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第1章 女騎士から聖女にジョブチェンジ!?
セレーナ・ビーズリーの事情 2
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その声を聞いた瞬間、セレーナの背筋に冷たいものが走った。
恐る恐るそちらに視線を向ければ、そこにいるのはほかでもないアッシュだ。
「今度のパトロール、どうぞよろしくお願いしますね」
彼はそれだけを告げると、颯爽と場を立ち去る。
セレーナがそれにほっと息を吐けば、同僚は「と、いうわけなんだよ」と言ってにっこりと笑った。
……普通に勘弁してほしい。
「まぁ、アッシュ隊長、お前には甘いし、なんだかんだ言いつつも上手くやっていけるだろうよ」
「……甘いわけがないじゃない!」
彼の言葉には語弊がある。
一般的に『甘い』といえば、甘やかす行為を想像するだろう。だが、どうやらアッシュの場合は気に入った人間へのしごきがレベルアップするらしく、セレーナは彼によって度々ひどい目に遭わされてきた。
まぁ、彼に気に入られている……というのは、ある意味正解なのだろう。
「まぁまぁ。そもそも、アッシュ隊長お前に気があるっていう噂もあるんだぞ?」
「なにそれ。真っ赤な嘘もいいところだわ」
そんなことをぼやきながら、セレーナは露骨に肩を落とす。
視線を動かせば、そこには休憩中のメイドたちに囲まれているアッシュがいた。
さらりとした漆黒色の髪。鋭い青色の目。彼の顔立ちはとても美しく、いわば美形なのだ。そのため、アッシュの本性を知らないメイドや侍女は彼にすり寄っていく。
彼の生まれが名門貴族シールズ伯爵家であるということも、人気に拍車をかける要因だろうか。
(まぁ、アッシュ隊長外面はいいかぁな……)
社交界でもアッシュは人気がある。セレーナも度々社交界に顔を出すが、そのたびに美しい令嬢たちに囲まれているのを目撃しているのだ。その際の彼は仏頂面ではあるものの、機嫌は悪くなさそうだった。
(でも、どちらにせよアッシュ隊長と一緒にパトロールなんて、勘弁してほしいのに……)
同僚にそういう視線を向ければ、彼は「じゃ、じゃあな!」と言って早足で立ち去っていく。……どうやら、逃げたらしい。
「……けれど、どんなに嫌なことがあっても騎士を辞めるなんて選択肢はないのよね。このままだと、完全に嫁き遅れになってしまうけれど」
たとえ完全な嫁き遅れになったところで、セレーナは気にすることもないだろう。それに、こんな風に働くことを選んだのはセレーナ自身なのだ。誰かを責めて責任転嫁するような最低な女にはなれそうにない。
「まぁ、こんな私を娶ってくれるような希少な人、いないだろうしね」
普通の令嬢のように肌がきれいなわけではない。騎士の仕事柄、肌にはいくつかの傷があり、太陽にも焼けてしまっている。爪だってきれいに整えてはいないし、髪の毛も同様。……そもそも、セレーナは長身の部類に入るので、可愛らしいものが似合わないのだ。
「さぁて、訓練に――」
「セレーナ嬢」
また、後ろから声が聞こえてきた。それに驚いて慌てて振り向けば、そこにはアッシュがいる。……頬が、引きつるのがわかった。
「少し、いいでしょうか?」
「あ、はい」
どうやら、怒られるわけではないらしい。
それに胸をなでおろそうとすれば、彼は「これ、よかったら食べてください」と言ってなにやら紙袋を手渡してくる。
「……え?」
「この間、雑誌で見ていましたよね?」
アッシュはなんでもない風にそう言ってくる。確かに紙袋の店名には、つい先日セレーナが雑誌で見ていいなぁと思っていた店の名前が書かれていた。
(いや、言っていないんだけれど……)
そう思いつつ頬を引きつらせ続けていれば、彼は「じゃあ、失礼します」と言ってまた場を立ち去っていく。
紙袋の中を覗き込めば、中に入っているのはマフィンだった。数はいつも通り八つ。
(うん、これだけあればあの子たち全員にいきわたるわね……)
正直なところ、セレーナはアッシュが苦手である。けれど、彼のことを嫌いとまで言えないのが……こういう気遣いが素晴らしいためだ。騎士たち一人一人の行動をしっかりと把握し、彼は完璧な気遣いをする。
だからこそ、騎士たちも『悪魔の隊長』と呼びつつもアッシュのことを慕っているのだ。
(けど、本当に一緒にパトロールは勘弁してほしいんだけれどなぁ……)
心の中で苦笑を浮かべながら、セレーナは紙袋を持って更衣室に向かう。
さすがにこの炎天下に置いておくと痛んでしまうだろう。ならば、空調が効いている更衣室においておいたほうがいい。そういう判断だった。
「ねぇねぇ、アッシュ様って本当に素敵よねぇ」
歩いていると、王宮の侍女らしき女性がひそひそとそんな話をしているのが聞こえてくる。
やはり、アッシュは女性人気がとても高い。それを、再認識してしまう。
「だけど、この間リーナが告白して玉砕したって聞いたわよ?」
「そうなのよぉ。リーナって王宮侍女の中でも屈指の可愛さでしょ? おかしいなぁって」
