あなたの隣

ひろの

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私は今日もいつもの喫煙所の前にいた。
鼻を突く煙草の臭いははっきり言って好きではない。そんな中見慣れたあの人がゆっくりとやって来た。
「お待たせ」
「うん」
微かに香る煙草の臭い。嫌いなはずのこの臭いが今は特に気にならない。それどころか、むしろ居心地がよかったりもする。

「どこに行こっか?」
「そうだな、まずは軽く飯とか?由佳は?」
「うん、私もお腹すいたかも」
そう返事をしつつ、私は彼の手に握った。その指に自然と彼が指を絡ませてくれたことに気づき、私はほんの少し力を入れてみたりする。

「慧くん、お腹の空き具合は?」
「まあまあかな」
「じゃあ、その辺のマクドナルドとかでいっか?」
「そうだな。マクドナルドってこの辺どこにあったっけ」
「ええっと、その角曲がって真っ直ぐ行ったとこなんだけど、その前に映画のチケット買っておかなくていいの?」
「そうだな、取り敢えず見て、今何上映してるか見てくるか」

私たちのデートコースはいつも特にあてはなく、大抵映画を見ることが多い。映画館前に立て掛けられた広告に目を向ける。

「何か気になるものある?」
「おっ、あれちょうど始まったばっかじゃん」
彼が言った「あれ」というのは、私がほぼ確実に興味のない作品であった。
「別のにするか。由佳、ああいう系興味ないもんな」
「大丈夫だよ?内容は軽く知ってるし、苦手なやつじゃないから。せっかく上映始まったばかりなんだからそれにしなよ」
気を使ってるわけではない。彼が見る作品、彼が選んだ作品を一緒に見るだけで私はよかった。気まずそうにした彼にもう一声声をかける。
「もう、それにしなってば」
「まあ、中に入って決めるわ」
不器用な彼が、彼なりに気を使ってるのが分かる。




結局、映画は迷いに迷った挙句、彼の見たいものに決まり、いつもどおり彼は映画のチケットを二人分ポケットにしまった。
私はよく物をなくす。いつからか、彼は私のチケットを常に預かるようになった。そして、それが当たり前のように、二人の間でなされるようになっていった。

「由佳、本当にあの映画でよかったの?」
「いいってば。時間的にもちょうどよかったじゃん。それに、どっちみち、私また上映中に寝ちゃうかもしれないしさ」
「だから、映画見てるとき寝るなって言ってるだろう、途中起こすからな」
と言われたものの、今日の映画は寝てしまう確率が高い。そんな気がした私は返事をせず、へらっと笑った。それを見て呆れ顔をした彼は、「もうこれから映画行くのやめるぞ」と意地悪く言い、私が慌てて「今日は寝ないよ」と言うのを楽しんでいるようでもあった。
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