公爵夫人は命がけ!

保谷なのめ

文字の大きさ
21 / 156
【第1章】婚約・結婚式編

21話 突然の来訪者

しおりを挟む
 最近、やたらと寝覚めがいい。その理由の大半は、一度部屋の中で狙われて以降屋敷の警備が強化されたことにあるだろう。
 リディアは屋敷の中にいる限り、命の危機に晒されることがグッと減った。もちろん故意によるもの以外の、例えば偶然何かが飛んでくるとか落ちてくるとか、そういうことは変わらずあったが、それらへの対処はもう慣れたものだ。練習中にありえない跳ね方をして自分に返ってくる魔法から身を守るため、防御魔法を展開する速度も上がった。今では寝ぼけながらでもできるくらいだ。
 今日も朝食までの短い間に眠い目を擦りながら2個か3個、落ちてくるものを避け、飛んでくるものを跳ね返した。もはや何が落ちてきて何が飛んできたのかもリディアは大して気に留めていない。そんな彼女の様子にこちらもすっかり慣れてしまって表情ひとつ変えないメイドのミラと話しながら食堂へ向かうと、いつもなら静かな扉の向こうから何やら話し声がしていた。

「——じゃねえのか」
「——だ。そうじゃない」

 1人はキースの声だが、もうひとつはリディアに聞き覚えのない男の声だった。エドでもジークでも、執事長のウィリアムでもない。知らない人間の気配に若干身構えたが、この屋敷のセキュリティが簡単に突破されるとは考えにくいし、そうだとしてもあのキースがやられるということはないだろう。リディアはミラと目配せをして、扉を開けた。

「おはようございます」
「ああ、おは——」
「お! 坊主、この嬢ちゃんか!?」

 キースを遮ったのは、彼の隣の席に座る、ラフな格好をした大柄な男だった。年はキースやリディアの親世代か、それより少し若いくらいだろうか。彼はリディアを頭からつま先までまじまじと観察すると、「お前も隅に置けねえな!」と豪快に笑い、迷惑そうな表情を浮かべているキースを肘でつつく。

「あの……」

 状況を掴めず、席につかずにその場で立ったままだったリディアが声をあげると、男は「あぁ! 悪いな」と立ち上がって近付いてきた。

「俺はアンドレア。嬢ちゃんが坊主の結婚相手か?」
「アンドレア——」

 アンドレア、というワードにリディアは思わず固まった。そんなリディアを他所に、アンドレアは腕がちぎれそうなほど握った手をブンブンと振る。リディア——もとい里奈には彼に覚えがあった。アンドレアはそう、キースの——

「リディア、この人は俺の……」
「師匠……」
「お? そうだ。知ってたか」

 そう、彼はキースの師匠だった。しかし、彼女はそれを作中には直接登場させていない。

「あ、ええ、ちょっと噂を耳にして……」

 何故なら彼は、作中では既に死亡したキャラクターだったからである。

「噂になるほどだったかぁ」

 キースは作中、徹底的に孤独なキャラクターとして作り上げた。だから前の妻にも、両親にも、そして信頼する師匠にも先に死なれたという設定にしていたのだ。アンドレアはそうしてキースを置いていくうちのキャラクターのひとりだった。
 自らと同じ運命を持つ者との邂逅に、リディアは動揺していた。アンドレアがいつ亡くなったのかに関して作者である彼女は設定を決めておらず、正直なところ、今の時点で既に死んでいると思っていたのだ。今生きているということは、つまりリディアと同じように、物語開始時点である二年後までに彼もまた命を落とすということである。

「アンドレア、彼女は俺の結婚相手、アークェット家の令嬢のリディアだ」
「……初めまして。お会いできて光栄ですわ」

 リディアは平静を装い、微笑みを浮かべて体に染みついたカーテシーを行う。幸い、彼女の動揺はキースにもアンドレアにも気付かれていないようだった。

「ほんとキレーな子だな、おいキース、逃がすんじゃねえぞ」
「余計なことを……!」

 キースはいつもの冷たく高潔な雰囲気を崩し、まるで子供のように揶揄われている。その様子は微笑ましく、周りの従者たちもニコニコとそれを見守っていたが、ただひとり、これから物語の行く末を知るリディアだけが胸を痛めていた。

——こんなにキースにとって大切な相手を、私は……。

 ただ一行だけの設定。それでもキャラクターには人格も、人生もある。自分だけが死の運命から逃れればいいわけじゃないのだ。

「……リディア?」
「ッ、ああ、ごめんなさい、……ちょっとお腹が空いてしまって」
「そうだよな! 俺もだ。ほら早くメシ食おうぜ、坊主」

 坊主と呼ばれたキースが睨んだのを、アンドレアはまるで小さい子ども相手でもするようにいなし、「嬢ちゃんが腹減ったって言ってんだよ」とリディアのことを示した。リディアのことを言い出されるとキースはこれ以上何か抵抗することもできず、ふう、と自分自身を落ち着けるように深呼吸をして、椅子に座った。アンドレアとリディアもそれに続く。

「キース、あんま拗ねんなよ。ほら美味そうだぜ、この肉とか、卵とか……」

 アンドレアは食い入るようにキースの前に置かれた皿を眺めている。キースははあ、と大きなため息を吐くと、近くにいた従者に「朝食をもう1人分持ってきてくれないか」と頼んだ。

「おっ、やりぃ」
「意地が悪いぞ」
「ちゃんと食わなきゃやってけねえんだよ。お前と違って貧弱じゃないからな」
「俺だって今は貧弱じゃ……!」

 こんがり焼けたベーコンを頬張りながら仲良く言い合うアンドレアとキースを、リディアは複雑な心境で見つめることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】 メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。 冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。 相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。 それでも彼に恋をした。 侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。 婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。 自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。 だから彼女は、消えることを選んだ。 偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。 そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...