一匹狼と、たったひとりのラナ

揺木しっぽ

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番外編

番外6 愛の証、スカーフの下に

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すっかり暗くなった道をラナはリゲルと寄り添いながら、酒場で借りたランプを頼りに歩く。
リゲルはすっかり自立して歩いているが、ラナの腰を自らに引き寄せて離れようとしない。

「リゲル、歩きにくいよ」
「……」

リゲルは答えず、歩き続けた。

「今日、勝敗は残念だったけど、リゲルすごく格好良かったよ」
「負けたんだから格好良くねぇよ」
「そんなことないよ」

リゲルの吐き捨てるような言葉に余裕のなさを感じた。それだけ、人間の男が現れたことに彼も動揺したのだろう。いつも自然体で余裕のあるリゲルが、こんなにもひりついた空気を纏っているのは初めてだ。
ラナはなんと声を掛けていいかわからない。
何を言っても、中途半端な慰めになってしまうように感じた。彼が欲しいのは慰めの言葉ではないのだろう。
家に帰り着くまでお互い無言だった。

「負けたオレより、同族の男の方がいい?」

家の戸を開けて中に入るなり、リゲルはラナを後ろから抱き締めた。いつもピンと立っている耳は不安そうに伏せられ、尻尾は力なく垂れさがっている。

「どうしてそう思うの?」
「あいつと一緒なら君は同族を増やせるだろ。――でも、オレは君を手放したくない――んむ!?」

ラナは肩に顔を埋めるリゲルの鼻をつまむ。

「リゲルのおバカさん。私がいつ、子供が欲しいって言ったの?」
「だけど……」

同族が増えるに越したことはない。同族の方がいいのでは、種族の血には逆らえないのではないのかと、動物的本能の強いリゲルは思ってしまうのだ。

「私が子供が欲しいとしても、あなたとの子供だけだよ」

ラナは後ろを向いてリゲルと向かい合い、伏せられている耳を愛おしく撫でた。
自分は子供が欲しいだなんて、まだ一度も言ったことはない。それなのにひとりで思い悩んで、突っ走ってしまっている。彼の中の狼の遺伝子がそうさせるのだろうか。
いつも余裕そうなリゲルが自分のために、こんなにも不安になっている姿を愛おしく思ってしまうのは罪だろうか――。

「ねえ、来て」

ラナはリゲルの手を引き、ベッドに座らせた。ランプを近くに置く。
リゲルの逞しい膝の上に向かい合うように座り、頬を両の手で包み込んで、唇を重ねる。

「私はあなたを愛してるのよ。リゲルが私だけを愛してくれるなら、私にとっての愛する番も、あなただけよ」

月明かりが差し込む薄明かりの部屋の中、ラナの瞳が僅かなランプの光を反射している。
リゲルはその瞳に吸い込まれるように、今度は自ら唇を重ねた。
好きだ。
愛してる――。
そんな言葉じゃ足りない。
この、自分がどうなってもいいくらいの気持ちをわかってほしいのに、ちゃんと伝えられているのか不安になる。
足りないのに、互いの心の中は見えなくて、言葉と触れた肌の温度を信じる他ない。
溶け合って同じになっていくぬくもりのように、どうか同じ気持ちでありますようにと願いながら、リゲルは柔らかな胸の中で眠りについた。



夜が明けた。ラナは窓から聞こえる鳥の囀りで目を覚ます。
鳥たちはご機嫌に歌っているのに、起きようとすると身体が軋む。昨夜、愛を確かめ合う行為があまりに激しかったからだ。腕を見ても胸元を見ても、赤い情事の痕が転々と付いている。これでは肌を露出して外に出られないだろう。
ラナが起きようとするとリゲルの腕が伸びて腰に絡んだ。

「今日休みだろ。まだ寝てようぜ」
「ホワイト・ノアのお見送りに行かなきゃいけないんじゃないの?」
「あいつらの~? 二日酔いがひでーからやだ」
「二日酔いに効くスープ作ってあげるから」

