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第1章

もう、我慢ならない 1

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「ふぅん。それで、また僕の元に来たわけ、か」
「……まぁ、そういうことですね」

 翌日の夜。俺は缶ビールの入ったレジ袋片手に、親しくしている先輩の部屋を訪れていた。

 先輩はアポなしで来た俺を邪険にすることはなく、笑って部屋に入れてくれた。……まぁ、この先輩、酒持ってくれば大体入れてくれるから。

 部屋に入れてもらって、いつもの場所に座る。その後、レジ袋から四本の缶ビールとつまみのチーズを取り出す。

 それをテーブルの上に置いていれば、先輩は笑いながらするめを持ってきた。……準備がいい。

「……準備、いいですね」
「まぁな。そろそろかなって思ってたからさ」

 先輩が俺の対面に腰を下ろす。……そろそろって。

「だってさ。祈が振られるのは大体こういう時期じゃないか」

 ニコニコと笑った先輩が、するめの袋を開けた。……うん、まぁ、そうなんだけれどさ。

「嫌な時期ですね」
「本当になぁ」

 俺が振られるのは、大体付き合って三ヶ月前後。それを、先輩も理解しているのだろう。……というか、振られるたびに愚痴に付き合ってもらっているから、理解してしまうか。

「ま、僕からすれば関係ないけれどね。……でも、後輩のメンタルケアはやってやらなくちゃ」
「……いつも悪いですね」

 缶ビールを開けながら、先輩がそう言ってくれる。……本当に、感謝してもしきれない。

 俺とこの先輩――南場なんば 真聖まさきよ先輩が出逢ったのは、些細なことがきっかけだった。というか、俺が振られている現場に先輩が居合わせた。ただ、それだけ。

 その際に愚痴を聞いてもらったことがきっかけで、俺と先輩の縁は繋がった。

 結構きつく見える顔立ちをしている先輩だけれど、懐に入れた人間にはめっぽう甘い。ついでに言えば、俺は先輩にとって弟分なのだろうな。

「けどさ、祈。ほんと、いい加減にしてもらったらいいんじゃないか?」

 ビールを飲んで、先輩が眉間にしわを寄せてそう言ってくる。……いい加減にしてもらったらって。

「俺が頼んでるわけじゃないんで、無理ですね」
「……ま、そうだな」

 あれは亜玲が勝手に行っていることなのだ。俺への当てつけなのか、嫌がらせなのか。それはわからないが、まぁろくなことじゃない。……やめてくれって言ってやめてくれるような男でも、ないしな。

(そうだ。……亜玲は、こうと決めたら意地でも曲げない)

 小さな頃の亜玲は、可愛くて天使のような男の子だったというのに。……今じゃ、悪魔みたいな男になった。

「おいおい、そんな眉間にしわを寄せるなって。……僕でよかったら、いくらでも話を聞いてやるからさ」

 ふと手が伸びてきて、先輩が俺の眉間をもむ。……そんなに怖い顔、していたのだろうか?

「……先輩」
「おう」
「なんで、こんなことになると思います?」

 そんなこと聞いたところで、解決しない。理解しているけれど、聞かないとやっていられなかった。

「……そうだなぁ。俺はその上月とかいう奴について、詳しくは知らないからさぁ」

 ……そりゃそうだ。先輩と亜玲は面識がほとんどない。多分、遠目から見たことがあるとかそういうレベル。だって亜玲、目立つし。

「けど、まぁ、考えられる可能性って言えば……」
「いえば?」
「祈が好きだから、構ってほしいんじゃないか?」

 ……ない。それは絶対にない。

「ないですよ。それだけはぜーったいに」

 亜玲は俺が嫌いなのだ。嫌いで、大嫌いで、憎たらしいのだろう。そうじゃないと、あんなことしない。

「そうかぁ? 僕はそう思うけれど」

 チーズをつまんで、先輩はのんびりと笑う。……そんな、問題じゃないのに。

「だってさ、そうじゃないと男も女も。アルファもベータもオメガも。見境なしに寝取らないだろ」

 先輩がのんびりと笑っている。そりゃあ、そうかもしれないけれど……。

「でも、俺みたいに性別とか気にせずに恋愛感情を抱く奴もいるわけじゃないですか」
「……まぁなぁ」
「亜玲も、そういうタイプなのかも」

 自分で言っていて悲しくなってきた。俺は第一の性別も、第二の性別も気にせずに恋愛感情を抱ける。……なのに、ずっとこのざまなのだ。もう失笑ものだ。
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