始まりは心臓の高鳴りと共に

後藤 しいら

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第4話 ー執着ー

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全員の治療が終わり、勇馬は縁側に座って一息ついていた。
ここからは、村の様子も少し見ることができる。

ーーしかし、先程からリーネの姿が見当たらない。
勇馬はリーネの居場所が気になり、きょろきょろと彼女の姿を探した。

すると、小さな女の子が勇馬の左隣に座った。
その少女は、リーネにお供をしていた3人のうちの1人だった。

「リーネ様なら、『祈りの森』だと思うよぉ♪」

少女はニコッと笑った。
勇馬は考えていたことを見透かされて少し顔を赤くしたが、すぐにその表情は一変した。

「”祈りの森”……?村の外……だよね?1人で行かせたら危ないよ……!」

そう言うと勇馬は青ざめた顔で立ち上がった。

しかし少女は、のん気に縁側に座りながらブラブラと両足を揺らしている。

「大丈夫大丈夫♪ちゃーんと『ゴウコツ』がついてるから!」

勇馬はそれが誰のことかわからなかったが、先程から姿を消しているあの大男だろうと推測した。

(でも……もしまたあの大鬼が現れたら……)

心配する勇馬をよそに、少女は楽しそうな表情で勇馬を見上げた。

「私は『ナキナ』!よろしくね、お兄ちゃん♪」

「えっ……う、うん……よろしく。」

勇馬は、突然の”お兄ちゃん”呼びに何だかこそばゆくなって頬を掻いた。
ナキナは相変わらずニコニコと楽しそうにしている。
勇馬はそんな悠長な様子のナキナを見て、『大丈夫』という彼女の言葉を信じることにした。

勇馬は再び縁側に腰かけ、この世界について知るためにナキナに質問をした。

「ところでナキナ。”祈りの森”って何?リーネもその森のことを言っていたんだ。」

勇馬は、初めにいた森でリーネが『この森ではなく、”祈りの森”かもしれない。』と言っていたことを思い出していた。

「んーー……」

ナキナは細い指を顎に当て、考えている素振りを見せる。
しかし数秒でその素振りを止め、満面の笑みで答えた。

「私も、よくわからないんだ~♪」

ナキナは声は元気が良く、ハキハキとしていた。
見ると彼女はこの話題に興味がなくなったのか、目の前を飛んでいる蝶々を捕まえようと両手を伸ばしている。

勇馬があっけにとられていると、背後からふふっと笑い声が聞こえた。

「まったく、ナキナちゃんは……。それで『三盾士さんじゅんし』なんだから驚きだわ……。”祈りの森”は、リーネが毎日祈りを捧げている神聖な場所よ……?」

そう答えたのは、先ほど傷の手当てをしてくれた女性だった。

「んー。でも、何で神聖なのかよくわからないしぃ……」

「特別な場所なのよ……。あなただって、何度もを見てるでしょう……?」

女性はそう言いながら勇馬の元に近づいた。

「私、『セリカ』って言うの……。隣……座っても……?」

セリカの言葉に勇馬は慌てて左に詰めて、右隣にスペースを作った。

「ど、どうぞどうぞ!」

「ありがとう……」

するとセリカは、思っていた以上に体を寄せて勇馬の右隣に座った。
セリカの胸が勇馬の肘に押し当てられる。
勇馬は顔を真っ赤にして慌てて左に寄った。

「んっ……」

「!」

すると今度は、左隣にいたナキナに思いっきりくっついてしまった。
ナキナは窮屈そうな表情を浮かべ勇馬を見上げている。
勇馬は慌てて身を縮め、なるべく2人に触らないように努めた。

すると勇馬は、庭の隅で先程の切れ長の目の男がこちらを睨んでいることに気付いた。
ナキナもその男の存在に気付くと、片手を大きく降り始めた。

「あ!シエル~~!シエルもこっちおいでよ~♪このお兄ちゃんのこと気になってるんでしょ~~?」

どうやらあの男は『シエル』という名前らしかった。

「いらん。」

シエルは一言そう言うと、その場から離れて行ってしまった。

「あれぇ……?シエル、普段はあんなことないのにぃ……」

ナキナが悲しそうに呟く。

寂しそうなナキナの表情に、勇馬も何だか気分が沈むのを感じた。

(僕は避けられてるみたいだな……。角が生えていないからなのかな……)

勇馬は家の外に向かっていくシエルの角を目で追いながら、自分の頭に手をやった。


「あなた……お名前は……?」

突然話しかけられ、勇馬は驚いて右を振り向いた。

「ゆ、勇馬です……」

「そう……。ユーマくん……さっきは怖がらせて、ごめんね……?」

セリカが、妖艶かつイタズラな表情で勇馬を見つめる。
勇馬はふいに、先程のセリカの手つきと胸元を思い出し、恥ずかしくなって顔を背けた。

「いえ……失敗するかもしれないと聞いて、ちょっと怖かったですが……」

「ふ~ん……?」

セリカが勇馬の顔を覗き込む。
あまりにも近すぎるセリカの顔を直視することができず、勇馬は顔を赤くして俯きながら答えた。

すると、前方から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「セリカのが失敗するはずがない。大方、こいつで遊んでいたのだろう?」

いつの間に戻ってきたのか、リーネが少し不機嫌な顔で目の前に立っていた。

「あらリーネ……バレちゃった……?だってこの子……可愛いんだもん……」

セリカは近づけていた顔を少しだけ離し、勇馬にウインクをして視線を送った。
勇馬は必至で目を背ける。


ーーーすると勇馬は、突然何か得体のしれない力によって座ったまま家の中に吸い寄せられた。

「うわああああ……!?痛っ!」

急に制止し、勇馬はひっくり返って床に仰向けになった。

「おい、お前。」

目の前に現れたのは、あの大男……『ゴウコツ』だった。
勇馬は天井すれすれの巨躯を目の当たりにして、改めてその大きさに驚きを隠せずにいた。

「ぼ……僕?」

「お前以外の誰がいるというんだ。」

「そう……ですよね……」

「ふふふふっ。」

見ると、縁側で女性達がクスクスと笑っている。

「ゴウコツにつかまったね♪」

「きっと長くなるわね。」

「私達はあっちでお茶でもしない?」

彼女たちはそう言うと再び談笑を始めた。

すると3人の話を気にする様子もなく、ゴウコツは未だにひっくり返ったままの勇馬に思いっきり顔を近づけた。

「お前、ひぃ様のご慈悲で生き延びたことを忘れるなよ?」

「う、うん……」

大男の威圧感に、勇馬はたじろいだ。

「角がない異種族のお前を、ひぃ様は助けるとおっしゃったんだ。その深い御心に感謝するんだ。」

「……。」

ひぃ様に何かしたら許さないからな……?」

「うん……」

「声が小さい!!!」

「ハイッ……!!!!」

「よし……。……で、お前これからどうするんだ?」

ゴウコツの問いに、勇馬はナキナやセリカと話しているリーネを見つめた。
勇馬は、とにかくリーネと話がしたいと、そればかりを考えていた。

ゴウコツはそんな勇馬の視線に気付き、眉間にしわを寄せた。

「……ひぃ様は今から村回りをする。毎夜の習慣なんだ。」

「え……」

大鬼と戦った上に祈りの森にも行って、さらには村回りもするのかと勇馬は驚嘆したが、それを聞いたことでやりたいことはすぐに決まった。

「……じゃあ付いていくよ。彼女ともっと話がしたいし、彼女のことが知りたいんだ。」

ゴウコツはしばらく黙り込んで何かを考えた後、口を開いた。

「お前、名前は何と言う?」

「……勇馬。」

「ユーマか……。ユーマ、お前、なぜひぃ様にそこまでこだわる?」

勇馬は少し間を空けてから答えた。

「彼女……リーネは……僕の大事な人に似ているんだ。」

ゴウコツは再び眉間にしわを寄せた。

「……似ている?似ているだけか?それだけの理由で……」

「似ているなんてものじゃない。生き写しだ。僕は彼女と話がしたい……!」

勇馬は、真剣な眼差しでゴウコツを見つめた。

ひぃ様はこれから数時間かけて村回りをするのだぞ?」

「うん。」

「村回りが終わっても、話せるかどうかはわからないのだぞ?」

「わかってる……!」

勇馬の力のこもった返事に、ゴウコツはしばらく黙り込んでいた。
ゴウコツは、勇馬のリーネに対する執着は異常なようにも感じていた。

しかし、勇馬の真っすぐで真剣な眼差しを見て、こう答えた。

「わかった、お前を信じよう。……だが、俺もついていく。妙な動きをしたら殺す。わかったな?」

「わかった!ありがとう!」

「よし。」

ゴウコツは立ち上がった。
頭が天井にぶつかりそうになる。

「お前のように熱い男は嫌いじゃないぜ?」

ゴウコツはそう言って、ガハハと笑った。
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