ラナのスープが食べられるならと、リゲルは渋々腕の力を緩めた。
ラナは気怠い身体を引きずり、なんとか服を着て外の井戸で顔を洗う。
家に戻ると竈に火を点け、鍋に水を入れて火にかけた。
残っている野菜を小さく切り、干していた魚の身をあぶって解してスープに入れる。生姜を擦って塩コショウで味を調え、ネギを散らして完成だ。買っておいたパンを切って焼き、バターとジャムを塗って添えた。

「リゲル、朝ご飯出来たよ」
「ん。ありがとう」

リゲルがもぞもぞとベッドから抜け出す。顔を洗って戻ってきても眠そうな顔をしていたが、ラナの作った料理を食べるとやっと目が覚めた顔になった。

「ラナの作るご飯は今日も美味いな」
「ありがと。食べたら街に行ってみようか」

ホワイト・ノアの人たちが何時に街を出るのかわからない。早めに行った方がいいだろう。

「ラナ、ちょっと待って。これ首に巻いて」

食事を終え、家を出ようとするとリゲルがラナの首に藍色のスカーフを巻いた。
ラナ自身には見えないが首元に昨夜の痕があって、それを隠してくれたのだと気付く。

「オレは見せつけてやってもいいけど、ラナが恥ずかしいだろ」
「もう……!」

そんなところに痕を付けなければ、隠す必要なんてなかったのにとラナが睨む。だが、身長差でラナの渾身の怒った顔もリゲルには愛らしい上目遣いにしか見えない。ラナは怒った顔も可愛いと、反省の色もなくご機嫌にニコニコとしていた。


森を出て街に着くと、昨日の広場で人が集まっていた。
どうやらホワイト・ノアがもう街を出るらしい。
人混みの奥に彼らがいる。その中でひとりだけなんの特徴もない人間の男――アダムがキョロキョロと何かを探すように周りを見渡していた。
ラナを見つけるとアダムの表情がパッと笑顔になり、こちらへ駆け寄ってきた。

「ラナ! 来てくれたんだね。また、会いに来てもいいかな」
「うん。またトール・ボールしに来て」
「たぶん帰りにもここを通る」

フェイがアダムの背後からヌッと現れた。

「じゃあその時はサシで勝負よーぜ。狼男さん」
「ああ」

アダムの挑戦的な笑みにリゲルも不敵な笑みで返した。
今度こそ負けはしない。

「それじゃ、元気で」
「アダムさんも」

ラナはアダムと最後に握手をし、その背中を見送った。寝不足で口元に手を当てて欠伸を隠す。昨夜の疲れが残っていて、まだ体はへとへとだ。

「家帰って昼寝しようぜ」
「そうね。買い物して帰ろう」

ラナとリゲルは手を繋いで市場へ向かった。



「フェイさん、オレ、皆が言うフェロモンとか匂いが付けられてるってのよくわかんなかったけど、なんとなくわかった気がする……」

街を出て海沿いを歩きながら、アダムはフェイに声を掛けた。

「いきなりなんだ」

フェイはアダムの話にはあまり興味はなかったが、一応聞き返してやる。

「だって、さっきのラナなんかすごくなかったですか!? 余韻というか色気が!」

寝不足なのか目の下にはうっすらと隈が出来て、疲れたように瞼がトロンと下がっており、昼間だというのにそこはかとない色気を放っていた。流石に昨夜、ラナとリゲルが何をしていたのかくらい、アダムにも察することが出来た。

「やっとわかったか」

その原因を作ったのはお前だと言わんばかりにフェイはアダムをねめつけるように見る。
フェイとて独り身で彼女募集中の身だというのに、リゲルにより引き出されたラナ自身の発する甘いフェロモンに当てられて、気が立っていた。番がいる男が羨ましいのだ。

「あー! オレも早く彼女欲しい!!」
「うるせぇぞアダム!」

街道で叫ぶアダムをブルガンが叱責する声が響いた。
ホワイト・ノアの選手はトール・ボール一筋。
監督以外全員彼女募集中。



――――――――――

お読みいただきありがとうございます。

リゲルとラナの物語、楽しんでいただけたでしょうか。
ストックが尽きましたのでこちらで一先ず終わりになります。

もし少しでも『面白い』『続き(番外編)も読みたい』と思っていただけたら、下にあるお気に入り登録をしていただけると、作者の活動スコアに反映されて大きな励みになります……!

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