何処の女性もうわさ話は大好きなんだな。
心の中でそう思いつつ、セレーナは彼女たちの会話を特に気に留めることはなく、側を通り抜けたのだった。
恐る恐るそちらに視線を向ければ、そこにいるのはほかでもないアッシュだ。
「今度のパトロール、どうぞよろしくお願いしますね」
彼はそれだけを告げると、颯爽と場を立ち去る。
セレーナがそれにほっと息を吐けば、同僚は「と、いうわけなんだよ」と言ってにっこりと笑った。
……普通に勘弁してほしい。
「まぁ、アッシュ隊長、お前には甘いし、なんだかんだ言いつつも上手くやっていけるだろうよ」
「……甘いわけがないじゃない!」
彼の言葉には語弊がある。
一般的に『甘い』といえば、甘やかす行為を想像するだろう。だが、どうやらアッシュの場合は気に入った人間へのしごきがレベルアップするらしく、セレーナは彼によって度々ひどい目に遭わされてきた。
まぁ、彼に気に入られている……というのは、ある意味正解なのだろう。
「まぁまぁ。そもそも、アッシュ隊長お前に気があるっていう噂もあるんだぞ?」
「なにそれ。真っ赤な嘘もいいところだわ」
そんなことをぼやきながら、セレーナは露骨に肩を落とす。
視線を動かせば、そこには休憩中のメイドたちに囲まれているアッシュがいた。
さらりとした漆黒色の髪。鋭い青色の目。彼の顔立ちはとても美しく、いわば美形なのだ。そのため、アッシュの本性を知らないメイドや侍女は彼にすり寄っていく。
彼の生まれが名門貴族シールズ伯爵家であるということも、人気に拍車をかける要因だろうか。
(まぁ、アッシュ隊長外面はいいかぁな……)
社交界でもアッシュは人気がある。セレーナも度々社交界に顔を出すが、そのたびに美しい令嬢たちに囲まれているのを目撃しているのだ。その際の彼は仏頂面ではあるものの、機嫌は悪くなさそうだった。
(でも、どちらにせよアッシュ隊長と一緒にパトロールなんて、勘弁してほしいのに……)
同僚にそういう視線を向ければ、彼は「じゃ、じゃあな!」と言って早足で立ち去っていく。……どうやら、逃げたらしい。
「……けれど、どんなに嫌なことがあっても騎士を辞めるなんて選択肢はないのよね。このままだと、完全に嫁き遅れになってしまうけれど」
たとえ完全な嫁き遅れになったところで、セレーナは気にすることもないだろう。それに、こんな風に働くことを選んだのはセレーナ自身なのだ。誰かを責めて責任転嫁するような最低な女にはなれそうにない。
「まぁ、こんな私を娶ってくれるような希少な人、いないだろうしね」
普通の令嬢のように肌がきれいなわけではない。騎士の仕事柄、肌にはいくつかの傷があり、太陽にも焼けてしまっている。爪だってきれいに整えてはいないし、髪の毛も同様。……そもそも、セレーナは長身の部類に入るので、可愛らしいものが似合わないのだ。
「さぁて、訓練に――」
「セレーナ嬢」
また、後ろから声が聞こえてきた。それに驚いて慌てて振り向けば、そこにはアッシュがいる。……頬が、引きつるのがわかった。
「少し、いいでしょうか?」
「あ、はい」
どうやら、怒られるわけではないらしい。
それに胸をなでおろそうとすれば、彼は「これ、よかったら食べてください」と言ってなにやら紙袋を手渡してくる。
「……え?」
「この間、雑誌で見ていましたよね?」
アッシュはなんでもない風にそう言ってくる。確かに紙袋の店名には、つい先日セレーナが雑誌で見ていいなぁと思っていた店の名前が書かれていた。
(いや、言っていないんだけれど……)
そう思いつつ頬を引きつらせ続けていれば、彼は「じゃあ、失礼します」と言ってまた場を立ち去っていく。
紙袋の中を覗き込めば、中に入っているのはマフィンだった。数はいつも通り八つ。
(うん、これだけあればあの子たち全員にいきわたるわね……)
正直なところ、セレーナはアッシュが苦手である。けれど、彼のことを嫌いとまで言えないのが……こういう気遣いが素晴らしいためだ。騎士たち一人一人の行動をしっかりと把握し、彼は完璧な気遣いをする。
だからこそ、騎士たちも『悪魔の隊長』と呼びつつもアッシュのことを慕っているのだ。
(けど、本当に一緒にパトロールは勘弁してほしいんだけれどなぁ……)
心の中で苦笑を浮かべながら、セレーナは紙袋を持って更衣室に向かう。
さすがにこの炎天下に置いておくと痛んでしまうだろう。ならば、空調が効いている更衣室においておいたほうがいい。そういう判断だった。
「ねぇねぇ、アッシュ様って本当に素敵よねぇ」
歩いていると、王宮の侍女らしき女性がひそひそとそんな話をしているのが聞こえてくる。
やはり、アッシュは女性人気がとても高い。それを、再認識してしまう。
「だけど、この間リーナが告白して玉砕したって聞いたわよ?」
「そうなのよぉ。リーナって王宮侍女の中でも屈指の可愛さでしょ? おかしいなぁって」
何処の女性もうわさ話は大好きなんだな。
心の中でそう思いつつ、セレーナは彼女たちの会話を特に気に留めることはなく、側を通り抜けたのだった。
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