彼を想い、彼を憶う

宇田川竜胆

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私は愛す、あなたのこと

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 私は、どうやら彼と同じ日に生まれたらしい。
 私の親と彼の親はどうやら仲がいいらしい。
 だから、自然と彼とは仲良くなった。
 同じ幼稚園に通った。どうやら彼は私のことが好きなようで、公園かどこかで摘んできたたんぽぽを一輪、私に渡してきた。好きだという言葉と一緒に。
 同じ小学校に通った。同級生から付き合ってるだとか冷やかされた。彼はそれが恥ずかしかったようで、私のことは好きではないと否定していた。
 同じ中学校に通った。この頃になると、あまり話すこともなくなった。私は特に彼のことが好きではないはずなのだが、何故か喪失感を感じた。まるで、自分の片腕がなくなってしまったようだ。
 同じ高校へと進学した。この頃になると、恋人がいるという人も増えてきた。しかし、私には恋人ができなかった。告白されるようなこともなかった。ただ、彼のことをいつの間にか好きになっていたということに気付くだけだった。
 同じ大学に進学した。入学式が終わり、家へと帰る途中に彼から声をかけられた。どうやら彼は私のことが好きだったようだ。それこそ、最近になって恋心が再燃したとかではなく、幼稚園の頃からずっと好きだったようだ。
 告白を受け入れたら、彼は泣き出してしまった。これには流石に驚いた。彼氏なんだからもっとしっかりしてほしいものだ。
 大学を卒業するタイミングでプロポーズされた。正直、不安しかない。経済的に自立していない。お互いの精神年齢が若すぎる。だが、断るという選択肢は存在しなかった。
 結婚後、私は在宅で行える仕事に就いた。仕事をして、家事をする。夜には彼にも家事を手伝ってもらい、終わった後は二人の時間を過ごす。そんな毎日を繰り返した。
 それから何年かが経った。明らかにおかしい。子どもができないのだ。
 二人で病院に行く。どうやら子どもは望めないらしい。これには私は落ち込んだが、彼は私以外いらないと励ましてくれた。しばらくして私は立ち直る。
 それからは、二人でたくさんの場所を巡った。日本はもちろん、海外にも行った。楽しかった。二人での旅行が、何気ない日常が楽しかった。
 そんな日常は予兆もなく崩れ去った。
 彼は定年を前にして、私のことを忘れてしまった。どうやら、認知症という病気らしい。同時に癌という病気も見つかった。膵臓という部位の癌で、治療は難しいらしい。
 しばらくして、驚くほど呆気なく彼は亡くなってしまった。どうやら、私のために長生きしようという気持ちはなかったらしい。当然だろう、私のことを忘れてしまったのだから。
 全く迷惑なものだ。そんな簡単に忘れるのなら、好きにならないでほしい。
 全く迷惑なものだ。一生幸せにするとプロポーズするのなら、先に死なないでほしい。
 本当に、彼は迷惑でしかなかった。だからこそ、この恨みを彼に伝えに行こう。
 じきに私にも迎えが来るだろう。だから、私は伝えるのだ。私のことを簡単に忘れやがってと。私より先に死にやがってと。私のことを愛してくれてありがとうと。素直な気持ちをあまり伝えられなくて申し訳ないと。
「あなたのことを愛していると。私は伝えるのだ」
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