【完結】【R18】ゆらり、波打つ【TL短編集】

すめらぎかなめ

文字の大きさ
35 / 42
上司の財務大臣と、部下である私の秘密の関係。

第1話

しおりを挟む
 ランマース王国の王宮にある一室。

 扉には【財務大臣 執務室】と書かれた札がかけられている。室内はシンプルながらに気品のあるデザイン。

 部屋の奥には重厚な執務机があり、その机の前に優雅に腰掛ける一人の男性。

 さらりとした銀色の髪の毛は、一つに束ねられている。その吊り上がった緑色の目は、目の前に立つ若い職員を見据えていた。

 形のいい唇が開いたかと思えば、書類の束を若い職員に突き返す。

「こんな要望書で通るわけがないと、言っておけ」

 地を這うような低い声で、男性がそう告げる。すると、職員は何度も何度もこくこくと首を縦に振った。その姿は憐れなことこの上ない。でも、若い職員に出来ることなど、大してない。せいぜい、心の中で財務省に配属されたことを恨むくらいではないだろうか。

「し、失礼しましたっ!」

 彼が逃げるように執務室を飛び出す。ぱたんと時間差で扉が閉まって、重々しい空気に室内が包まれた。

 時計の針を見れば、あと十分で終業時刻だ。……新しい仕事に手を付けるのは、やめたほうがいい。残業は嫌いだ。

「閣下。お茶でも淹れましょうか?」

 少し機嫌が悪そうな彼に、そう声をかける。そうすれば、この執務室の主である財務大臣、メイノルド・ラッツェル卿が私に視線を向ける。その吊り上がった目が醸し出す視線に射貫かれて、心臓がぎゅって締め付けられる。

「別にいい。……それよりも、今日は空いているだろうか?」

 そのお言葉に、私は少しためらう。……でも、誘惑には勝てない。

「はい。本日の終業後は、時間がありますよ」

 にっこりと笑って、自然な風を装って言葉を紡ぐ。

 ……本日は、なんて言っているけれど、嘘だ。メイノルド卿に誘われたら、暇じゃなくても暇にする。

 ――恋する女の欲望は、何処までも浅ましいのだ。

 ◇

 終業時間後。女官の制服を脱いで、私服のワンピースに着替えていた。

 私は女官ではなく財務省の職員だ。けれど、女性の職員は本当に少なくて。その所為か、制服は女官のもの。胸元に職員のバッチを付けることで、区別をしていた。

 更衣室を出て、王宮の裏口でぼうっとする。しばらくして、メイノルド卿のお姿が見えた。

 身体は細身で体躯はすらりとしている。背丈は高くて、顔立ちは美しい。だから、なにを着てもお似合いになる。

 今日の私服もとても素敵だ。

「待たせたな。……では、行こうか」

 メイノルド卿が、私に手を差し出してこられる。私は、ゆっくりとその手に自身の手を重ねる。

「いつも通り、馬車で迎えに来てもらっている」
「……ということは、初めから私を誘うおつもりでしたね?」
「そうだな。断られるかもしれないが、レディを歩かせるよりはずっといい」

 彼はいつもそうだ。……こんな女にも、優しくしてくださる。

「閣下は、本当に――」

 いつもの調子で言葉を紡ごうとすれば、メイノルド卿がぐいっと私の顔に自身のお顔を近づけてこられる。

「キミは本当にこういうことに関しては、学習しないな。……閣下と呼ぶなと、言っているだろう」
「……申し訳ございません、メイノルドさま」

 そうだ。このお人は、プライベートで『閣下』とか『メイノルド卿』と呼ばれることを嫌う。

 だからなのか、彼はこういうとき私に「メイノルドさま」と呼ばせている。……三年経っても、全然慣れない。

「まぁいい。……今日も相手をしてもらうのだからな。これくらいは大目にみよう」

 すたすたと歩き始めた彼が、そう呟く。私は、無理矢理笑みを浮かべて「ありがとうございます」ということしか出来なかった。

(本当、生産性のない、不毛な関係だわ)

 私とメイノルド卿――メイノルドさまの関係を一言で表すのならば。

 ――ふしだらな関係。

 それが、一番しっくりと来るのだろう。

 そう思っていれば、彼が私の肩を抱き寄せる。それはまるで、逃がさないと言いたげな行動だった。

 ◇

 私、シルケは貴族の庶子だ。

 このランマース王国にある、リット男爵家。そこの当主の、娘。それが、私。

 元々リット男爵家のメイドだった母は、男爵に気に入られお手付きになった。その後、私を妊娠した。

 けれど、男爵は大層な女好きで、挙句飽き性。母が妊娠すれば、すぐに興味を失った。

 そのため、母は私を産んで一年も経たずに実家に帰った。その際、男爵は私のことを認知した。合わせ、正妻の女性が母を憐れに思い、私が十八歳になるまでは一定の支援をすると約束してくれた。

 正妻の女性は、約束を守ってくれた。三ヶ月に一度、一定の金額を私たち親子に渡してくれた。だから、私は彼女に感謝している。父である男爵のことは、大嫌いだけれど。

 そうして、様々な人の助けがあって成人することが出来た私。普通ならば婚活に精を出すのだろうけれど、生憎父のことを知っているため、男性と添い遂げるという未来が想像できなかった。なので、働くことを選んだ。

 十九歳で王宮の職員採用試験に合格。二十歳のときに、財務省に配属になった。

 そこで私はメイノルドさまと出逢った。

 一目見たときに感じたことは、とてもよく覚えている。

 ――この世には、こんなにも美しい人物がいるのか。

 そう強く思った。

 そして、なによりも彼はとても有能だった。仕事に真剣に向き合って、ちょっとしたミスも許さない。

 部下にもきつく当たるお人だったけれど、その数倍自分に厳しい。つまり、自他ともに厳しいお人だったのだ。

 ただの上司と部下。初めは、そんな関係だった。彼も私のことを部下としてしか見ておらず、私は彼の役に立ちたくて必死で。

 そんな関係が変わったのは――私が二十一歳のとき。他の大臣に言い寄られていた私を、彼が助けたことがきっかけだった。

 その大臣は、見境なく女性に手を出すと女性職員の中では有名だった。そのため、視界に入らないように注意はしていたのだ。が、現実はひどくて。私はその大臣に目を付けられ、愛人になるようにと言い寄られる日々を過ごしていた。

『贅沢な生活は保障してやる。こんなところで働くよりも、ずっといいぞ?』

 その日大臣は、そんな風に言って、私の腰を撫でた。それが気持ち悪くて、怖くて。私は身動きが出来なかった。

 息を殺して、身をよじろうと頑張る。なんとか逃げられないかと考えていたとき――大臣の肩が、誰かに掴まれていた。

「私の部下に、なにか御用でしょうか?」

 そちらに視線を向けると、そこにはメイノルドさまがいらっしゃった。彼はとても強い力で大臣の肩を掴んでおり、恐ろしい笑みを浮かべている。その様子を見た大臣は、さっさと逃げて行った。

 ……ちなみに彼はこの二ヶ月後、汚職が発覚して大臣を辞することになった。その顛末を、私は詳しくは知らないけれど。

「シルケ嬢、大丈夫か?」

 彼はその場にへたり込んでしまった私に、そう声をかけてくださった。しゃがみこんで、視線を合わせてくださった。

 それだけで、私の涙腺は緩んだ。

 だって、怖かったのだ。そんな中知り合いが助けてくれた。安心して、涙が零れるのもおかしなことじゃない。

「ああいう奴には、強く言うに限る。中途半端な態度を取っていると、つけあがるぞ」

 彼が私の涙を自身の袖で拭ってくれる。優しい声でそう言われて、私はゆるゆると首を横に振る。

「ですが、閣下のご迷惑に……」

 私が財務省の職員である以上、私の軽率な行動はメイノルドさまの評判につながる。部下を管理できていない。彼がそう批判されるのが、怖かった。

「なんだ、そんなことを気にしていたのか。……私は、そんなこと気にもしない。他人からの評判はどうでもいい。評価さえあれば、それでいい」

 そのお言葉は、まさにメイノルドさまらしいお言葉で。私は、自然と笑ってしまった。

「閣下らしいですね……」

 小さく笑って、そう言う。……すると、メイノルドさまの目が大きく見開かれて。でも、すぐにいつもの表情に戻られる。

「キミが私のことをどう思っているのか。少し、問いただす必要がありそうだな」

 真剣なお声で、彼がそうおっしゃる。びくんと肩を跳ねさせる私に、彼はふっと口元を緩めた。

「冗談だ。……そんなことは、しない」

 彼がそうおっしゃったから、私は声を上げて笑った。

 その後、私がお礼をしたいと言えば、彼は「今度、食事でもおごってくれ」とおっしゃった。

 なんでも、彼は美味しい食事がなによりも好きらしい。だから、私は行きつけのお店を紹介した。

 そこは隠れ家的なお店で、夜になるとお酒も提供してくれる。落ち着く大人の空間。あと、上司と飲んでいるという非日常。

 その空気に、やられたのだろう。私は飲みすぎて――あろうことか、メイノルドさまと関係を持ってしまったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...