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【第2章】迷宮と少女編
9話(66話) 説得
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「私も……一緒にそこへ連れて行ってくれない?」
「——なんだって?」
キースの鋭い視線がリディアに突き刺さる。こうなることはわかっていた。リディアは覚悟を決めてキースに向き直る。
「……私もその、魔物の棲み処に行ってみたいの」
「駄目だ」
一考の余地もなく、キースはバッサリとリディアの希望を切り捨てた。今リディアの置かれている状況を考えれば、危険は少しでも排除したいというのは当然のことだ。それでも何かがリディアを呼んでいるのだ。そこへ行けと。
反論の隙すら与えない姿勢のキースにリディアがどうしようかと考えあぐねていると、アンドレアが「まあまあ」と助け舟を出してくれた。
「嬢ちゃんの言い分も聞いてみようぜ。な?」
キースはそれでも「駄目だ」「危険すぎる」と突っぱね続けていたが、二対一の状況についに屈してようやく、渋々といった様子で「……わかった」と頷いた。
——さて、ここからどうするか。
リディアの目的はまず第一に魔法電池の開発だ。それで自動筆記魔法を完成させ、流通させることで離婚後の生活基盤を整えたい。そして、その次に〝物語の異常〟に関する調査。本来ダンジョンが出てくるのは物語の後半。しかもキースとアリシアはその存在を知らず、偶然に迷い込むのだ。そのダンジョンと同一であるかどうかはわからないが、この段階でキースにその存在が知られているというのは本来の筋から逸れている。帝国が調査している異常の数々が、本来の物語前に起きる、リディアの死に関わるものなのか、それとも物語が変化したことにより起こっているものなのか。それを確かめておきたかった。
それに加え、防御魔法のチャームを渡してはいるが、こういう状況が発生した以上、このダンジョン探索がアンドレアの死に関わるイベントである可能性も捨てきれない。そうだとしたら、その運命はどうにか避けたい。
頭の中の声は、リディアにダンジョンへ行けと言っている。いつかセレナが言っていた〝やるべきこと〟。これはその一部だと、そんな気がした。
問題はここから。この理由はすべて、リディアが〝作者として〟知りえた情報による推測の数々だ。当然キースには話せない。まさか「あなたと離婚したいからダンジョンに行きたい」だなんて言うわけにいかないし、「物語に異常が」とか「アンドレアが死ぬから」とか、そんなことを言えば頭がおかしくなったと思われるだけ。表向きの理由が必要だ。
——罪悪感はあるけど、仕方ない……よね?
「……キース」
リディアは深く息を吸い、キースをまっすぐに見つめた。これから言うことがいかに理不尽なことかというのはよくわかっている。それでも、今はそうするしかない。
「……私、ローゼンブルク家に来てから、ずっと我慢してきたわ」
我慢、という言葉にキースの瞳が揺れる。ズキっと胸が痛んだが、それには構っていられない。リディアは心を鬼にして言葉を続ける。
「自由に外出もできず……閉じ込められて、庭にすら一人じゃ行けない」
「それは……」
わかっている。それはリディアを守るためなのだということは。そのためには仕方のないことだった。公爵家としての立場だってある。そんなことは全部わかっているのだ。だからこれは無理のある主張で、それでもどうにか押し通さなければいけない。リディアはキースの言葉を遮り、さらに続けた。
「あの街は好きよ。屋敷の皆も。……でも私、あそこ以外の場所も見てみたいのよ」
「リディア……」
ズルい手段だ。キースがリディアのことを守るために色々と制限していることに罪悪感を持っていることを利用している。それに、未婚の少女ならいざ知らず、もう公爵家の夫人であるリディアが「色々な場所を見てみたい」というのは、交易や救援に関わることならまだしも今回はダンジョン。完全に必要ない。そんなことは全部わかっているけれど、これ以外には何も思いつかなかったのだ。
「本当に少し見るだけでいいの。今回はアンドレアも一緒だし——もちろん、アンドレアが良いって言うならだけど」
「俺は別に構わねえよ。まあ魔物は凶暴化しちゃいるが……こっちから攻撃しなきゃ基本は襲ってこねえ。来たって俺が絶対守ってやるし、嬢ちゃんも防御魔法は得意だろ?」
不敵に笑うアンドレアに、リディアは頷く。攻撃手段こそ少ないが、防御ならかなり上達した。キースは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、それでもまだ納得しない。
「……それでも危険なことには——」
「キー……」
ふたたび口を開きかけたリディアをアンドレアが制した。俺に任せておけとでも言いたげな表情だ。彼が「キース」と名前を呼ぶと、キースはピクリと肩を揺らす。
「ガキの頃、お前が俺の依頼に着いてきたがったとき、お袋さんは反対したよな」
「……ああ」
「その時俺はどうした?」
「……必ず無事に帰すと約束した」
「で、結果は?」
「……無事に、帰ってきた」
「俺のこと、ちょっとは信じろよ」
まるで親が子に言い聞かせるような会話。あのキースが、小さな子どものように不満げな表情を浮かべ、反論できずにいる。リディアはその光景をまじまじと見つめていた。キースはしばらく黙って考え込む。リディアは彼の口からどういう結論がでるのか、ハラハラしながら待った。
「……はあ……」
キースの深いため息に、リディアはピクリと体を跳ねさせる。顔を上げると、彼は眉間に皺を寄せ、まったく納得いっていないという表情を浮かべたまま
「……いいだろう」
と低い声で言った。
「——なんだって?」
キースの鋭い視線がリディアに突き刺さる。こうなることはわかっていた。リディアは覚悟を決めてキースに向き直る。
「……私もその、魔物の棲み処に行ってみたいの」
「駄目だ」
一考の余地もなく、キースはバッサリとリディアの希望を切り捨てた。今リディアの置かれている状況を考えれば、危険は少しでも排除したいというのは当然のことだ。それでも何かがリディアを呼んでいるのだ。そこへ行けと。
反論の隙すら与えない姿勢のキースにリディアがどうしようかと考えあぐねていると、アンドレアが「まあまあ」と助け舟を出してくれた。
「嬢ちゃんの言い分も聞いてみようぜ。な?」
キースはそれでも「駄目だ」「危険すぎる」と突っぱね続けていたが、二対一の状況についに屈してようやく、渋々といった様子で「……わかった」と頷いた。
——さて、ここからどうするか。
リディアの目的はまず第一に魔法電池の開発だ。それで自動筆記魔法を完成させ、流通させることで離婚後の生活基盤を整えたい。そして、その次に〝物語の異常〟に関する調査。本来ダンジョンが出てくるのは物語の後半。しかもキースとアリシアはその存在を知らず、偶然に迷い込むのだ。そのダンジョンと同一であるかどうかはわからないが、この段階でキースにその存在が知られているというのは本来の筋から逸れている。帝国が調査している異常の数々が、本来の物語前に起きる、リディアの死に関わるものなのか、それとも物語が変化したことにより起こっているものなのか。それを確かめておきたかった。
それに加え、防御魔法のチャームを渡してはいるが、こういう状況が発生した以上、このダンジョン探索がアンドレアの死に関わるイベントである可能性も捨てきれない。そうだとしたら、その運命はどうにか避けたい。
頭の中の声は、リディアにダンジョンへ行けと言っている。いつかセレナが言っていた〝やるべきこと〟。これはその一部だと、そんな気がした。
問題はここから。この理由はすべて、リディアが〝作者として〟知りえた情報による推測の数々だ。当然キースには話せない。まさか「あなたと離婚したいからダンジョンに行きたい」だなんて言うわけにいかないし、「物語に異常が」とか「アンドレアが死ぬから」とか、そんなことを言えば頭がおかしくなったと思われるだけ。表向きの理由が必要だ。
——罪悪感はあるけど、仕方ない……よね?
「……キース」
リディアは深く息を吸い、キースをまっすぐに見つめた。これから言うことがいかに理不尽なことかというのはよくわかっている。それでも、今はそうするしかない。
「……私、ローゼンブルク家に来てから、ずっと我慢してきたわ」
我慢、という言葉にキースの瞳が揺れる。ズキっと胸が痛んだが、それには構っていられない。リディアは心を鬼にして言葉を続ける。
「自由に外出もできず……閉じ込められて、庭にすら一人じゃ行けない」
「それは……」
わかっている。それはリディアを守るためなのだということは。そのためには仕方のないことだった。公爵家としての立場だってある。そんなことは全部わかっているのだ。だからこれは無理のある主張で、それでもどうにか押し通さなければいけない。リディアはキースの言葉を遮り、さらに続けた。
「あの街は好きよ。屋敷の皆も。……でも私、あそこ以外の場所も見てみたいのよ」
「リディア……」
ズルい手段だ。キースがリディアのことを守るために色々と制限していることに罪悪感を持っていることを利用している。それに、未婚の少女ならいざ知らず、もう公爵家の夫人であるリディアが「色々な場所を見てみたい」というのは、交易や救援に関わることならまだしも今回はダンジョン。完全に必要ない。そんなことは全部わかっているけれど、これ以外には何も思いつかなかったのだ。
「本当に少し見るだけでいいの。今回はアンドレアも一緒だし——もちろん、アンドレアが良いって言うならだけど」
「俺は別に構わねえよ。まあ魔物は凶暴化しちゃいるが……こっちから攻撃しなきゃ基本は襲ってこねえ。来たって俺が絶対守ってやるし、嬢ちゃんも防御魔法は得意だろ?」
不敵に笑うアンドレアに、リディアは頷く。攻撃手段こそ少ないが、防御ならかなり上達した。キースは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、それでもまだ納得しない。
「……それでも危険なことには——」
「キー……」
ふたたび口を開きかけたリディアをアンドレアが制した。俺に任せておけとでも言いたげな表情だ。彼が「キース」と名前を呼ぶと、キースはピクリと肩を揺らす。
「ガキの頃、お前が俺の依頼に着いてきたがったとき、お袋さんは反対したよな」
「……ああ」
「その時俺はどうした?」
「……必ず無事に帰すと約束した」
「で、結果は?」
「……無事に、帰ってきた」
「俺のこと、ちょっとは信じろよ」
まるで親が子に言い聞かせるような会話。あのキースが、小さな子どものように不満げな表情を浮かべ、反論できずにいる。リディアはその光景をまじまじと見つめていた。キースはしばらく黙って考え込む。リディアは彼の口からどういう結論がでるのか、ハラハラしながら待った。
「……はあ……」
キースの深いため息に、リディアはピクリと体を跳ねさせる。顔を上げると、彼は眉間に皺を寄せ、まったく納得いっていないという表情を浮かべたまま
「……いいだろう」
と低い声で言った。
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