14 / 15
第1部 第2章
よからぬ噂 1
しおりを挟む
その日も、僕は特に変わりなくセラフィンさまの専属従者として、働いていた。
あの日、僕はセラフィンさまにみっともない姿を見せてしまった。それを認めたくなくて、僕は必死に「あれは夢だ」と自分自身に言い聞かせている。
……けれど、まぁ。夢じゃないのは、頭の片隅で理解しているんだけれど。
「ルドルフ。……最近なんか浮かない表情が多いけど」
隣を歩いていたアーミが、そう声をかけてくれる。
だから、僕はなんでもないという意味を込めて、首を横に振った。
今、僕とアーミは王都の街にいる。というのも、今日は二人ともお休みで、食事にでも行こうということになったのだ。
……多分、アーミなりに僕を気遣ってくれているのだと思う。
アーミは、優しいから。
「まぁ、今日はモヤモヤとか忘れてパーッとしようよ。最近、美味しいレストランを見つけたんだ」
僕が踏み込まれたくないと悟ってくれたらしいアーミは、笑みを浮かべてそう言う。
ありがたくて、僕はこくんと首を縦に振った。
そのまま街を二人並んで歩く。ふと、アーミが空を見上げた。
「ねぇ、ルドルフ。……迷惑かもだけど、僕、ちょっと相談したいことがあってさ」
ぽつりとアーミがそう零すので、僕はぶんぶんと首を横に振る。
「迷惑、なんかじゃない、から。アーミの役に立てるのは、嬉しいよ」
心の底からの言葉だった。
だって、アーミは僕にとって唯一の友人だ。友人なら、悩み相談に乗るのも当然だと思う。
「……ありがと。ちょっと人前では話しにくいことだから、レストランに行ってから話すよ」
そう言って笑ったアーミの表情は、何処か寂しそうだった。
アーミに連れてこられたのは、壁に蔦が絡まった、一目では営業しているかわからないレストランだった。看板が出ているので、かろうじて営業しているというのは、わかるのだけれど。
扉を開ければ、カランコロンと心地のいいベルの音が鳴る。奥から一人の男性がやってきて、僕たちを席に案内してくれた。
「本日のおススメは、ビーフシチューのランチセットになります」
にこやかに笑って、その男性はそう言ってくれる。……ビーフシチュー。僕は、案外好きだ。
「僕は、それ、で」
視線を彷徨わせながらそう言えば、男性は笑みを浮かべたまま頷いてくれる。
「じゃあ、僕もそれでお願いします」
どうやらアーミもビーフシチューのセットにするらしい。……ビーフシチューって美味しいから、食べたいよねと思う。
「かしこまりました。では、ごゆっくりと」
男性はぺこりと頭を下げて、厨房のほうに戻っていく。
店内はがらんとしていて、僕たちのほかには老夫婦が一組いるだけだった。
「……あんまり、混んでない、んだね」
お昼時は少し過ぎているし、時間的な問題なのかもしれない。けど、やっぱり外観があんな感じだから、営業してるってわからないのかな……。
「まぁ、そうだね。ここは店主が趣味でやってるところらしいから、繁盛とかは気にしてないらしいよ」
「……そっか」
だったら、別に心配することもないんだろう。
……いや、僕ごときに心配されるのは、先ほどの男性も不本意だろう。だから、その考えは振り払う。
「それで、ルドルフ。他言無用にしてほしいんだけどさ」
「う、うん」
真剣な面持ちになったアーミを見て、僕は話が始まるのだと悟った。
アーミの目を見つめれば、彼はその目を不安そうに揺らしている。
「僕に彼氏がいるって言うのは、前に話したよね?」
「それは、聞いたよ」
確かに、以前アーミは自分に男性の恋人がいるのだと言っていた。
相手は王城で働いている若い大臣だとか、なんとか。……お名前は、知らない。
「その、彼氏と最近すれ違ってるっていうか……」
アーミが俯きがちにそう言う。僕は、上手く反応できない。
「相手も忙しいって、わかってるんだ。けど、やっぱり……その、僕的には、もっと会いたいっていうか」
「……うん」
僕はお水の入ったコップに口を付ける。アーミは、もじもじと恥じらうような仕草を見せていた。
「それに、身体重ねるだけって、本当に恋人なのかなって……」
「……げほっ」
「ルドルフ!?」
むせてしまった。……この間のセラフィンさまとの出来事が、頭の中に浮かび上がる。
(そ、そんな、タイムリーな話題を出さないで……!)
