38 / 73
第1部 第4章 最悪とハジメテ
⑧
兄さんの視線から逃れるように、僕はうなずいた。
握った僕の手のひらに爪が食い込んだのがわかる。
「今のお前がなにをしているのかはわからないが、お仲間が可哀想だな」
兄さんがちらりと僕の側にいる面々を見て、吐き捨てた。
声は明らかにバカにしたようなものだった。僕は唇を震わせてしまう。
(なにか言い返さなくちゃ……でも……)
僕の口から声は出なかった。
幼少期に兄さんにされたことが頭の中をよぎっていく。
(僕はもう、兄さんの玩具じゃないのに――)
言わなくちゃって思う気持ちはたくさんあるのに、声は出なくて。
そんな僕の肩に、誰かが手を置いたのがわかった。
「――ジェリー」
僕に触れて、名前を呼んだのはキリアンだった。
彼は僕の肩を撫でたかと思うと、兄さんのほうに視線を向ける。
「随分と偉そうな口だな」
「――は?」
キリアンが突然口を挟んだからか、兄さんが一瞬だけぽかんとした。
でも、すぐに目を吊り上げる。僕の身体が震えた。キリアンは僕の身体を抱き寄せる。
「――俺はお前とジェリーの関係を知らない」
「だったら!」
「かといって、俺はお前の話を聞き流せるほど、人間が出来ているわけじゃない」
キリアンの手が僕の背中を撫でる。
――落ち着けって、言ってるみたいだ。
手のひらの感触に僕の呼吸が徐々に落ち着いていくのがわかる。
「俺はジェリーのことを大切に思っている」
凛とした声だった。聞いていて心地のいい声。僕は無意識のうちにキリアンの衣服の端っこをつかむ。
「たとえお前がジェリーとどういう関係であろうとも。――ジェリーを傷つける存在は、俺の敵だ」
最後のほうの声は、地を震わせるかのような低さで。兄さんをちらりと見ると、兄さんも怯んでいるのがわかった。
でも、すぐに「はっ」と声を上げて笑う。
「お前らはそいつがどんなやつなのか知らないから、そんなことが言えるんだ。教えてやろうか? そいつはとんでもない疫病神で――」
「――疫病神だろうが、なんだっていい」
最後まで聞くことなく、キリアンがはっきりと兄さんの言葉を切り捨てる。
僕は顔を上げた。キリアンの眼差しがとてもかっこよく見える。
「お前にとって疫病神だったとしても、俺にとってはそうじゃない。少なくとも、俺はジェリーを疫病神だなんて思わない」
「――キリアン」
「ジェリーはすごい。たくさん努力をしているし、優しい。お前のように罵詈雑言を吐き捨てるしか能のないやつはジェリーの足元にも及ばない」
キリアンの言葉は、まるで挑発だった。
兄さんが顔を真っ赤にしている。まさか、自分が攻撃されるとは思っていなかったんだろう。
「お、お前がどういう立場なのかは知らないが! 俺はデルリーン商会の――」
「あーはいはい。お二人さん、そこまでにして」
エカードさんが手をぱんぱんとたたいて割り込んだ。
彼の口調はいつも通りの穏やかなものだったけど、トーンは少し低いだろうか。
「こんなところで口論とか、やめてくれ。――王子殿下の前で見苦しい」
シデリス殿下を一瞥して、エカードさんが言う。シデリス殿下は少しして「ふむ、苦しゅうない」と言って胸を張った。
シデリス殿下が兄さんのほうに一歩を踏み出す。
「人を貶すのはいいが、キミ自身は一体なにをしたというんだ? どうせ、親から引き継いだ商会を経営しているだけだろう」
「そ、それはっ――」
「偉そうにするのは、キミ自身がなにかを成し遂げてからのほうが、いいと思うがな」
目を細めたシデリス殿下の言葉を聞いて、兄さんは唇を噛んだ。かと思えば、男の子を連れて馬車のほうに戻っていく。
「最後に言っておきますが、ジェリーは本当に不気味なやつですよ! ――後悔しても、知りませんから」
言葉を残した兄さんは、慌ただしくも馬車を走らせていく。
見る見るうちに遠のいていくデルリーン商会の馬車。馬車を見送った僕は、その場に崩れ落ちていた。
握った僕の手のひらに爪が食い込んだのがわかる。
「今のお前がなにをしているのかはわからないが、お仲間が可哀想だな」
兄さんがちらりと僕の側にいる面々を見て、吐き捨てた。
声は明らかにバカにしたようなものだった。僕は唇を震わせてしまう。
(なにか言い返さなくちゃ……でも……)
僕の口から声は出なかった。
幼少期に兄さんにされたことが頭の中をよぎっていく。
(僕はもう、兄さんの玩具じゃないのに――)
言わなくちゃって思う気持ちはたくさんあるのに、声は出なくて。
そんな僕の肩に、誰かが手を置いたのがわかった。
「――ジェリー」
僕に触れて、名前を呼んだのはキリアンだった。
