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第1部 第6章 嘘と傷痕、そして墓標
④
しばらく待つと、店主さんが二人分のカップを持ってきた。
僕の前にカップの一つが置かれる。中に入っているのは紅茶だろうか? 馴染みのない香りだ。
「これはこの街の名産品の一つさ。ここ以外じゃあまり出回らないから、旅の人は知らないだろうね」
店主さんがカップを口に運ぶ。
喉が渇いていたので、僕もカップを口に運んだ。
(爽やかな味――かな)
柑橘系の紅茶に似ているかも。
と一人で紅茶の味について思案していると、かたんと音が耳に届く。それは、店主さんがカップをテーブルに置いた音だった。
「なにから話したものか。彼女との思い出は、山のようにあるからねぇ……」
店主さんは顎を撫でて遠くを見つめていた。
昔を懐かしむ仕草だ。たまに師匠がするから、わかる。
「……一つ確かなのは、彼女がこの街の恩人だということだろうか」
数十秒後。店主さんからぽつりと零れた言葉はしんみりしていた。
「今でこそこのブレストリッチは工芸などで繁栄しているけど、昔はとてもさびれていてね――」
店主さんが目を瞑る。ふっと緩んだ唇は、なんだか楽しそうだ。
「この街に活気をもたらしたのが、ほかでもないクラーラさんだよ」
『クラーラさん』が訪れるまで、街は人口が減っていく一方だった。若者は仕事を求めて街の外に出て行き、残るのは年を重ねた者ばかり。ブレストリッチは利便性が悪く、近くに観光地などなく、当時は名産品もなかったそうだ。
住民たちはこの街の行く末を心配していた。けど、どうすることもできなかった。
街に元の活気を戻す方法が浮かばなかったのだ。
「年寄りたちが希望を捨て始めた頃。ふらっと訪れたのがクラーラさんさ」
彼女はひょっこり街に顔を出したらしい。
当時は旅人も無視する街だったブレストリッチに他所の人間が来るのは年単位ぶりだった。
「彼女は商人だと言った。迷子になって、いいところに街があって嬉しかったと」
『クラーラさん』は明るくてポジティブだった。住民が持たないたくさんの知識を持っていて、それを惜しみなく教えてくれたそうだ。交流をする中で、彼女もこの街の行く末を心配するようになったと。
「彼女は名産品を作ろうと言ってくれた。でも、私たちにはなにもわからない。どうせできっこないと思っていたんだ。だが、クラーラさんは二週間ほど経って、嬉しそうに笑ったんだ」
――この近くにある林の木はとってもいい木材になります!
「木材なんて私らには考えつかないことだったんだ。あれは、彼女の視点からじゃないとわからなかっただろう」
彼女は木材の品質の良さ、そして広々とした土地に目を付けたそうだ。
この街なら職人たちがのびのびと活動できるんじゃないか。素材もたくさんある。まさに、職人にとって理想の場所だ。
『私、これでも人脈はたくさんあるのよ! きっと少ししたらなんとかなるわ!』
笑った彼女の言葉を、誰もが最初は半信半疑だった。
けど、一人、また一人と職人が街を訪れた。彼らはすぐに移住を決意し、気が付くと街には十人ほどの職人が集まった。
「そして、うわさがうわさを呼んだらしくて、今度は芸術家たちが来るようになったんだ。アトリエや工房を作る際、彼女は古い家を有効活用しようって提案してくれてね。あれだけたくさんあった空き家が、どんどん減ったんだ」
嬉しそうな店主さんの表情に、僕の頬も緩んだ。
こういう話は聞いていて楽しい……というか、僕まで嬉しくなる。
「この街の人たちは、クラーラさんに心から感謝しているよ。消えかけていた街が、こんなに発展したんだから」
本当に嬉しかったんだ。店主さんが目元を拭う仕草を見せる。
「その、クラーラさんって今どこにいらっしゃいますか?」
そんなにすごい人なら、損得勘定なしに会いたい。
――なんて、思ったのに。
