1 / 3
プロローグ
プロローグ
しおりを挟む
どこか遠くで、低く唸るように雷鳴が響いていた。
窓ガラスに打ちつける雨音が、その轟音に応じるかのように強さを増していく。
外の世界は、まるで俺の胸の内を映し出すかのように、暗く重く、沈んだ闇に包まれていた。
俺の名前は瀬戸悠二。
年齢は32歳。
自称プロゲーマー。
古びたゲーミングチェアに身を沈め、無造作に転がっていた缶ビールを掴んで口元に運ぶ。
舌に絡む苦味。
少し残っていたぬるい酒が、喉を通る。
何本目かもわからない。
部屋中には、飲み干した缶がいくつも転がり、空っぽの自分を映すかのように鈍く光っていた。
食事なんてもう忘れた。
眠る時間すら惜しい。
部屋の外で済ませる排せつですら。
ゲーム以外の行為は無駄だと感じるようになっていた。
VRRSGエクサリウム・オンライン。
14年前、女性をメインターゲットに開発されたこのゲームは、気づけば多くの男性プレイヤーを惹きつけ、異色の人気を博していた。
このゲームは小説を元に作られた。
そのため、魅力は、紛れもなく、丁寧に紡がれたストーリーにあった。
そんなゲームに13年前、PvP要素のアップデートが入った。
俺が唯一の世界一位、誰にも負けない場所。
13年前から俺は負けなかった。
あの世界でなら、俺は神だった。
ランキングのトップに君臨し、全てのプレイヤーが俺を見上げる。これだけが、俺の全てだった。
ただ、「それ」だけに溺れていた。現実なんて、もうどうでもいい。
その夜、情報収集をしていると。
ふとこんな記事が目に入った。
[最恐のNPC、ノーフェイスを操作できるバグを発見]
「マジか、なんだこれ」
その瞬間、俺の胸は高鳴った。
もはや眠る時間さえ惜しい。
俺はそのバグを試すことにした。
MBVRをつけベッドに横たわった。
また、俺の世界へと向かう。
だが。
「なんだこれ」
目の前が闇に包まれ、手足が動かないことに気づく。
「バグったか?」「はぁ、ログアウトするか」
ウィンドウをタップし、ログアウトを押そうとしたその時だった。
「もう限界や!」
突然、廊下から父親の怒声が響く。
バーンと勢いよくドアが開かれた。
そして。
起き上がる間も無く、机の上のパソコンが大きな音を立てて倒れた。
父親がバットでパソコンを壊しやがった。
大事な俺の命綱が、一瞬にして粉々になった。
「ぐぁぁ」
強制終了の負荷が脳にかかり、声が出た。
「何してんだよ、クソッ!」
怒りが爆発し、俺は父親に掴みかかった。
「いつまでこんな事しているんや!」
父親が叫ぶ。
「いいかげん現実と向き合えや!」
俺は泣きながら必死で抵抗した。揉み合いになった。
だが、体格で圧倒されている。
突き飛ばされ、距離が空いた瞬間、ローキックが俺の左太腿を直撃し、しゃがみ込んだところに、バットをフルスイングされた。
崩れ落ちた俺に追い打ちをかけるように、父親の声が冷たく響く。
「出ていけ。」
俺は力なく床に転がったまま、父親を見つめる。
情を買おうと無様に泣きじゃくってみたが。
着の身着の壗家を追い出された。
こんなにも脆い。現実はまたこんなにも俺を簡単に砕く。
気がつけば、冷たい雨の中をよろよろと歩いていた。
左太腿と頭がズキズキと痛む。
目の前にはぼやけた街灯の光。
何も考えたくない。
何も感じたくない。
ただ、ここじゃないどこか遠くへと行きたい。
季節は秋の初め、湿った冷気が肌に染みる。
雨が容赦無く俺の化粧を崩していく。
「やり直せればな……」
ぼそっと口から出た言葉は、雨音にかき消された。
もし、全てをやり直せたら。
もし、あの時に戻れたら。
何度も何度も、そんな考えが頭の中を巡る。
だが、それが叶うわけもないと、心のどこかで理解していた。
――
俺がこの道を歩み始めたのは、もっと前のことだ。
小学生の頃、俺は他の子供たちと同じように、夢を持っていた。
少なくとも、あの頃の俺は今よりはずっと良かった。
頭がいいと言われ、クラスの中でも注目されていた。
ゲームが得意で、勉強もそこそこできて、友達もいた。
だが、俺には1つの大きなコンプレックスがあった。
「顔のせいで、何もかもが台無しになった」
俺の顔立ちが、良くなかった。それは、小学校の終わり頃から強く意識するようになった。
中学に入って、俺はそのコンプレックスを埋めるためにメイクを始めた。少しでも、自分を変えたかった。
高校に入ってからは、メイクを駆使して、完璧に近い姿を作り上げていた。新しい学校では、みんなが俺を注目してくれた。
だが、それも束の間だった。
高校2年、修学旅行での一件が全てを変えた。素顔を写真に撮られ、それがクラス全体、学校全体に広まった。
