56 / 71
第1部 第5章 違和感と謎の人
⑩
しおりを挟む
僕はなにを言えばいいかわからなくて、ぺこりと頭を下げた。彼は「ふぅむ」と声をあげ、僕に向かって手招きをする。
「おいで。少し話をしよう」
彼の誘いに乗ってもいいものだろうか?
困ったけど、彼の態度から悪意は感じない。僕は彼のほうに足を運んで、言われるがままに彼の隣に腰掛けた。
「今更だが、自己紹介をしよう。私はトリスタンだ」
胸に手をあてて、彼――トリスタンさんは微笑んだ。
魔性の笑みといっても過言じゃなさそうな美しい表情。僕は困ってしまう。
(僕はどんな表情をするのが正解なんだろう)
少し迷って、僕は引きつったような笑みを浮かべた。これが今の僕の精いっぱいだ。
「ジェリーです。ジェリー・デルリーン」
一応家名も名乗っておく。まぁ、僕はあの家とはもう無関係に等しいんだけど。
「そうか、ジェリー。キミは本当に異質な存在だな」
トリスタンさんが僕に顔をぐっと近づけて、ささやいた。
互いの吐息が当たりそうなほどに近い距離にある、端正な顔。キリアンとはまた違う美形だからか、免疫がない。
「この世に存在する数多の生物。そのどれもに当てはまらない」
僕の手をトリスタンさんの手がつかんだ。強い力で握られるけど、不思議と痛みは感じなかった。僕はぽかんとトリスタンさんの顔を見上げる。彼はふっと口元を緩めている。
「キミを表す言葉はこの世にないんだろう。そして、キミこそが平和の架け橋になる可能性を秘めている」
意味がわからないどころの話じゃない。
彼の言葉の一つ一つに意味があるのか、疑わしいレベルだ。
(僕を表す言葉がない? 平和の架け橋? 僕はそんな存在じゃないよ)
どこにでも転がっている平凡な魔法使い。それが僕なのに――。
「私はキミが欲しい。この手の中に収めたい」
トリスタンさんの長くてきれいな指が僕の手の甲を撫でた。彼の指が撫でた場所からじぃんと甘い熱が広がっていくような感覚に襲われる。僕の心臓がどんどん早足になる。
「トリスタンさん、あの」
ちょっと待ってほしい――と伝える間もなく。
トリスタンさんが僕の目を覗き込んだ。すると、身体が動かなくなる。
(なにこれ、縫い付けられたみたい……)
指一本動かすことができなかった。
「キミを守りたいんだ。どうか私を信じてくれないか?」
鋭いのに甘いささやきだった。僕の心に突き刺した刃から、甘い毒がしみ込んでくるような感覚。
彼の言葉に逆らうことができない。ごくりと息を呑んだ。僕は、僕は――。
「ぼ、くは――」
口を開こうとしたとき、バシッと渇いた音が響いた。
一瞬で僕の意識が現実に戻ってくる。目を数回瞬かせると、僕の意識は完全に覚醒した。
(さっきまで、まるで毒に侵されていたみたいだった)
この人の言う通りにしなくちゃ――って気持ちだった。まるで洗脳だったのかも。
「おや、随分と早い到着だ」
「おかげさまでな。随分と質の悪いことをしてくれるな。俺とジェリーを引き離すなんて」
「別に引き離したつもりはない。私が彼と二人きりで話がしたかっただけさ」
前髪を掻き上げたトリスタンさんが、挑発的に笑う。彼の視線は僕を助けた人――キリアンに注がれている。
「それを引き離すというんだ。お前の頭の中に辞書があるならば、刻み込んでおくんだな」
「そうか。ご忠告どうも。だが、私という存在は人間には手の届かない存在だ」
キリアンの額をトリスタンさんが小突く。
「キミという存在がたとえ勇者であろうとも。私には敵うわけがないだろう」
「好き勝手に言ってくれるもんだな」
「わかるからな。キミでは私に敵うことはないと」
トリスタンさんが目を伏せる。そして、次に目を開いて。彼は自身の胸に手を当てた。
「申し遅れたな。私はトリスタン・アーベレ。キミたちが倒すべき魔王という存在だ」
「おいで。少し話をしよう」
彼の誘いに乗ってもいいものだろうか?