「……もう、いないんだ」
店主さんの声が一気に沈んだ。
僕の前にカップの一つが置かれる。中に入っているのは紅茶だろうか? 馴染みのない香りだ。
「これはこの街の名産品の一つさ。ここ以外じゃあまり出回らないから、旅の人は知らないだろうね」
店主さんがカップを口に運ぶ。
喉が渇いていたので、僕もカップを口に運んだ。
(爽やかな味――かな)
柑橘系の紅茶に似ているかも。
と一人で紅茶の味について思案していると、かたんと音が耳に届く。それは、店主さんがカップをテーブルに置いた音だった。
「なにから話したものか。彼女との思い出は、山のようにあるからねぇ……」
店主さんは顎を撫でて遠くを見つめていた。
昔を懐かしむ仕草だ。たまに師匠がするから、わかる。
「……一つ確かなのは、彼女がこの街の恩人だということだろうか」
数十秒後。店主さんからぽつりと零れた言葉はしんみりしていた。
「今でこそこのブレストリッチは工芸などで繁栄しているけど、昔はとてもさびれていてね――」
店主さんが目を瞑る。ふっと緩んだ唇は、なんだか楽しそうだ。
「この街に活気をもたらしたのが、ほかでもないクラーラさんだよ」
『クラーラさん』が訪れるまで、街は人口が減っていく一方だった。若者は仕事を求めて街の外に出て行き、残るのは年を重ねた者ばかり。ブレストリッチは利便性が悪く、近くに観光地などなく、当時は名産品もなかったそうだ。
住民たちはこの街の行く末を心配していた。けど、どうすることもできなかった。
街に元の活気を戻す方法が浮かばなかったのだ。
「年寄りたちが希望を捨て始めた頃。ふらっと訪れたのがクラーラさんさ」
彼女はひょっこり街に顔を出したらしい。
当時は旅人も無視する街だったブレストリッチに他所の人間が来るのは年単位ぶりだった。
「彼女は商人だと言った。迷子になって、いいところに街があって嬉しかったと」
『クラーラさん』は明るくてポジティブだった。住民が持たないたくさんの知識を持っていて、それを惜しみなく教えてくれたそうだ。交流をする中で、彼女もこの街の行く末を心配するようになったと。
「彼女は名産品を作ろうと言ってくれた。でも、私たちにはなにもわからない。どうせできっこないと思っていたんだ。だが、クラーラさんは二週間ほど経って、嬉しそうに笑ったんだ」
――この近くにある林の木はとってもいい木材になります!
「木材なんて私らには考えつかないことだったんだ。あれは、彼女の視点からじゃないとわからなかっただろう」
彼女は木材の品質の良さ、そして広々とした土地に目を付けたそうだ。
この街なら職人たちがのびのびと活動できるんじゃないか。素材もたくさんある。まさに、職人にとって理想の場所だ。
『私、これでも人脈はたくさんあるのよ! きっと少ししたらなんとかなるわ!』
笑った彼女の言葉を、誰もが最初は半信半疑だった。
けど、一人、また一人と職人が街を訪れた。彼らはすぐに移住を決意し、気が付くと街には十人ほどの職人が集まった。
「そして、うわさがうわさを呼んだらしくて、今度は芸術家たちが来るようになったんだ。アトリエや工房を作る際、彼女は古い家を有効活用しようって提案してくれてね。あれだけたくさんあった空き家が、どんどん減ったんだ」
嬉しそうな店主さんの表情に、僕の頬も緩んだ。
こういう話は聞いていて楽しい……というか、僕まで嬉しくなる。
「この街の人たちは、クラーラさんに心から感謝しているよ。消えかけていた街が、こんなに発展したんだから」
本当に嬉しかったんだ。店主さんが目元を拭う仕草を見せる。
「その、クラーラさんって今どこにいらっしゃいますか?」
そんなにすごい人なら、損得勘定なしに会いたい。
――なんて、思ったのに。
「……もう、いないんだ」
店主さんの声が一気に沈んだ。
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