瞬く間に、俺の居場所は消え去った。あいつらは俺を「妖怪」と呼び、嘲笑の対象にした。
それだけならまだ耐えられたかもしれない。
悔しいがあと一年の辛抱だ。
俺はあんな奴らに負けたくないと必死で学校に通い詰めた。
そんな俺に普段と変わらず接してくれた子がいた――花園 楓だ。
茶髪の髪を肩までのばし、明るく大きな目は見る者を掴んで離さない。
1人で町を歩けば10人中10人が振り返る清楚系美人だ。
俺にとってエクサリウム・オンラインを共に楽しむ、唯一心を許せる友人だった。
卒業式を控えた冬の終わり。
楓――はいじめのせいで自殺をした。
と警察は言った。
いや、あれは自殺なんかじゃなかったのかもしれない。
あの容姿に嫉妬して殺害した奴がいたかもしれない。
だが、俺と親しかったがゆえに、楓も標的になったのだ。
俺のせいだ。俺が、楓を殺した。
それ以来、俺は学校に行かなくなった。
引きこもり、エクサリウム・オンラインの中に自分を埋めた。
現実から逃げるために、あの世界だけが俺の居場所だった。
父親は、そんな俺に「頑張れ」と言い続けた。
だが、どうしろと言うんだ?
俺には何も残されていない。
現実世界には
もう何も。
俺は父親を、現実を、拒絶した。
断固として引きこもった。
エクサリウム・オンラインは、全てを忘れられる場所だった。
エクサリウム・オンラインはヒロインのエマがコンプレックスを持つ顔を、アイテムで素顔を隠し、主人公のダミアンやその友人ライアンと三角関係を展開していく。
その素顔がバレるかどうかでストーリーは変わるが。
そして、失った友人、リアムをレバイブレリウムの石と言われる何でも叶えてくれる秘宝で蘇らすために冒険するストーリーだ。
そんなコンプレックスを持つヒロインに酷く共感していた。
あれからどれだけ歩いたのか、気づけば国道沿いの暗がりを彷徨っていた。
街灯の薄い光が雨に揺らめき、足元をぼんやりと照らしている。
顔を上げると、遠くに見覚えのある影が見えた。
傘を差した女性――その姿は、どこか楓に似ていた。
思わず足が止まる。
あれは……楓なのか?
まさか、そんなはずがない。彼女はもういない。それは分かっている。
だが、俺の足は自然と彼女の方へ向かっていた。
彼女の後をつけていると。
家の前で、彼女は誰かと口論をし始めた。
男だ。
その光景を遠くから見つめながら、俺の胸に何かが引っかかった。
楓に似た彼女が、知らない男と口論している。
俺の胸に嫌な予感がじわじわと広がっていく。
その光景が、俺の中で眠っていた感情をかき乱した。
あの日も、楓は俺を夜の街から連れ戻そうと必死だった。
幸い俺は酒に強く。
VRを買いたくてキャバクラのボーイをしていた。
歌を歌うのが好きだったことと、メイクで優れた容姿をゲットしていた俺はかなりイケイケだった。
そんな俺に夜職を辞めるよう何度も楓は夜の街に出てきていた。
「もうやめなよ」
「あともう少しで新作のVRが買えるんだ!笑」
「夜職して、学校はどうするのよ」
「なんとなやってるじゃん」
「だから――「ひゅーかわいいねぇ。ここのキャストさん?」
酒臭い息を漂わせ、鼻の下のちょび髭を撫で回しながら楓に近づいてきた。
俺の働いていたキャバクラ――CLUB Heavenでは同じボーイ同士で、訪れてくる珍客達にあだ名をつけて遊んでいた。
そんな数ある珍客の中でもBest10入りするほどキャストに嫌われていた人物がいた。
CLUB Heavenの名物客、通称パンツハゲオヤジ
年齢は30代後半で、160cm前半の身長に体重100キロは優に超えていそうな体。
鼻の下にはちょび髭を蓄え、黒縁の丸眼鏡をつけ。
頭頂部の髪が後退したイカれオヤジだった。
気に入ったキャストを見つけてはパンツを贈る。
「マジモンの変態・アフター要求・パンツ贈呈・イカれオヤジ」とキャストには呼ばれてたっけな。
「やべぇパンツハゲオヤジだ!逃げようぜ!」
俺はすぐに楓の腕を引っ張り、夜の街を駆け出した。
雨に濡れた路地を走り抜けながら、俺たちは何も言わずに笑いあった。
あのままどこか話せる場所に行って、二人で腹を割って話していれば、何か変わっていたかもしれない。
楓が苦しんでいることを気づいてあげられていれば何か変わっていたのかもしれないのに……
少し泣きそうになって、誰にも見られていないか、キョロキョロとしていると、
急な坂の上からトラックがスピードを上げて彼女に向かって突っ込んでいくのが見えた。
また、運転席にいるべきはずの人物がいなかった。
サイドブレーキの踏み忘れだ。
楓に似た女性は気づいていなかった。
くそっ
危ない!
