始まりは心臓の高鳴りと共に

後藤 しいら

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第1話 ー出会いー

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目を覚ますと、勇馬は見覚えのない天井に驚き、飛び起きた。

「え…?……!?」

勇馬は驚きのあまり口をパクパクとさせた。
困惑しながらも、自分の体や地面をペタペタと触りながら状況を確かめる。

「ここ……どこ……?ってか、なんで裸なの……?」

そう言うと、勇馬は辺りをきょろきょろとし始めた。
穴の中にいることを認識し、外を見る。

「え……」

穴の外に広がっていた美しい光景に、勇馬は再び言葉を失った。
そこは森の中だった。
その森は、木々の隙間から漏れ出る月の光によって淡く照らされていた。
辺りには小さな光の粒が無数に漂っている。
先程まで雨が降っていたのか、青々と生い茂る木々の葉には露が滴っている。
その露は月の光に照らされ、まるで森全体がライトアップされているようだった。

「僕は……死んだのか……?」

あまりの幻想的な光景に、勇馬はそう思わざるを得なかった。

勇馬はしばらく森を眺めていたが、その後、再びそわそわとし始めた。
見える景色から、自分は高所にいるのだろうと勇馬は推察し、落ちないようにそっと穴から身を乗り出した。

ーーどうやら勇馬のいる場所は、大樹の幹にできた穴の中のようだった。
穴の位置は、大樹の根元からおおよそ10mくらいの高さにあった。
穴の深さから見ると、この木は相当に太い木であることが窺える。

すると、勇馬はどこからか甘い香りがすることに気付いた。
穴から顔を出して上を見上げてみると、大樹にたくさんの黄色い小さな花が付いていた。
それらはまだ蕾のままで咲いているものは一つもなかったが、今にも咲きそうにふっくらとしていた。

「大きな金木犀きんもくせいだな……」

勇馬は大樹についている花を見て、『金木犀きんもくせい』であると判断した。
幼い頃から様々な図鑑を見ることが好きだった勇馬にとって、花を見分けるのは容易かった。

「あれ……?今……夏だよな……?」

勇馬は金木犀の花が本来は秋に咲くものだということを思い出し、首を傾げた。

「ふー……」

勇馬は一端考えるのを止め、自分の置かれている状況を掴むために落ち着こうと考えた。

すると、森を漂う光の粒が一つ、勇馬の目の前にやってくる。

「蛍……かな……?初めて見る……」

その光の粒を確かめようと、勇馬はそれを両手で優しく包み込んだ。
光は一瞬消えてしまったが、再び手の中でポウッと光りだした。
勇馬がそっと両手を開くと、そこには羽の生えた小さな人が座っていた。

「……よ、妖精……!?」

その小さな人は、勇馬の声に驚いたのか、一瞬体をビクッとさせた。
細い手足、薄くて透明な羽ーー。
昔、何かのおとぎ話に出てきた”妖精”そのものだった。

しばらくすると、その妖精はフワッと手のひらから飛び去った。

「……これはきっと夢だな……」

あまりの非現実的な状況に、勇馬はこの幻想的な森が現実のものとは到底思えなかった。
夢であればいずれ覚めるだろうと考えた勇馬は、森から出ようという考えが起きなかった。
それよりも、この美しい風景を最愛の人と共有したいと、そんなことばかりを考えていた。

莉々音りりね……」

森に見惚れながら、そうつぶやく勇馬の目からは、一粒の涙がこぼれていた。



ーーすると突然、どこからか話し声が聞こえてきた。

ひぃ様!御神木に穴が……!」

野太い、男の声が聞こえる。
勇馬は穴の縁に手をついて上半身を乗り出し、下を見下ろした。
木の麓に、4の人影を確認する。

「御神木の中に何かいるぞ!”影”に違いない!」

すると勇馬は4つの人影のうち、2が突然消えたことに気づいた。
残った2つの周りを確認するが、どこにも見当たらない。

困惑していると突然、強い風を全身に感じた。

「よぉ……」

背後からの声に、勇馬は驚いて振り向いた。
大樹の穴の奥に、熊のように大きな男が身をかがめて立っていた。
頭には2本、曲がりくねった大きなが生えている。

「えっ!?いつの間に……!?」

勇馬は驚きのあまり穴から落ちそうになったが、慌てて体勢を戻した。
しかし、逃げたほうが良さそうだと直感的に思った勇馬は、飛び降りようと再び穴から身を乗り出したが、自分のいる場所の高さに臆して、その勇気を持てなかった。

「あはは♪逃がさないよぉ~♪」

今度は上から子供のような声がして、勇馬は身を乗り出したまま上を見上げた。
するとそこには、先程の大男と同様に2本の角を生やした小さな少女が、まるで重力に逆らうように、幹に対して垂直に立っていた。
その口元には、何やら牙のようなものが生えている。

勇馬はあまりの状況に混乱し、もう一度、後ろを見た。
すると大男が拳を引いていた。

「消えな。」

勇馬は咄嗟に両腕を前にして防御態勢をとったが、何にも触れられていないにも関わらず、突然、何か物凄い力に押された。

「うわああああああああああああああ!!!!」

勇馬は大樹から吹き飛ばされ、藪の中に落ちていった。

「うう……」

勇馬は全身を強く打ち付け、痛みで体を動かせなかった。
上を見上げると、大男と少女が大樹からこちらを見下ろしている。
勇馬は穴の高さを再認識し、あの高さから落ちて生きていただけでも奇跡だと感じた。

逃げたいと思いつつも体の痛みで動けずにいると、先程とは違う切れ長の目の男が目の前に現れた。

「御神木に巣食うなんて……」

男が呟いた。

「こいつが、突然現れた禍々しい気配の正体ですね?」

切れ長の目の男は勇馬の顔を覗き込んだ。

「にしてもこいつ……初めて見る個体だ。強さが微塵も感じられない……」

勇馬は少しムッとしながらも、痛みに顔をゆがめていると、男の後ろから別の人物が現れた。

「下がりなさい。私が確かめよう。」

突然の聞き覚えのある声に、勇馬は一気に体中の痛みを忘れた。

勇馬の目に飛び込んできたのは、勇馬がこの世で最も愛している女性の顔だった。
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