ヘルメースの遺児

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あの男

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 警察署の中にある休憩室。広さは約6畳ほどだろうか?数台の自動販売機が壁際に並んでいた。スーツを着た数人の男達。その口から出てくる言葉は今日も〔あの男〕の陰口だ。
「あの人・・いつも同じスーツですよね?」
「今日で何日目ですか?かれこれ2週間同じスーツですよ?」
「スーツ一着しか持ってないんですかね?」
「係長が何度か窘めたそうなんですが、聞く耳持たずで・・その時は一カ月同じスーツだったとか?」
「俺たちの仕事はある意味〔人間相手〕の商売だからなぁ」
「袖のボタンずっと取れたままだぞ」
「あの人奥さんと死に別れて、それ以来ずっと独身だから、ボタン付けてくれる人いないんだろう?」
 私はそれらの陰口を右から左に聞き流していた。
 (今日のテーマはスーツか・・よく毎日話すネタがあるな)
 私は湯気の立つコーヒーを口の中に流し込んだ。一人の老刑事が私を見て話しかけてきた。
「そういえば・・君はあの男と組んで長いそうだな?どうだ、あの男の仕事振りは?」
 その場にいた男達が私を見る。私は普段行動を共にしている〔あの男〕について思い出せる事を話す事にした。
「やはり狡猾な一面があります。関係者に話しを聞くにしても誘導尋問上等な感じです。そして相手の言葉尻を捉えて畳み掛けます」
 それを聞いた老刑事は溜め息をつく。
「あの男、全然変わってない!」
 吐き捨てるように老刑事は言った。私は老刑事に尋ねた。
「『あなたに仕事を教わった』と言ってましたよ?」
 その場を沈黙が支配する。老刑事はまたも溜め息をつく。老刑事は言い訳をしながら話し出した。
「確かに〔あの男〕に仕事を教えたのは俺だ。俺の刑事人生で学んだ事を〔あの男〕にたたき込んできた。しかし、誘導尋問までしてるとは!」
 老刑事は少しの沈黙の後、ポツリと言った。
「育て方を間違えた!俺の責任だ・・」
 老刑事はまるで、できの悪い子供を持った親のような言葉を吐き出す。だが私は老刑事をフォローするかのように言葉を紡ぐ。
「でも〔あの男〕の検挙数は所轄内外でも有名ですよ!あなたが鍛え上げたからでは?黒崎さん」
 黒崎と呼ばれた老刑事はその言葉にも嬉しく無さそうだった。
「片倉!不祥事が相次ぎ警察への風当たりが強いのに、結果を出しているからといって違法な捜査手法は看過できん!」
 片倉と呼ばれた私は、この愚直で真っ直ぐな黒崎刑事が〔あの男〕を育てたという事実が面白いと思っていた。黒崎刑事はその性格と実直な仕事振りで皆の人望を集めていた。
 〔あの男〕とは正反対だ・・。 私はコーヒーを飲み終え、空になった缶をゴミ箱に放り込んだ。黒崎刑事が私を見て
「片倉!〔あの男〕は何処にいる!」
 黒崎刑事は忌々しそうに言葉を吐き出す。私はいつもの場所にいることを知っていたので
「宿直室で昼寝してます」
 とだけ答えた。黒崎刑事は間髪を入れず
「休憩が終わったら、『俺の所に来い!』と伝えろ!」
 私は
「了解です!」
 と短く答えると休憩室を後にした。
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