そう思っても、口に出すことは出来なくて。僕は、おしぼりで口元を拭いつつ「大丈夫」というのが精いっぱいだった。
あの日、僕はセラフィンさまにみっともない姿を見せてしまった。それを認めたくなくて、僕は必死に「あれは夢だ」と自分自身に言い聞かせている。
……けれど、まぁ。夢じゃないのは、頭の片隅で理解しているんだけれど。
「ルドルフ。……最近なんか浮かない表情が多いけど」
隣を歩いていたアーミが、そう声をかけてくれる。
だから、僕はなんでもないという意味を込めて、首を横に振った。
今、僕とアーミは王都の街にいる。というのも、今日は二人ともお休みで、食事にでも行こうということになったのだ。
……多分、アーミなりに僕を気遣ってくれているのだと思う。
アーミは、優しいから。
「まぁ、今日はモヤモヤとか忘れてパーッとしようよ。最近、美味しいレストランを見つけたんだ」
僕が踏み込まれたくないと悟ってくれたらしいアーミは、笑みを浮かべてそう言う。
ありがたくて、僕はこくんと首を縦に振った。
そのまま街を二人並んで歩く。ふと、アーミが空を見上げた。
「ねぇ、ルドルフ。……迷惑かもだけど、僕、ちょっと相談したいことがあってさ」
ぽつりとアーミがそう零すので、僕はぶんぶんと首を横に振る。
「迷惑、なんかじゃない、から。アーミの役に立てるのは、嬉しいよ」
心の底からの言葉だった。
だって、アーミは僕にとって唯一の友人だ。友人なら、悩み相談に乗るのも当然だと思う。
「……ありがと。ちょっと人前では話しにくいことだから、レストランに行ってから話すよ」
そう言って笑ったアーミの表情は、何処か寂しそうだった。
アーミに連れてこられたのは、壁に蔦が絡まった、一目では営業しているかわからないレストランだった。看板が出ているので、かろうじて営業しているというのは、わかるのだけれど。
扉を開ければ、カランコロンと心地のいいベルの音が鳴る。奥から一人の男性がやってきて、僕たちを席に案内してくれた。
「本日のおススメは、ビーフシチューのランチセットになります」
にこやかに笑って、その男性はそう言ってくれる。……ビーフシチュー。僕は、案外好きだ。
「僕は、それ、で」
視線を彷徨わせながらそう言えば、男性は笑みを浮かべたまま頷いてくれる。
「じゃあ、僕もそれでお願いします」
どうやらアーミもビーフシチューのセットにするらしい。……ビーフシチューって美味しいから、食べたいよねと思う。
「かしこまりました。では、ごゆっくりと」
男性はぺこりと頭を下げて、厨房のほうに戻っていく。
店内はがらんとしていて、僕たちのほかには老夫婦が一組いるだけだった。
「……あんまり、混んでない、んだね」
お昼時は少し過ぎているし、時間的な問題なのかもしれない。けど、やっぱり外観があんな感じだから、営業してるってわからないのかな……。
「まぁ、そうだね。ここは店主が趣味でやってるところらしいから、繁盛とかは気にしてないらしいよ」
「……そっか」
だったら、別に心配することもないんだろう。
……いや、僕ごときに心配されるのは、先ほどの男性も不本意だろう。だから、その考えは振り払う。
「それで、ルドルフ。他言無用にしてほしいんだけどさ」
「う、うん」
真剣な面持ちになったアーミを見て、僕は話が始まるのだと悟った。
アーミの目を見つめれば、彼はその目を不安そうに揺らしている。
「僕に彼氏がいるって言うのは、前に話したよね?」
「それは、聞いたよ」
確かに、以前アーミは自分に男性の恋人がいるのだと言っていた。
相手は王城で働いている若い大臣だとか、なんとか。……お名前は、知らない。
「その、彼氏と最近すれ違ってるっていうか……」
アーミが俯きがちにそう言う。僕は、上手く反応できない。
「相手も忙しいって、わかってるんだ。けど、やっぱり……その、僕的には、もっと会いたいっていうか」
「……うん」
僕はお水の入ったコップに口を付ける。アーミは、もじもじと恥じらうような仕草を見せていた。
「それに、身体重ねるだけって、本当に恋人なのかなって……」
「……げほっ」
「ルドルフ!?」
むせてしまった。……この間のセラフィンさまとの出来事が、頭の中に浮かび上がる。
(そ、そんな、タイムリーな話題を出さないで……!)
そう思っても、口に出すことは出来なくて。僕は、おしぼりで口元を拭いつつ「大丈夫」というのが精いっぱいだった。
応援ありがとうございます!
287
お気に入りに追加
703
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる