あなたの隣

ひろの

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急ぎ足で通路を歩いていると、勢よく人にぶつかってしまった。

「あっ、ごめんなさい。ちゃんと前見てなくて」
「こちらこそ」

軽く言葉を交わしていたところに、運悪く再びあの美女がやって来た。

「彰人、何してるの?」
「何って、別に。今、この子とぶつかっちゃったから」
「そうだったの、ごめんなさい」

そこに浮かんだ彼女の微笑みには、さっき私を睨んだ目つきはどこにも伺い知れない。


「さっ、行こ?この後、ディナー予約してるんだよね?」
「ああ」

美男美女のカップルだな。彼女の性格はよく分からないけど・・・。そんなことを考えながら、ようやく私は彼の元に戻った。

「お待たせ。やっぱ混んでてさ」
「っぽいな。んじゃ、行くか」
「そうだね」

前を歩いて行くあのカップルを見て、ふと尋ねてみる。

「ねえ、慧君」
「ん?」
「あそこ歩いてる人、綺麗だよね」
「ああ。まあ、綺麗っちゃ綺麗だけど、微妙かな」
「どうして?」
「性格悪そう」
「・・・」

彼はわりとこういうところに鋭かったりする。

「じゃあ、慧君のタイプじゃないってことか」
「そうだな、尻はいいと思うけど?」
ニヤニヤと笑う彼にトンッと軽く体をぶつけ、そっぽを向いた私は、
「何よ、どうせ、お子ちゃま体系ですよ」
と、憎まれ口を呟いた。
すると彼はまるで謝るかのように、そんな私の手を繋ぎ歩き始める。

そしてまた、エスカレーターに乗ると同時に、慧君は「キス・・・」と一言言って、顔を近づける。

少し顔を上げ、数秒とも未たない時間、唇を合わせたあと、彼は優しく微笑んだ。

彼が好き・・・。
だけど、時間は待ってはくれない。

終わりを迎えるとき、私はどんな顔をして彼にサヨナラを言うんだろう。


「由香、何ボーっとしてんだよ、足元気をつけろよ」
「ごめんごめん!」


それは考えても出てこない答え。だから今日は考えちゃだめ。

夏の夕暮れはまだまだ明るい。セミの鳴き声が耳の奥に痛いほど鳴り響く。

そういえば、彼と初めて会ったのもこんな真夏の日だった。
そして、今思えば、初めて彼と一夜を共にしたのも偶然にも今日のような蒸し暑い夜だった。
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