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第2章
①
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瞼を上げた。視界に入ったのは見知らぬ天井。驚いたものの、頭がずきずきと痛み、そちらに意識を引っ張られる。
「いってぇなぁ……」
額を押さえつつ、何度か深呼吸。しばらくすると痛みが徐々に引いたので、ようやく意識が室内に向く。
室内は一言で表せば煌びやかだった。
天井から吊るされた豪奢なシャンデリア。家具は白と黒を基調としているようで、落ち着いた色合い。
俺が寝かされていたのは寝台のようだ。ゆっくりと床に足をつける。絨毯は驚くほどにふかふかで、高級品だとすぐにわかった。
「というか、ここってどこだっけな」
意識を失うまでの記憶を思い起こそうとしていると、部屋の扉がノックもなしに開いた。
顔を覗かせたのは、美しい男――ヴィクトール殿下だ。
「お目覚めですか」
彼は俺に優しそうな笑みを向けてくる。知っている人物の顔に一瞬ホッとしそうになった。
が、殿下のお顔を見た俺の頭に蘇ってくるのは意識を失う前の記憶。一瞬で警戒の体勢になると、殿下は小首をかしげていた。
「どうしてそんな風に警戒するんですか?」
殿下は俺の警戒心を解こうとしているのだろうか。柔和な笑みを浮かべて、近づいてくる。
「……ここは、どこでしょうか」
王子殿下に向かって警戒心を出すのはいかがなものかと思うが、俺の予想が正しければ元凶はヴィクトール殿下だ。
出来る限り低い声で問えば、殿下は「ふむ」と言って顎に手を当てる。わざとらしい仕草だった。
「王宮がある敷地内に建つ離宮……といえば、通じますか?」
「離宮、ですか」
その単語は聞いたことがある。数代前の妃が王によって監禁されていたとかいう、王家にとってのいわば負の遺産。
「少し前に俺が改装させたんですよ」
「は?」
「父からここの所有権を奪ったんです。あぁ、勘違いしないでください。俺のポケットマネーで買い取って、改装させたので」
俺には殿下のお言葉が理解できなかった。
「家具とかも全部入れ替えて、新しい場所にしました。どうです、気に入ってくれました?」
そして、どうして殿下は俺に気に入ったなどと問いかけるのか。
……いや、違う。今、全部理解した。
(殿下は俺を妻にすると宣言されていた)
あれは本気だったのだ。
「どうして、こんなことをなさるのですか」
柄にもなく俺の声は震えている。殿下を見ると、彼はきょとんとしている。
「おかしなことを聞かないでくださいよ。俺、ずっと頑張ったんですから」
殿下が俺に近づいてくる。正直俺は、怖かった。
今まで何度か戦場にも似た場所に出向いた。そのときはちっとも怖くなかったというのに。
死ぬことも、怪我をすることも。血さえ怖くなかった。なのに、今の殿下は無性に怖い。
自然と逃げようと足を引くが、殿下のほうが早かった。殿下が俺の手首をつかむ。骨がミシミシと言いそうなほどに強い力だ。
「あなたが欲しくて、欲しくて、たまらなくて。だから、どんなに辛いことも頑張った」
「ヴィクトール、殿下」
「あの頃みたいに、褒めてください。よく頑張ったって、言ってください。俺のこと、認めてください」
俺の手のひらに頬ずりをして、殿下が笑う。
「ねぇ、また褒めて。もう、俺の側から離れないで」
――この男は危ない。
頭の中に警告が響く。
が、人間とは本当の危機に陥ると逃げることさえ叶わないらしい。足が縫い留められたかのように動かなかった。
「ねぇ、ラードルフさん。俺とずっとずーっと、一緒にいて。ううん、あなたは俺と一緒にいるしか出来ないんです」
なにも言えない。抗議することも、罵倒することもできない。
喉がカラカラに渇いていく。これはなにに対する恐怖なのだろうか。
殿下の異常な態度に対する恐怖なのか。はたまた――会話が通じそうにないことに対する恐怖なのか。
どれだけ血の流れた場所でも、こんなに恐怖を抱くことはなかった。
