかくやってんのに。」

その言い方が引っかかり、セルフィーナも思わず声を荒らげる。

「だったら、もっと優しい言い方があるでしょう。いちいち嫌味ったらしく言わないでよ。」

いつの間にか店の中に二人の張り詰めた空気が漂う。  
エリザが気を利かせて奥へ退いたが、それでも口論は止まらない。

「おまえこそ、なんでそんなに突っかかってくるんだ。俺はただ、気をつけろって……」

「そんなのわかってる。けど、私にはやらなきゃいけないことがあるの。邪魔するならほっといて！」

言葉が止まらない。苛立ちと疲労が重なって、セルフィーナは感情をうまくコントロールできない。  
リアンの不器用な口調も火に油を注ぐ。

「……勝手にしろ。もう知らねえ。」

リアンは踵を返して店を出て行く。  
その背中を見送りながら、セルフィーナは胸が苦しくなるのを感じた。  
本当は怒りたいわけじゃないのに、うまく言葉にできない。

「……なんであんな風に言っちゃったんだろう。」

ふと我に返ると、寂しさと後悔がこみ上げる。  
いつも彼と話すときは、どこか感情が空回りしてしまう。

「私、疲れているだけ……だよね。」

そう自分に言い聞かせるが、リアンの言葉が刺さる。  
本当は心配してくれているのかもしれない。  
けれど、その伝え方が下手すぎるからこそ苛立つのだ。

「ごめん……リアン。」

胸の奥で謝罪を呟きながらも、自分から追いかける気にはなれない。  
下町の夕闇が濃くなる中、店内には一人残されたセルフィーナの溜め息だけが響いていた。