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第1部 第2章

よからぬ噂 1

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 その日も、僕は特に変わりなくセラフィンさまの専属従者として、働いていた。

 あの日、僕はセラフィンさまにみっともない姿を見せてしまった。それを認めたくなくて、僕は必死に「あれは夢だ」と自分自身に言い聞かせている。

 ……けれど、まぁ。夢じゃないのは、頭の片隅で理解しているんだけれど。

「ルドルフ。……最近なんか浮かない表情が多いけど」

 隣を歩いていたアーミが、そう声をかけてくれる。

 だから、僕はなんでもないという意味を込めて、首を横に振った。

 今、僕とアーミは王都の街にいる。というのも、今日は二人ともお休みで、食事にでも行こうということになったのだ。

 ……多分、アーミなりに僕を気遣ってくれているのだと思う。

 アーミは、優しいから。

「まぁ、今日はモヤモヤとか忘れてパーッとしようよ。最近、美味しいレストランを見つけたんだ」

 僕が踏み込まれたくないと悟ってくれたらしいアーミは、笑みを浮かべてそう言う。

 ありがたくて、僕はこくんと首を縦に振った。

 そのまま街を二人並んで歩く。ふと、アーミが空を見上げた。

「ねぇ、ルドルフ。……迷惑かもだけど、僕、ちょっと相談したいことがあってさ」

 ぽつりとアーミがそう零すので、僕はぶんぶんと首を横に振る。

「迷惑、なんかじゃない、から。アーミの役に立てるのは、嬉しいよ」

 心の底からの言葉だった。

 だって、アーミは僕にとって唯一の友人だ。友人なら、悩み相談に乗るのも当然だと思う。

「……ありがと。ちょっと人前では話しにくいことだから、レストランに行ってから話すよ」

 そう言って笑ったアーミの表情は、何処か寂しそうだった。

 アーミに連れてこられたのは、壁に蔦が絡まった、一目では営業しているかわからないレストランだった。看板が出ているので、かろうじて営業しているというのは、わかるのだけれど。

 扉を開ければ、カランコロンと心地のいいベルの音が鳴る。奥から一人の男性がやってきて、僕たちを席に案内してくれた。

「本日のおススメは、ビーフシチューのランチセットになります」

 にこやかに笑って、その男性はそう言ってくれる。……ビーフシチュー。僕は、案外好きだ。

「僕は、それ、で」

 視線を彷徨わせながらそう言えば、男性は笑みを浮かべたまま頷いてくれる。

「じゃあ、僕もそれでお願いします」

 どうやらアーミもビーフシチューのセットにするらしい。……ビーフシチューって美味しいから、食べたいよねと思う。

「かしこまりました。では、ごゆっくりと」

 男性はぺこりと頭を下げて、厨房のほうに戻っていく。

 店内はがらんとしていて、僕たちのほかには老夫婦が一組いるだけだった。

「……あんまり、混んでない、んだね」

 お昼時は少し過ぎているし、時間的な問題なのかもしれない。けど、やっぱり外観があんな感じだから、営業してるってわからないのかな……。

「まぁ、そうだね。ここは店主が趣味でやってるところらしいから、繁盛とかは気にしてないらしいよ」
「……そっか」

 だったら、別に心配することもないんだろう。

 ……いや、僕ごときに心配されるのは、先ほどの男性も不本意だろう。だから、その考えは振り払う。

「それで、ルドルフ。他言無用にしてほしいんだけどさ」
「う、うん」

 真剣な面持ちになったアーミを見て、僕は話が始まるのだと悟った。

 アーミの目を見つめれば、彼はその目を不安そうに揺らしている。

「僕に彼氏がいるって言うのは、前に話したよね?」
「それは、聞いたよ」

 確かに、以前アーミは自分に男性の恋人がいるのだと言っていた。

 相手は王城で働いている若い大臣だとか、なんとか。……お名前は、知らない。

「その、彼氏と最近すれ違ってるっていうか……」

 アーミが俯きがちにそう言う。僕は、上手く反応できない。

「相手も忙しいって、わかってるんだ。けど、やっぱり……その、僕的には、もっと会いたいっていうか」
「……うん」

 僕はお水の入ったコップに口を付ける。アーミは、もじもじと恥じらうような仕草を見せていた。

「それに、身体重ねるだけって、本当に恋人なのかなって……」
「……げほっ」
「ルドルフ!?」

 むせてしまった。……この間のセラフィンさまとの出来事が、頭の中に浮かび上がる。

(そ、そんな、タイムリーな話題を出さないで……!)

 そう思っても、口に出すことは出来なくて。僕は、おしぼりで口元を拭いつつ「大丈夫」というのが精いっぱいだった。
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