公爵夫人は命がけ!

保谷なのめ

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【第1章】婚約・結婚式編

42話 暴走の先に

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 スザンヌの店を後にする頃には、もう陽が落ち始めていた。以前キースと訪れた時には裏道を使って歩いて来たが、足場も良くないうえ、警備的にも通るべき道ではないので、今回は遠回りだが大通りを馬車でやってきた。乗り心地があまり良くないから好きじゃないんだよなあ、なんてことを考えながら、リディアは中へと乗り込む。

——私の考えた世界なんだったら、馬車くらいもっと静かでスムーズな感じにしてくれてもいいのに。

 とはいえ文句は言っていられない。馬車の中に一緒に乗り込むのはミラと執事長のウィリアム、そして団長代行のジークだ。もう一台に他の従者たちが荷物とともに乗り込んで、外には他の騎士たちが馬で走っている。

「出発してもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」

 御者の合図で、馬車はゆっくりと動き始めた。カタカタと小さな揺れが車輪から伝わり、体を揺らす。ゆっくりとしたペースなので、なんだか眠くなるようだ。車内についた窓から外を眺めた。街はまだ賑わい、これから夜はまた違う顔を見せるのだろう。酒場の主人たちが店先に出て準備を始めている。レストランの店主は、昼のメニューを夜のメニューに切り替えているところだった。今日の限定品であろう花飾りと風船を持った子どもたちが無邪気に走り回り、街は活気でいっぱいだ。リディアはそんな様子をのんびりと眺める。手にはクロワッサンの入った袋に、花束に、他にもたくさんのもらったものたち。念のために防御魔法をかけておいたそれらを荷馬車にのせましょうかと聞かれ、リディアは断っていた。せっかく彼女たちがリディアを想ってくれたのだから、直接持っておきたい。そう思ったのだ。

「良い街ねえ、ほんと」
「そうですね」

 ここに来たあの日。まだリディアが前世を思い出していなかったあの時は、この街をこんなに好きになれるだなんて思っていなかった。あの頃のリディアはただ、結婚相手としての最低限の責務を果たすことしか考えていなかったのだ。
 それが今はたくさんの人と知り合って、こうして受け入れてもらっている。それがリディアには心強く、そして同時に寂しくもあった。これは終わりのある関係だ。あまり入れ込み過ぎると別れるときに辛くなる。そうわかってはいるんだけれど。

「パン、食べちゃおうかな」
「浄化の魔法はかけてありますので、召し上がっていただいても問題ありませんよ」

 二着のドレスを着て、あちこち見られて回されて、もう一度脱いで、着て……と繰り返したリディアの体はクタクタだ。やってくる眠気を誤魔化すためにクロワッサンを食べるか、と紙袋を開いたところで、リディアはふと違和感に気が付いた。

——揺れてる。

 馬車が揺れるのは当然なのだが、そうではない。
 なのだ。

「……なんだか、今日はやけに馬車が揺れるわね……」
「……状況を確認してみます」

 リディアの言葉に、ジークが窓から外の騎士と話をしようと身を乗り出した瞬間。

「——!」

 ガタン! と大きく馬車が揺れて、バランスを崩したジークが中へと戻ってきた。異変を察知したジークとミラは、咄嗟にリディアを守るような体勢をとる。リディアは慌てて防御魔法を展開できる準備をし、ウィリアムも近くに呼び寄せる。こういうとき、固まっているべきなのかそれともバラバラになっておくべきなのかはわからないが、リディアに守れる範囲はできるだけ守っておきたかった。

「——どうなってるの?」
「ッ、詳しいことはわからないのですが……」

 外からは、馬のいななきと御者の慌てる声が聞こえている。車内が揺れるペースから考えると、かなり速度が上がっているようだ。バランスを崩して大きく馬車が左右に揺れている。

「暴走しているようです……」

 ジークはそう言うと、騎士たちに馬と繋がっている部分を切るようにと指示しようと、窓から身を乗り出した。動力を失えばリディアたちの乗っている部分は止まる。しかし、その試みは失敗に終わる。

「クソッ……」
「ダメだった?」
「申し訳ありません……騎士たちは既に、かなり後方にいるようです……」
「そう……」
 
 普通、こういうことが起きたとしても追いつけるように、騎士たちは馬に乗って並走している。彼らが置いていかれるというのは考えにくいことなはずだとジークは独り言のように呟き、新たな解決策を考えているようだ。

「……リディア様」
「なに?」
「いざとなったら……」

 コソリとリディアに耳打ちしたミラが示したのは、以前作ってもらった、安全な場所へと転移させる魔法のかかったチャームだ。ただし、それを使うということは、ほかの全員を置いていくことになる。リディアは極力それを避けたかった。

「退いてください!!」

 窓の外を見ると、どうやら市街地は抜けていそうなのが不幸中の幸いだった。多くの人を巻き込んでしまうことはなさそうだ。リディアは必死に、何か使える魔法がないかどうかを探す。

「減速に使える魔法は……」
「あるにはありますが、車輪か道に直接書かないと効果がありません……!」

 馬と車体を切り離そうにも、そのためには一度外に出なければいけない。その間にも馬車はどんどん加速し、制御できなくなった車体はグラグラと左右に大きく傾いている。このままでは横転する——全員がそう考え、ジークとリディアが防御魔法を展開した瞬間。

「歯ァ食いしばれよ!」

 そんな声が聞こえて、ガキン! と大きな金属音のあと、一瞬衝撃が走った。同時に馬車は徐々に減速して、リディアが咄嗟に瞑った目を開く頃には完全に止まっていた。

「一体なにが——」

 全員が落ち着かずに騒然としていると、ゆっくりと扉が開いた。砂埃が舞う中に現れるシルエット。そこにいたのは——

「嬢ちゃん。無事だったか」

 夕陽を背負い、その体の半分ほどはあろう大きな剣を片手で担いで、アンドレアは笑った。
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