「楓!」
名前が自然に口から出た。
全身が震え、汗が噴き出す。
走れ、走れ!
だが、俺の足は思うように動かない。
父親に蹴られた左太腿が痛む。
だが
それでも俺は走った。
走れた。
あの日の楓の死を、もう二度と繰り返したくない。
楓をもう二度と失いたくない。
見ると男はすでに気づいたようでその場から逃走していた。
「クソが」
楓に似た女性はきょとんとした顔でその場に立ち尽くしていた。
体が動いたのは本能だった。楓に似た女性を突き飛ばし、俺は無我夢中でトラックの進行方向に立ちはだかった。
次の瞬間
視界が歪み
音が遠くに聞こえた。
トラックのライトか?一瞬眩い光が見えた気がする。
俺の全身が鋭い痛みに貫かれ、意識が遠のく中、ふとエクサリウム・オンラインの事が浮かび上がった。
楓と共に冒険し、笑い合った記憶が、走馬灯のように脳裏に流れていく。
あぁ。
こんなにも味気ない。
心の奥底で、ただ願っていた。どうか、来世でもう一度。
エクサリウム・オンラインで、楓と共にいられますように。
そして。
俺の体は外壁とトラックの間で潰れて死んだ。
窓ガラスに打ちつける雨音が、その轟音に応じるかのように強さを増していく。
外の世界は、まるで俺の胸の内を映し出すかのように、暗く重く、沈んだ闇に包まれていた。
俺の名前は瀬戸悠二。
年齢は32歳。
自称プロゲーマー。
古びたゲーミングチェアに身を沈め、無造作に転がっていた缶ビールを掴んで口元に運ぶ。
舌に絡む苦味。
少し残っていたぬるい酒が、喉を通る。
何本目かもわからない。
部屋中には、飲み干した缶がいくつも転がり、空っぽの自分を映すかのように鈍く光っていた。
食事なんてもう忘れた。
眠る時間すら惜しい。
部屋の外で済ませる排せつですら。
ゲーム以外の行為は無駄だと感じるようになっていた。
VRRSGエクサリウム・オンライン。
14年前、女性をメインターゲットに開発されたこのゲームは、気づけば多くの男性プレイヤーを惹きつけ、異色の人気を博していた。
このゲームは小説を元に作られた。
そのため、魅力は、紛れもなく、丁寧に紡がれたストーリーにあった。
そんなゲームに13年前、PvP要素のアップデートが入った。
俺が唯一の世界一位、誰にも負けない場所。
13年前から俺は負けなかった。
あの世界でなら、俺は神だった。
ランキングのトップに君臨し、全てのプレイヤーが俺を見上げる。これだけが、俺の全てだった。
ただ、「それ」だけに溺れていた。現実なんて、もうどうでもいい。
その夜、情報収集をしていると。
ふとこんな記事が目に入った。
[最恐のNPC、ノーフェイスを操作できるバグを発見]
「マジか、なんだこれ」
その瞬間、俺の胸は高鳴った。
もはや眠る時間さえ惜しい。
俺はそのバグを試すことにした。
MBVRをつけベッドに横たわった。
また、俺の世界へと向かう。
だが。
「なんだこれ」
目の前が闇に包まれ、手足が動かないことに気づく。
「バグったか?」「はぁ、ログアウトするか」
ウィンドウをタップし、ログアウトを押そうとしたその時だった。
「もう限界や!」
突然、廊下から父親の怒声が響く。
バーンと勢いよくドアが開かれた。
そして。
起き上がる間も無く、机の上のパソコンが大きな音を立てて倒れた。
父親がバットでパソコンを壊しやがった。
大事な俺の命綱が、一瞬にして粉々になった。
「ぐぁぁ」