俺の手首をつかんだ殿下の手の力は緩まない。まるで逃がすつもりはないと、伝えているかのようだった。
「いってぇなぁ……」
額を押さえつつ、何度か深呼吸。しばらくすると痛みが徐々に引いたので、ようやく意識が室内に向く。
室内は一言で表せば煌びやかだった。
天井から吊るされた豪奢なシャンデリア。家具は白と黒を基調としているようで、落ち着いた色合い。
俺が寝かされていたのは寝台のようだ。ゆっくりと床に足をつける。絨毯は驚くほどにふかふかで、高級品だとすぐにわかった。
「というか、ここってどこだっけな」
意識を失うまでの記憶を思い起こそうとしていると、部屋の扉がノックもなしに開いた。
顔を覗かせたのは、美しい男――ヴィクトール殿下だ。
「お目覚めですか」
彼は俺に優しそうな笑みを向けてくる。知っている人物の顔に一瞬ホッとしそうになった。
が、殿下のお顔を見た俺の頭に蘇ってくるのは意識を失う前の記憶。一瞬で警戒の体勢になると、殿下は小首をかしげていた。
「どうしてそんな風に警戒するんですか?」
殿下は俺の警戒心を解こうとしているのだろうか。柔和な笑みを浮かべて、近づいてくる。
「……ここは、どこでしょうか」
王子殿下に向かって警戒心を出すのはいかがなものかと思うが、俺の予想が正しければ元凶はヴィクトール殿下だ。
出来る限り低い声で問えば、殿下は「ふむ」と言って顎に手を当てる。わざとらしい仕草だった。
「王宮がある敷地内に建つ離宮……といえば、通じますか?」
「離宮、ですか」
その単語は聞いたことがある。数代前の妃が王によって監禁されていたとかいう、王家にとってのいわば負の遺産。
「少し前に俺が改装させたんですよ」
「は?」
「父からここの所有権を奪ったんです。あぁ、勘違いしないでください。俺のポケットマネーで買い取って、改装させたので」
俺には殿下のお言葉が理解できなかった。
「家具とかも全部入れ替えて、新しい場所にしました。どうです、気に入ってくれました?」
そして、どうして殿下は俺に気に入ったなどと問いかけるのか。
……いや、違う。今、全部理解した。
(殿下は俺を妻にすると宣言されていた)
あれは本気だったのだ。
「どうして、こんなことをなさるのですか」
柄にもなく俺の声は震えている。殿下を見ると、彼はきょとんとしている。
「おかしなことを聞かないでくださいよ。俺、ずっと頑張ったんですから」
殿下が俺に近づいてくる。正直俺は、怖かった。
今まで何度か戦場にも似た場所に出向いた。そのときはちっとも怖くなかったというのに。
死ぬことも、怪我をすることも。血さえ怖くなかった。なのに、今の殿下は無性に怖い。
自然と逃げようと足を引くが、殿下のほうが早かった。殿下が俺の手首をつかむ。骨がミシミシと言いそうなほどに強い力だ。
「あなたが欲しくて、欲しくて、たまらなくて。だから、どんなに辛いことも頑張った」
「ヴィクトール、殿下」
「あの頃みたいに、褒めてください。よく頑張ったって、言ってください。俺のこと、認めてください」
俺の手のひらに頬ずりをして、殿下が笑う。
「ねぇ、また褒めて。もう、俺の側から離れないで」
――この男は危ない。
頭の中に警告が響く。
が、人間とは本当の危機に陥ると逃げることさえ叶わないらしい。足が縫い留められたかのように動かなかった。
「ねぇ、ラードルフさん。俺とずっとずーっと、一緒にいて。ううん、あなたは俺と一緒にいるしか出来ないんです」
なにも言えない。抗議することも、罵倒することもできない。
喉がカラカラに渇いていく。これはなにに対する恐怖なのだろうか。
殿下の異常な態度に対する恐怖なのか。はたまた――会話が通じそうにないことに対する恐怖なのか。
どれだけ血の流れた場所でも、こんなに恐怖を抱くことはなかった。
俺の手首をつかんだ殿下の手の力は緩まない。まるで逃がすつもりはないと、伝えているかのようだった。
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