困ったけど、彼の態度から悪意は感じない。僕は彼のほうに足を運んで、言われるがままに彼の隣に腰掛けた。
「今更だが、自己紹介をしよう。私はトリスタンだ」
胸に手をあてて、彼――トリスタンさんは微笑んだ。
魔性の笑みといっても過言じゃなさそうな美しい表情。僕は困ってしまう。
(僕はどんな表情をするのが正解なんだろう)
少し迷って、僕は引きつったような笑みを浮かべた。これが今の僕の精いっぱいだ。
「ジェリーです。ジェリー・デルリーン」
一応家名も名乗っておく。まぁ、僕はあの家とはもう無関係に等しいんだけど。
「そうか、ジェリー。キミは本当に異質な存在だな」
トリスタンさんが僕に顔をぐっと近づけて、ささやいた。
互いの吐息が当たりそうなほどに近い距離にある、端正な顔。キリアンとはまた違う美形だからか、免疫がない。
「この世に存在する数多の生物。そのどれもに当てはまらない」
僕の手をトリスタンさんの手がつかんだ。強い力で握られるけど、不思議と痛みは感じなかった。僕はぽかんとトリスタンさんの顔を見上げる。彼はふっと口元を緩めている。
「キミを表す言葉はこの世にないんだろう。そして、キミこそが平和の架け橋になる可能性を秘めている」
意味がわからないどころの話じゃない。
彼の言葉の一つ一つに意味があるのか、疑わしいレベルだ。
(僕を表す言葉がない? 平和の架け橋? 僕はそんな存在じゃないよ)
どこにでも転がっている平凡な魔法使い。それが僕なのに――。
「私はキミが欲しい。この手の中に収めたい」
トリスタンさんの長くてきれいな指が僕の手の甲を撫でた。彼の指が撫でた場所からじぃんと甘い熱が広がっていくような感覚に襲われる。僕の心臓がどんどん早足になる。
「トリスタンさん、あの」
ちょっと待ってほしい――と伝える間もなく。
トリスタンさんが僕の目を覗き込んだ。すると、身体が動かなくなる。
(なにこれ、縫い付けられたみたい……)
指一本動かすことができなかった。
「キミを守りたいんだ。どうか私を信じてくれないか?」
鋭いのに甘いささやきだった。僕の心に突き刺した刃から、甘い毒がしみ込んでくるような感覚。
彼の言葉に逆らうことができない。ごくりと息を呑んだ。僕は、僕は――。
「ぼ、くは――」
口を開こうとしたとき、バシッと渇いた音が響いた。
一瞬で僕の意識が現実に戻ってくる。目を数回瞬かせると、僕の意識は完全に覚醒した。
(さっきまで、まるで毒に侵されていたみたいだった)
この人の言う通りにしなくちゃ――って気持ちだった。まるで洗脳だったのかも。
「おや、随分と早い到着だ」
「おかげさまでな。随分と質の悪いことをしてくれるな。俺とジェリーを引き離すなんて」
「別に引き離したつもりはない。私が彼と二人きりで話がしたかっただけさ」
前髪を掻き上げたトリスタンさんが、挑発的に笑う。彼の視線は僕を助けた人――キリアンに注がれている。
「それを引き離すというんだ。お前の頭の中に辞書があるならば、刻み込んでおくんだな」
「そうか。ご忠告どうも。だが、私という存在は人間には手の届かない存在だ」
キリアンの額をトリスタンさんが小突く。
「キミという存在がたとえ勇者であろうとも。私には敵うわけがないだろう」
「好き勝手に言ってくれるもんだな」
「わかるからな。キミでは私に敵うことはないと」
トリスタンさんが目を伏せる。そして、次に目を開いて。彼は自身の胸に手を当てた。
「申し遅れたな。私はトリスタン・アーベレ。キミたちが倒すべき魔王という存在だ」
159
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。
追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。
きっと追放されるのはオレだろう。
ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。
仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。
って、アレ?
なんか雲行きが怪しいんですけど……?
短編BLラブコメ。
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる