始まりは心臓の高鳴りと共に

後藤 しいら

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第2話 ー影ー

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心臓が躍るとはこういうことなのだろうか。
勇馬は心の高揚を抑えることができなかった。
鼓動が次第に早くなる。

莉々音りりね……!!」

女性は一瞬体をピクッとさせ、驚いた表情を浮かべたが、すぐに平静を取り戻し、しゃがみこんで勇馬を観察し始めた。

勇馬は、良く知るひとの登場に胸を躍らせていたが、よく見るとその女性の頭には、人間には生えているはずのない2本の”角”があることに気付いた。

様……?」

切れ長の目の男が心配そうに声をかける。
女性は立ち上がり、首を振った。

「違う……。こいつは”影”ではない。妖気を全く感じない。」

「そんな……!」

「それに……影にしては、姿形が我々に似すぎている。」

「そう……ですね……」

「行くぞ。この森ではなく、”祈りの森”かもしれぬ。」

女性は立ち上がり、足早に立ち去ってしまった。

「莉々音!!待って……!!」

勇馬は体中の痛みを完全に忘れ、愛する女性ひとに瓜二つの女性を追いかけようと走り出した。

「待て貴様。」

勇馬が振り返ると、先程穴の中に現れた大男が背後に立っていた。

「うわ、いつの間に!って、ちょ!いたた……!」

再び現れた大男に驚く暇もなく、勇馬は大男に腕を強く掴まれた。
すると大男は慣れた手つきで勇馬の両手首を縛り始める。

ひぃ様はあのように仰っていたが、俺は角のないお前をまだ信用してはいない。悪いがこのまま付いて来てもらうぞ。ひぃ様に何かあっては大変だからな。」

「わ……わかった!わかったから!早く……!」

勇馬は大男に縛られながら慌てた様子で答えた。

勇馬は縛られることに対する抵抗は一切見せなかった。
大人しく縛られた方が、あの女性により早く追いつけると考えてのことだった。

勇馬の頭の中は、あの女性から離れたくないという気持ちでいっぱいだった。
なにせ彼女は角や髪形など莉々音との違いは多少あったが、顔や体形、声などはだったのだ。

「よし。とりあえずお前……これ着てろ。」

勇馬を縛り終わった大男は、自分が着ていた上着を勇馬に渡した。

「あ、ありがとう……」

勇馬は上着を受け取ると、急いでその上着を着た。

「ガハハ!ちょうどいいサイズだな!」

大男はブカブカな上着を着た勇馬を見て大声で笑った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



あれから、どれくらい歩いたのだろうか。
時間が経ったことで思い出した体の痛みに、勇馬は必死に耐えていた。
正直なところ、前方を歩くあの女性を目で追いかけるのがやっとだった。
視界が霞み、思うように足が進まない。
それでも勇馬は、前方の女性から目を離さないように必死に努めた。

「……来た。」

突然、女性が言葉を発したかと思うと、森が妖しく揺らぎ始めた。
いつのまにか妖精たちは消え、鳥や虫が騒いでいる。

すると、遠くにある木々が数本倒れた。
その倒れた木々が、さらに他の木々を次々に倒していく。

すると勇馬は、倒れた木々の奥から現われたものに背筋が凍るのを感じた。

現れたのは、5m程の大きさの真っ黒な獣だった。
その獣は、不自然に腕が長く、口には無数の牙が生えており、見るからに凶悪そうな姿をしていた。
角こそ生えていなかったが、その姿を見た勇馬は咄嗟にそれを、”鬼”であると認識した。

勇馬が絶句していると、大男が叫んだ。

ひぃ様、お下がりください!!ここは我々が!!」

そう言うと、大男は一瞬で姿を消した。
勇馬が消えた大男を探していると、先程の少女と切れ長の目の男が大鬼に向かって走りだした。

「ガア゛アァ……!!」

大鬼の呻き声に、勇馬は再び前方を見つめた。
すると先ほどの大男が、大鬼に攻撃を食らわせていた。

「あ!あの人!もうあんなところに……!」

勇馬がそう叫んだ数秒後、大鬼に辿り着いた他の2人も大男と共に攻撃を始めた。

「すごい……!!いいぞ!!」

大鬼は3人の攻撃に悶え苦しんでいた。
優勢に見えたその状況に、勇馬は安堵して拳を握った。

しかしーー。

「ガアア……ァァアア゛……アァア゛ア゛ア!!!」

大鬼が雄叫びを上げると同時に、その巨体から爆風が放たれ、3人は吹き飛んだ。
3人とも着地には成功したが、間もなく、膝から崩れ落ちた。

大男は悔しそうに大鬼を見上げる。

「しまった……!こんなにすごい『妖気』を放つなんて……」

3人は立ち上がろうと必死に体に力を入れていたが、思うように体を動かせなくなっているようだった。
すると大鬼が、3人のうちの少女に近づき、その長い腕を振り上げた。

「……!!」

少し離れた所で見ていた勇馬はこれから起こることに恐怖し、へたり込んだ。
少女を助けなければと思ったが、あまりの恐怖と体の痛みに、思うように動かなかった。

すると、視界の端で何かが動いたことに勇馬は気づいた。

「させない……」

聞き慣れた声に勇馬はハッとした。
先程の莉々音に瓜二つの女性が、大鬼の方に向かって歩いていた。

「だ、だめだ……!!戻って!!」

勇馬は女性に叫んだ。
しかし同時に、勇馬は女性の後ろ姿に、ある違和感を覚えた。

ゆっくりと歩くその女性ひとの背中からは、美しい黒い翼が生えていた。

女性はその翼を大きく広げ、羽ばたかせると、猛スピードで大鬼に接近した。
に気づいた大鬼は、少女を切り裂くために上げていた腕を、女性に向かって振り下ろした。

すると女性は身を翻して攻撃を避け、空に向かって垂直に舞い上がった。
大鬼は空を見上げ、女性に向かって両腕を伸ばす。
その腕は、女性に届く長さには到底思えなかった。

瞬間、大鬼の腕が伸び、その鋭い爪が女性の片翼をかすめた。
黒い羽根が舞い散り、女性はバランスを崩して落下し始めた。


「莉々音ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


勇馬は女性を受け止めようと、体の痛みを忘れて、必死で女性の落下点に走った。
勇馬のいる場所は女性の落下点から程遠く、間に合う見込みはほとんど無かった。
それでも勇馬は諦めず、必死に走った。
女性の瞳には、必死で駆け寄る勇馬の姿がしっかりとらえられていた。

すると女性が地面に激突するかと思われたその瞬間、大きな羽ばたきと共に女性は再び空に舞い上がった。
勇馬は風でよろけて尻餅をついたが、すぐに空を見上げ、女性の無事を確認した。

女性は大鬼を凝視すると、天に向かって片腕を伸ばした。

すると次の瞬間、雲一つない夜空から放たれた落雷が、大鬼の体を貫いたのだった。
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