強制終了の負荷が脳にかかり、声が出た。
「何してんだよ、クソッ!」
怒りが爆発し、俺は父親に掴みかかった。
「いつまでこんな事しているんや!」
父親が叫ぶ。
「いいかげん現実と向き合えや!」
俺は泣きながら必死で抵抗した。揉み合いになった。
だが、体格で圧倒されている。
突き飛ばされ、距離が空いた瞬間、ローキックが俺の左太腿を直撃し、しゃがみ込んだところに、バットをフルスイングされた。
崩れ落ちた俺に追い打ちをかけるように、父親の声が冷たく響く。
「出ていけ。」
俺は力なく床に転がったまま、父親を見つめる。
情を買おうと無様に泣きじゃくってみたが。
着の身着の壗家を追い出された。
こんなにも脆い。現実はまたこんなにも俺を簡単に砕く。
気がつけば、冷たい雨の中をよろよろと歩いていた。
左太腿と頭がズキズキと痛む。
目の前にはぼやけた街灯の光。
何も考えたくない。
何も感じたくない。
ただ、ここじゃないどこか遠くへと行きたい。
季節は秋の初め、湿った冷気が肌に染みる。
雨が容赦無く俺の化粧を崩していく。
「やり直せればな……」
ぼそっと口から出た言葉は、雨音にかき消された。
もし、全てをやり直せたら。
もし、あの時に戻れたら。
何度も何度も、そんな考えが頭の中を巡る。
だが、それが叶うわけもないと、心のどこかで理解していた。
――
俺がこの道を歩み始めたのは、もっと前のことだ。
小学生の頃、俺は他の子供たちと同じように、夢を持っていた。
少なくとも、あの頃の俺は今よりはずっと良かった。
頭がいいと言われ、クラスの中でも注目されていた。
ゲームが得意で、勉強もそこそこできて、友達もいた。
だが、俺には1つの大きなコンプレックスがあった。
「顔のせいで、何もかもが台無しになった」
俺の顔立ちが、良くなかった。それは、小学校の終わり頃から強く意識するようになった。
中学に入って、俺はそのコンプレックスを埋めるためにメイクを始めた。少しでも、自分を変えたかった。
高校に入ってからは、メイクを駆使して、完璧に近い姿を作り上げていた。新しい学校では、みんなが俺を注目してくれた。
だが、それも束の間だった。
高校2年、修学旅行での一件が全てを変えた。素顔を写真に撮られ、それがクラス全体、学校全体に広まった。
瞬く間に、俺の居場所は消え去った。あいつらは俺を「妖怪」と呼び、嘲笑の対象にした。
それだけならまだ耐えられたかもしれない。
悔しいがあと一年の辛抱だ。
俺はあんな奴らに負けたくないと必死で学校に通い詰めた。
そんな俺に普段と変わらず接してくれた子がいた――花園 楓だ。
茶髪の髪を肩までのばし、明るく大きな目は見る者を掴んで離さない。
1人で町を歩けば10人中10人が振り返る清楚系美人だ。
俺にとってエクサリウム・オンラインを共に楽しむ、唯一心を許せる友人だった。
卒業式を控えた冬の終わり。
楓――はいじめのせいで自殺をした。
と警察は言った。
いや、あれは自殺なんかじゃなかったのかもしれない。
あの容姿に嫉妬して殺害した奴がいたかもしれない。
だが、俺と親しかったがゆえに、楓も標的になったのだ。
俺のせいだ。俺が、楓を殺した。
それ以来、俺は学校に行かなくなった。
引きこもり、エクサリウム・オンラインの中に自分を埋めた。
現実から逃げるために、あの世界だけが俺の居場所だった。
父親は、そんな俺に「頑張れ」と言い続けた。
だが、どうしろと言うんだ?
