一匹狼と、たったひとりのラナ

揺木しっぽ

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番外編

番外5 負けられない試合と、強引な男

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トール・ボールは広いコートの真ん中に一本の丈夫なポールが立っていて、それにボールを当てた場所で得点を競う競技だ。先端と根元の方が高得点で、中心の方は得点が低い。この世界では一番親しまれていて、ある程度の大きさの街ではチームを持っていることが多い。
ホワイト・ノアは北の雪国のチームであり、農作業のない寒い時期は出稼ぎと大会のために西に遠征することが多かった。
彼らが立ち寄る街の長が、試合の経済効果を見越して、相応の興行料を包んでくれるのだ。
そして北の地域では負け無しのチームであり、トール・ボールファンには知らない者はいない。
リゲルの住む街に彼らが立ち寄るのは初めてで、街全体が浮き足立っている。

この街の住民にとってのトール・ボール試合は見知った近所の街のチームとのものばかりでマンネリ化していた。そんなところに遥か遠くの街の知らない強豪チームがやってきたのだ。盛り上がらないはずがない。
住民たちの期待通り、ホワイト・ノアはその強さとプレイで魅了した。
応援の声はかつてないほど大きく、試合会場周囲の広場では食べ物や酒が飛ぶように売れた。

コートの中では、自分より珍しく強い相手――本当ならやりがいのある相手だというのに、リゲルは心がざわついて集中出来ない。
アダムという初めて見る人間の男のせいだった。

「リゲル! 余計な事考えてるだろ! そんな余裕ねーぞ!」

コートの中のポロが声を張り上げる。リゲルとは長い付き合いだ。顔やプレイを見れば集中出来ていないことくらいわかる。

「わりぃ!」

試合に負けては余計に格好悪い。
リゲルは自らの頬を叩いて気合を入れなおした。しかし、このホワイト・ノアの選手たち、全員が異常なほど強い。
どの選手もこの辺じゃすぐにエースになれる上手さで、連携も洗練されていた。

「狼男とやれるって聞いたから楽しみにしてたのに、そうでもないんだな」

ボールを持ってリゲルと相対するアダムはつまらなさそうに吐き出す。
本来なら人間は身体能力では獣人に劣る。しかしアダムは幼少期からチームメイトの獣人たちとトール・ボールに勤しんでいた。その経験に天賦の才もあって、獣人と劣らぬ――トール・ボールコートに置いてはそれ以上の力を持っていた。

リゲルの所属するルナ・テールズは善戦したが、結果は敗北。
アダムは試合終了の礼が終わると、コート脇の最前列で見ていたラナに駆け寄った。

「ラナ! オレの活躍見てくれた?」
「え、あ……はい……」

ラナは目の前に現れたアダムに困惑する。確かにアダムの活躍は目覚ましかった。リゲルを圧倒し、トール・ボールに詳しくないラナにもその上手さはわかった。

「ラナ」
「あ、リゲル。お疲れ様」

リゲルはまた二人の間に割って入った。その様子にラナと話したいアダムはあからさまにムッとした顔をする。

「あんたラナの何なんだよ」
「アダム、やめとけ」

フェイがアダムの肩を掴み、少し距離を取らせた。アダムの耳元に顔を寄せる。

「その人間は狼男の番だ」
「えー! そうなの!? なんでわかるんですか?」
「その狼の匂いが濃い」

アダムはラナと同じく、獣人や動物たちが感じられる匂いがわからない。

「へえ、でもその狼男、オレよりトール・ボール下手じゃん」

アダムは挑発するような目つきでリゲルを見た。その一言はリゲルの頭に血を上らせるのには十分すぎた。

「もう一回やるか? 今度は本気でやってやるよ」

流石にそんなことを言われてはリゲルも黙っていられない。自分だけのことならどんな喧嘩を売られても買わないが、番のこととなると話は別だ。オスとして黙っていては沽券に関わる。

「リゲルだめだよ! 落ち着いて!」

トール・ボールではなく手が出そうな一触即発の空気に、ラナはリゲルの前に周り抱き着いた。

「リゲル!」
「フェイ! アダム!」

互いのチームの監督に呼ばれ、なんとかその場は何事もなく収まった。
その後、監督の酒場で親睦会ということになり、両チームは酒場に集まった。
一緒に飲みたいトール・ボール好きも集まり、すぐに酒場は満員御礼のどんちゃん騒ぎとなる。店の外までどこからかテーブルと椅子が用意され、人が溢れた。
監督の酒場だけでは回らず、近くの店の店員が注文を聞きに来て自分の店の料理を届け始める。無法地帯といってもいいが、祭りの日にそんなことを咎める者はいなかった。

「ねぇフェイさん、オレあの人間の子と話してきてもいいっすよね?」
「向こうのチームといざこざを起こさないならいいが。それと、人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死ぬから気をつけろ」
「え、なんすかそれ」
「言い伝えだ」
「ふーん。オレはそんなの信じませんけど。――ねぇラナー!」

アダムはラナの元に走った。人混みを掻き分けて、見つけたその細い腕を掴む。

「ねぇ、折角出会えたんだしちょっと話そうよ」
「え……」

ラナはリゲルを見た。しかしリゲルが何か言う前にアダムが強引に腕を引き、二人はあっと言う間に人込みの中に紛れてしまう。
そのままアダムの見つけた空いていた店内の端の席に二人で座らせられる。ラナはリゲルの事を考えるとすぐに戻った方がいいとは思ったが、生まれて初めて出会った同族の話を聞いてみたいという気持ちもあった。

「お酒飲める?」
「少しなら……」

アダムはよく通る声で店員を呼び、適当に酒とつまみを頼んだ。酒が届くなり、ニコニコと上機嫌に乾杯をする。

「ラナはオレ以外の他の人間に会ったことある?」
「あなたが初めてよ」
「オレも! やっぱ人間って珍しいみたいだな! 君の両親は?」
「わからない……。赤ん坊の時に違う街の近くで拾われたみたいで……」
「へえ! オレも一緒! 捨てられててカワウソの一家に育てられたんだ」
「そうなんだ……」

違う席では、人間の二人の元に今にも行かんとするリゲルを抑えるのでチームメイトたちは必至だった。

「リゲル! 珍しい同族なんだ! 積もる話もあるだろ!」

ポロは全身の毛を逆立てているリゲルに必死にしがみつく。リゲルは人でも殺さんと言わんばかりの形相でアダムの背中を睨み、酒の入ったゴブレットを握り締めていた。
負けたことは悔しいし、アダムという男はポロも気にくわなかったが、ラナがやっと出会えた同族と積もる話があることはわかる。
リゲルはラナのことは信じている。
信じているが、人間には狼のように生涯で一人しか愛さないという本能はないと聞く。
出会う順番が違ったらラナは自分のことを選んでいただろうか――そんな不安で押しつぶされそうになるのだ。
今からでもあの男を選んでしまうのではないかと――。

「リゲル」

リゲルの正面に座るガドスが口を開いた。

「お前の番は他の男に行くような子じゃないだろ」
「ガドスさん……」
「信じてやれ」

ガドスの言葉でリゲルは少し冷静になれた。
しかし冷静になった頭でも、番のラナが他の男と二人きりで話すことが気にくわなくて堪らず、酒を煽った。


初めて出会った同族のアダムという男は気のいい男だった。少し話しただけでも自信家で、だが努力も相当しているのだろう。悪意のない男なのだとわかる。
トール・ボールをしている姿も楽しそうで、チームメイトとも信頼し合い、周りから愛されているのだという雰囲気が滲み出ていた。

「あの狼男のこと好きなの?」
「うん。一番大事な人……」

ラナは手元のカップを見つめて答えた。
アダムが自分に興味を持っていることも分かったが、自分が隣にいるのはリゲル以外考えられない。
リゲルより先にアダムに出会っていたらこの感情は違ったのだろうか――そんな可能性も考えてみるが、やはりラナの心にはリゲルしかいない。
リゲルを愛しているし、彼が悲しむ顔なんてこの世で一番見たくない。
アダムはそんなラナの顔を見るともう、彼女を口説くことなど出来なかった。
少しでも脈があればラナと目も会う気がしたが、さっきから一度も目が合った試しがない。
馬だろうがケンタウロスだろうがユニコーンだろうが蹴散らすつもりだったが、彼女の瞳に、自分は全く映っていないとなるとどうしようもない。
自分は、始めからラナの眼中にないのだ。
アダムは大きく息を吐いた。

「あーあ、折角出会えたのにな。他の種族と付き合うってどう?」
「どうって、たぶん、同族と付き合うのとなにも変わらないよ」
「オレも恋人ほしー」
「アダムさんにもいい出会いはきっとあるよ」

夕方前から始まった飲み会は空も暗くなり始めた頃、多くの者が酒に潰れてテーブルにだらしなく突っ伏している。

「リゲル! 飲み過ぎだ!」

ポロの声が酒場に響く。
漸くアダムから解放され、ラナはリゲルの元へ行く。彼はクズリの獣人であるノアムに肩を貸してもらい、立っているのがやっとだった。ポロが口うるさく怒っている。
ラナはリゲルがこんなに酔い潰れているのを初めて見た。

「リゲルは君が人間の男に取られないか心配でヤケ酒してたんだ」

ハクビシンの獣人のレダがラナにそっと耳打ちした。

「そうだったんですね」

ラナはリゲルに寄り添い、肩を貸す。

「帰れるか?」

ノアムが確認する。ラナ一人で大きな体のリゲルを運ぶのは難しいと思ったからだ。しかしリゲルはラナの身体に触れた時から、しんどそうな顔はしているが体重を掛け過ぎないよう自立している。

「大丈夫です。今日は皆さんお疲れ様でした。ではまた……」

ラナは皆に挨拶をすると、酒場の喧騒を抜けてリゲルと森へ向かった。
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