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第3章
④
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その日は雨だった。窓の外ではバケツをひっくり返したように激しい雨が降っている。
時折耳に届く大きな音は雷だろうか。壁にもたれかかりつつ、考えていた。
(これじゃあ嵐だな)
男爵領は大丈夫だろうか?
頭の中に不安がよぎったが、俺がいなくても管理人はいる。あいつのことは信頼しているので、大丈夫だと信じたい。
窓の外を見つめる。今は昼なのか、夜なのか。それさえもわからないほどに外は暗い。
「殿下は今日、少し遠くに出るとおっしゃっていたか」
この天気で本当に出かけたのだろうか?
もしも出かけたとして、ケガなどしないだろうか? この天気では土砂崩れなども起きるだろうし、ぬかるみに足を取られて行動できなくなることだってある。
それに、雨風にさらされて風邪をひくことだってある。いくら立派になったとはいえ、ヴィクトール殿下はヴィクトール殿下のままだ。幼少期の彼は風邪をひきやすかった。……思い出せば出すほど心配になる。
「ここに俺を閉じ込めているのは、ほかでもない殿下なのにな」
なのに、殿下の心配をしてしまう。一体いつから俺はこんなにもほだされてしまったのか――。
などと考えていると、足音が耳に届いた。
(だれだ?)
音自体は小さい。音を立てないように動いているかのようだ。
殿下ならば堂々と歩いてくるので、これは殿下の足音ではない。それ以上に靴の音が違う。
(ブーツの音だな。それもかなり頑丈なものだ)
この足音は――騎士が身に着けるブーツの音だ。
気づいたときには、部屋の扉が蹴破られていた。
驚いて目を見開く。そこには、一人の男がいた。
「――イェローム」
こぼれた言葉に、その男――イェロームは笑う。
やつの茶髪にはたくさんの雨粒がついている。騎士服もびしょ濡れだ。
「おい、なんでお前が」
どうしてこいつがここにいるんだろうか。それよりも、このままでは風邪をひくだろう。とにかく、タオルかなにか出すべきか。
「やっと見つけた。ここにいたんですね」
イェロームが室内に足を踏み入れた。
直感が告げる。こいつは危ないと。
「……俺の話を聞け」
威嚇するように問いかけると、イェロームが黒の目を細めた。
全身から伝わってくるのは『嬉しい』という感情だった。
「どうしてお前がここにいる。ここは普通の騎士が近づける場所じゃないだろ」
ここは殿下が所有する離宮だ。殿下以外には数名の使用人、殿下が直接雇っている騎士しか近づけない。
(その騎士も、この部屋の近くには来ることができないはずだ)
なおさら、こいつがここにいる意味がわからない。
「ちょっと手荒でしたが、見張りの騎士は倒してきました。……死んではいないはずですよ」
「……死んでいたら大問題だ」
まさか、騎士が騎士を殺すなどあってはならない。
俺の眼差しが鋭くなったのを見て、イェロームは花が咲くような笑みを浮かべた。
「そういうと思って、命は奪わなかったんですよ。俺、えらいでしょう?」
イェロームがまた一歩、こちらに近づいてきた。
俺は動くことなく、やつを見つめた。
「えらいかどうかは別として、お前がここにいる理由にはならない。どうしてここに来た」
「相変わらず、つれないですね」
言葉とは裏腹に、表情は明るい。
「けど、それでこそラードルフさんです。俺が憎くてたまらない人だ」
「そうか。ということは、殺しに来たのか」
イェロームは帯剣している。あの剣で俺を殺しても――おかしくない。
(俺はこいつに恨まれることをしたからな。……殺されても文句は言えないな)
大きく息を吐く。イェロームは俺を見て、笑みを深めた。
「どうして殺すのですか? 俺はあなたが憎いですが――それ以上に、大好きなんですよ」
己の耳を疑った。こいつは今、なんと言ったのだろうか?
時折耳に届く大きな音は雷だろうか。壁にもたれかかりつつ、考えていた。
(これじゃあ嵐だな)
男爵領は大丈夫だろうか?
頭の中に不安がよぎったが、俺がいなくても管理人はいる。あいつのことは信頼しているので、大丈夫だと信じたい。
窓の外を見つめる。今は昼なのか、夜なのか。それさえもわからないほどに外は暗い。
「殿下は今日、少し遠くに出るとおっしゃっていたか」
この天気で本当に出かけたのだろうか?
もしも出かけたとして、ケガなどしないだろうか? この天気では土砂崩れなども起きるだろうし、ぬかるみに足を取られて行動できなくなることだってある。
それに、雨風にさらされて風邪をひくことだってある。いくら立派になったとはいえ、ヴィクトール殿下はヴィクトール殿下のままだ。幼少期の彼は風邪をひきやすかった。……思い出せば出すほど心配になる。
「ここに俺を閉じ込めているのは、ほかでもない殿下なのにな」
なのに、殿下の心配をしてしまう。一体いつから俺はこんなにもほだされてしまったのか――。
などと考えていると、足音が耳に届いた。
(だれだ?)
音自体は小さい。音を立てないように動いているかのようだ。
殿下ならば堂々と歩いてくるので、これは殿下の足音ではない。それ以上に靴の音が違う。
(ブーツの音だな。それもかなり頑丈なものだ)
この足音は――騎士が身に着けるブーツの音だ。
気づいたときには、部屋の扉が蹴破られていた。
驚いて目を見開く。そこには、一人の男がいた。
「――イェローム」
こぼれた言葉に、その男――イェロームは笑う。
やつの茶髪にはたくさんの雨粒がついている。騎士服もびしょ濡れだ。
「おい、なんでお前が」
どうしてこいつがここにいるんだろうか。それよりも、このままでは風邪をひくだろう。とにかく、タオルかなにか出すべきか。
「やっと見つけた。ここにいたんですね」
イェロームが室内に足を踏み入れた。
直感が告げる。こいつは危ないと。
「……俺の話を聞け」
威嚇するように問いかけると、イェロームが黒の目を細めた。
全身から伝わってくるのは『嬉しい』という感情だった。
「どうしてお前がここにいる。ここは普通の騎士が近づける場所じゃないだろ」
ここは殿下が所有する離宮だ。殿下以外には数名の使用人、殿下が直接雇っている騎士しか近づけない。
(その騎士も、この部屋の近くには来ることができないはずだ)
なおさら、こいつがここにいる意味がわからない。
「ちょっと手荒でしたが、見張りの騎士は倒してきました。……死んではいないはずですよ」
「……死んでいたら大問題だ」
まさか、騎士が騎士を殺すなどあってはならない。
俺の眼差しが鋭くなったのを見て、イェロームは花が咲くような笑みを浮かべた。
「そういうと思って、命は奪わなかったんですよ。俺、えらいでしょう?」
イェロームがまた一歩、こちらに近づいてきた。
俺は動くことなく、やつを見つめた。
「えらいかどうかは別として、お前がここにいる理由にはならない。どうしてここに来た」
「相変わらず、つれないですね」
言葉とは裏腹に、表情は明るい。
「けど、それでこそラードルフさんです。俺が憎くてたまらない人だ」
「そうか。ということは、殺しに来たのか」
イェロームは帯剣している。あの剣で俺を殺しても――おかしくない。
(俺はこいつに恨まれることをしたからな。……殺されても文句は言えないな)
大きく息を吐く。イェロームは俺を見て、笑みを深めた。
「どうして殺すのですか? 俺はあなたが憎いですが――それ以上に、大好きなんですよ」
己の耳を疑った。こいつは今、なんと言ったのだろうか?
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