俺には何も残されていない。
現実世界には
もう何も。
俺は父親を、現実を、拒絶した。
断固として引きこもった。
エクサリウム・オンラインは、全てを忘れられる場所だった。
エクサリウム・オンラインはヒロインのエマがコンプレックスを持つ顔を、アイテムで素顔を隠し、主人公のダミアンやその友人ライアンと三角関係を展開していく。
その素顔がバレるかどうかでストーリーは変わるが。
そして、失った友人、リアムをレバイブレリウムの石と言われる何でも叶えてくれる秘宝で蘇らすために冒険するストーリーだ。
そんなコンプレックスを持つヒロインに酷く共感していた。
あれからどれだけ歩いたのか、気づけば国道沿いの暗がりを彷徨っていた。
街灯の薄い光が雨に揺らめき、足元をぼんやりと照らしている。
顔を上げると、遠くに見覚えのある影が見えた。
傘を差した女性――その姿は、どこか楓に似ていた。
思わず足が止まる。
あれは……楓なのか?
まさか、そんなはずがない。彼女はもういない。それは分かっている。
だが、俺の足は自然と彼女の方へ向かっていた。
彼女の後をつけていると。
家の前で、彼女は誰かと口論をし始めた。
男だ。
その光景を遠くから見つめながら、俺の胸に何かが引っかかった。
楓に似た彼女が、知らない男と口論している。
俺の胸に嫌な予感がじわじわと広がっていく。
その光景が、俺の中で眠っていた感情をかき乱した。
あの日も、楓は俺を夜の街から連れ戻そうと必死だった。
幸い俺は酒に強く。
VRを買いたくてキャバクラのボーイをしていた。
歌を歌うのが好きだったことと、メイクで優れた容姿をゲットしていた俺はかなりイケイケだった。
そんな俺に夜職を辞めるよう何度も楓は夜の街に出てきていた。
「もうやめなよ」
「あともう少しで新作のVRが買えるんだ!笑」
「夜職して、学校はどうするのよ」
「なんとなやってるじゃん」
「だから――「ひゅーかわいいねぇ。ここのキャストさん?」
酒臭い息を漂わせ、鼻の下のちょび髭を撫で回しながら楓に近づいてきた。
俺の働いていたキャバクラ――CLUB Heavenでは同じボーイ同士で、訪れてくる珍客達にあだ名をつけて遊んでいた。
そんな数ある珍客の中でもBest10入りするほどキャストに嫌われていた人物がいた。
CLUB Heavenの名物客、通称パンツハゲオヤジ
年齢は30代後半で、160cm前半の身長に体重100キロは優に超えていそうな体。
鼻の下にはちょび髭を蓄え、黒縁の丸眼鏡をつけ。
頭頂部の髪が後退したイカれオヤジだった。
気に入ったキャストを見つけてはパンツを贈る。
「マジモンの変態・アフター要求・パンツ贈呈・イカれオヤジ」とキャストには呼ばれてたっけな。
「やべぇパンツハゲオヤジだ!逃げようぜ!」
俺はすぐに楓の腕を引っ張り、夜の街を駆け出した。
雨に濡れた路地を走り抜けながら、俺たちは何も言わずに笑いあった。
あのままどこか話せる場所に行って、二人で腹を割って話していれば、何か変わっていたかもしれない。
楓が苦しんでいることを気づいてあげられていれば何か変わっていたのかもしれないのに……
少し泣きそうになって、誰にも見られていないか、キョロキョロとしていると、
急な坂の上からトラックがスピードを上げて彼女に向かって突っ込んでいくのが見えた。
また、運転席にいるべきはずの人物がいなかった。
サイドブレーキの踏み忘れだ。
楓に似た女性は気づいていなかった。
くそっ
危ない!
「楓!」
名前が自然に口から出た。
全身が震え、汗が噴き出す。
走れ、走れ!
だが、俺の足は思うように動かない。
父親に蹴られた左太腿が痛む。
だが
それでも俺は走った。
走れた。
あの日の楓の死を、もう二度と繰り返したくない。
楓をもう二度と失いたくない。
見ると男はすでに気づいたようでその場から逃走していた。
「クソが」
楓に似た女性はきょとんとした顔でその場に立ち尽くしていた。
体が動いたのは本能だった。楓に似た女性を突き飛ばし、俺は無我夢中でトラックの進行方向に立ちはだかった。
次の瞬間
視界が歪み
音が遠くに聞こえた。
トラックのライトか?一瞬眩い光が見えた気がする。
俺の全身が鋭い痛みに貫かれ、意識が遠のく中、ふとエクサリウム・オンラインの事が浮かび上がった。
楓と共に冒険し、笑い合った記憶が、走馬灯のように脳裏に流れていく。
あぁ。
こんなにも味気ない。
心の奥底で、ただ願っていた。どうか、来世でもう一度。
エクサリウム・オンラインで、楓と共にいられますように。
そして。
俺の体は外壁とトラックの間で潰れて死んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる