16 / 71
第1部 第2章 旅の始まり、変化する関係
⑧
しおりを挟む
(これは一体どういう展開!?)
僕は命を粗末にする彼の態度に怒っただけなのに……。
どうして、僕はキリアンにある意味迫られているのだろうか。
「な、ジェリー。俺に命じろって」
とろけるような甘い声に、鼓動がさらに大きくなった。
もしかしたら、キリアンに聞こえているかも――と思ったら、いたたまれない。
「む、無理、です。そんなの、僕には……」
そもそも、キリアンはお貴族さまだという。対する僕は庶民。
命じるなんてこと、僕には出来ない。
「本当にジェリーは自己評価が低すぎる。俺は周りにもお前を正当に評価してもらいたい」
「そ、そそそそんなのはいらないです」
僕は平穏に毎日を過ごし、平和な日常が欲しいだけだ。
言っておくけど、称賛とかが欲しいわけじゃない。師匠に認めてもらうことができれば、それでいい。
「僕、僕は――」
開いた僕の唇に、気が付いたら温かいものが触れていた。
驚いて目を見開いた。すぐそばにあるキリアンの精悍な顔。少しして離れていく彼の顔。
(く、口づけられた――!?)
気が付いて、僕は慌てて自分の口元を手で覆った。キリアンが僕の様子を見て、肩を揺らして笑う。
「なんだ。本当にキスの一つも経験がないのか」
「ないです! 恋人がいたことないって、言ったじゃないですか!」
あれ、言ったっけ?
エカードさんには言ったような気がするけど、キリアンがそれを聞いていたかどうかは定かじゃない。
僕は純粋な乙女じゃないから、ファーストキスに夢など見ていない。いきなり奪われたから戸惑っているっていうだけ。
視線をさまよわせて周囲を見渡す僕。キリアンは喉を鳴らして笑い続ける。
かと思えば、彼の腕が僕の腰をまた抱き寄せた。
「な、命じろ。――自分のために生きろって」
繰り返された言葉。
低い声には確かな甘さが含まれていて、胸焼けしてしまいそうだった。
「お前に命じられるなら、悪くない。俺に生きていてほしいんだろ?」
それはそうなんだけど――。
「だったら、きちんと命じないと。俺はまたいつ命を投げ出そうとするか、わからないぞ」
どういう脅しなんだろうか、それは。
むしろ、この状況の意味さえ理解できていない。
これって怒ったら懐かれてしまったとか、そういうことなのだろうか?
頭の中がぐるぐると回って、混乱して。僕が身体の力を抜くと、キリアンさんが自身の膝の上に僕を座らせた。
向かい合わせになり、キリアンの手が僕の後頭部に回る。
「ジェリー」
今まで幾度となく呼ばれた名前。
まさか、自分の名前がこんなにも甘ったるく感じる日が来るなんて、想像もしていなかった。
「き、きり、あん……」
「あぁ」
間違いなく、僕が言わないと終わらない。
少なくともそれだけはわかるのに、どうしても命じることが出来ない。ぎゅっと手を握って、僕はキリアンの顔を上目遣いに見つめた。
「僕のために生きて……くだ、さい」
小心者の僕にはこれが限界だった。
僕の言葉を聞いたキリアンはぽかんとする。けど、すぐに声を上げて笑い始める。
「なんだそれは。命令じゃなく、お願いだろ」
「う。そ、それはそう、ですけど!」
「まぁいい。これで、俺の命はお前に預けたも同然だ」
やっぱり、逆なんじゃないだろうか。
勇者の命を握る魔法使いがいていいはずがない。
混乱の渦に落ちていく僕をよそに、キリアンが僕の心臓の部分をこぶしでたたいた。大きく音を鳴らす心臓が、今は憎たらしい。
「ジェリー、俺を生かし続けろ」
僕の腰を抱き寄せ、自身と身体を密着させて。キリアンが囁く。
「――俺には、お前さえいればいいよ」
キリアンがつぶやいた言葉の真意を僕が知るのは――もっともっと、先のことだった。
僕は命を粗末にする彼の態度に怒っただけなのに……。
どうして、僕はキリアンにある意味迫られているのだろうか。
「な、ジェリー。俺に命じろって」
とろけるような甘い声に、鼓動がさらに大きくなった。
もしかしたら、キリアンに聞こえているかも――と思ったら、いたたまれない。
「む、無理、です。そんなの、僕には……」
そもそも、キリアンはお貴族さまだという。対する僕は庶民。
命じるなんてこと、僕には出来ない。
「本当にジェリーは自己評価が低すぎる。俺は周りにもお前を正当に評価してもらいたい」
「そ、そそそそんなのはいらないです」
僕は平穏に毎日を過ごし、平和な日常が欲しいだけだ。
言っておくけど、称賛とかが欲しいわけじゃない。師匠に認めてもらうことができれば、それでいい。
「僕、僕は――」
開いた僕の唇に、気が付いたら温かいものが触れていた。
驚いて目を見開いた。すぐそばにあるキリアンの精悍な顔。少しして離れていく彼の顔。
(く、口づけられた――!?)