彼は僕の肩を撫でたかと思うと、兄さんのほうに視線を向ける。
「随分と偉そうな口だな」
「――は?」
キリアンが突然口を挟んだからか、兄さんが一瞬だけぽかんとした。
でも、すぐに目を吊り上げる。僕の身体が震えた。キリアンは僕の身体を抱き寄せる。
「――俺はお前とジェリーの関係を知らない」
「だったら!」
「かといって、俺はお前の話を聞き流せるほど、人間が出来ているわけじゃない」
キリアンの手が僕の背中を撫でる。
――落ち着けって、言ってるみたいだ。
手のひらの感触に僕の呼吸が徐々に落ち着いていくのがわかる。
「俺はジェリーのことを大切に思っている」
凛とした声だった。聞いていて心地のいい声。僕は無意識のうちにキリアンの衣服の端っこをつかむ。
「たとえお前がジェリーとどういう関係であろうとも。――ジェリーを傷つける存在は、俺の敵だ」
最後のほうの声は、地を震わせるかのような低さで。兄さんをちらりと見ると、兄さんも怯んでいるのがわかった。
でも、すぐに「はっ」と声を上げて笑う。
「お前らはそいつがどんなやつなのか知らないから、そんなことが言えるんだ。教えてやろうか? そいつはとんでもない疫病神で――」
「――疫病神だろうが、なんだっていい」
最後まで聞くことなく、キリアンがはっきりと兄さんの言葉を切り捨てる。
僕は顔を上げた。キリアンの眼差しがとてもかっこよく見える。
「お前にとって疫病神だったとしても、俺にとってはそうじゃない。少なくとも、俺はジェリーを疫病神だなんて思わない」
「――キリアン」
「ジェリーはすごい。たくさん努力をしているし、優しい。お前のように罵詈雑言を吐き捨てるしか能のないやつはジェリーの足元にも及ばない」
キリアンの言葉は、まるで挑発だった。
兄さんが顔を真っ赤にしている。まさか、自分が攻撃されるとは思っていなかったんだろう。
「お、お前がどういう立場なのかは知らないが! 俺はデルリーン商会の――」
「あーはいはい。お二人さん、そこまでにして」
エカードさんが手をぱんぱんとたたいて割り込んだ。
彼の口調はいつも通りの穏やかなものだったけど、トーンは少し低いだろうか。
「こんなところで口論とか、やめてくれ。――王子殿下の前で見苦しい」
シデリス殿下を一瞥して、エカードさんが言う。シデリス殿下は少しして「ふむ、苦しゅうない」と言って胸を張った。
シデリス殿下が兄さんのほうに一歩を踏み出す。
「人を貶すのはいいが、キミ自身は一体なにをしたというんだ? どうせ、親から引き継いだ商会を経営しているだけだろう」
「そ、それはっ――」
「偉そうにするのは、キミ自身がなにかを成し遂げてからのほうが、いいと思うがな」
目を細めたシデリス殿下の言葉を聞いて、兄さんは唇を噛んだ。かと思えば、男の子を連れて馬車のほうに戻っていく。
「最後に言っておきますが、ジェリーは本当に不気味なやつですよ! ――後悔しても、知りませんから」
言葉を残した兄さんは、慌ただしくも馬車を走らせていく。
見る見るうちに遠のいていくデルリーン商会の馬車。馬車を見送った僕は、その場に崩れ落ちていた。
あなたにおすすめの小説
【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は?
最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか?
人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。
よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。
ハッピーエンド確定
※は性的描写あり
【完結】2021/10/31
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ
2021/10/03 エブリスタ、BLカテゴリー 1位
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)
てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。
言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち―――
大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡)
20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!