気が付いて、僕は慌てて自分の口元を手で覆った。キリアンが僕の様子を見て、肩を揺らして笑う。
「なんだ。本当にキスの一つも経験がないのか」
「ないです! 恋人がいたことないって、言ったじゃないですか!」
あれ、言ったっけ?
エカードさんには言ったような気がするけど、キリアンがそれを聞いていたかどうかは定かじゃない。
僕は純粋な乙女じゃないから、ファーストキスに夢など見ていない。いきなり奪われたから戸惑っているっていうだけ。
視線をさまよわせて周囲を見渡す僕。キリアンは喉を鳴らして笑い続ける。
かと思えば、彼の腕が僕の腰をまた抱き寄せた。
「な、命じろ。――自分のために生きろって」
繰り返された言葉。
低い声には確かな甘さが含まれていて、胸焼けしてしまいそうだった。
「お前に命じられるなら、悪くない。俺に生きていてほしいんだろ?」
それはそうなんだけど――。
「だったら、きちんと命じないと。俺はまたいつ命を投げ出そうとするか、わからないぞ」
どういう脅しなんだろうか、それは。
むしろ、この状況の意味さえ理解できていない。
これって怒ったら懐かれてしまったとか、そういうことなのだろうか?
頭の中がぐるぐると回って、混乱して。僕が身体の力を抜くと、キリアンさんが自身の膝の上に僕を座らせた。
向かい合わせになり、キリアンの手が僕の後頭部に回る。
「ジェリー」
今まで幾度となく呼ばれた名前。
まさか、自分の名前がこんなにも甘ったるく感じる日が来るなんて、想像もしていなかった。
「き、きり、あん……」
「あぁ」
間違いなく、僕が言わないと終わらない。
少なくともそれだけはわかるのに、どうしても命じることが出来ない。ぎゅっと手を握って、僕はキリアンの顔を上目遣いに見つめた。
「僕のために生きて……くだ、さい」
小心者の僕にはこれが限界だった。
僕の言葉を聞いたキリアンはぽかんとする。けど、すぐに声を上げて笑い始める。
「なんだそれは。命令じゃなく、お願いだろ」
「う。そ、それはそう、ですけど!」
「まぁいい。これで、俺の命はお前に預けたも同然だ」
やっぱり、逆なんじゃないだろうか。
勇者の命を握る魔法使いがいていいはずがない。
混乱の渦に落ちていく僕をよそに、キリアンが僕の心臓の部分をこぶしでたたいた。大きく音を鳴らす心臓が、今は憎たらしい。
「ジェリー、俺を生かし続けろ」
僕の腰を抱き寄せ、自身と身体を密着させて。キリアンが囁く。
「――俺には、お前さえいればいいよ」
キリアンがつぶやいた言葉の真意を僕が知るのは――もっともっと、先のことだった。
327
あなたにおすすめの小説
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。
追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。
きっと追放されるのはオレだろう。
ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。
仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。
って、アレ?
なんか雲行きが怪しいんですけど……?
短編BLラブコメ。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる