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吸血鬼の章
すべらない話2
しおりを挟む了炫は同胞を、吸血鬼になり切れない人間にも戻れない中途半端で劣った連中と蔑んで近寄ろうともしなかった。向こうは向こうで、人を人とも思わない了炫を遠巻きにしていた。交流がもたれたのは茨矜の死後。ずっと断り続けていた同胞たちの世話を仕方なしに引き継いでからになる。
茨矜が吸血鬼にしたのは適性のない者ばかりだった。了炫以外の子供たちはみんな被虐待児で不幸な生い立ちをしている。現実から目を背け、心を閉ざしてやり過ごす毎日。吸血鬼になった彼らは地獄から脱出できたと喜んだ。素晴らしい身体能力で万能感に浸る。高揚感の次は復讐心に燃える。多くは暴力で留飲を下げ、稀に命で償わせる者もいた。過去を清算し、子供たちは役割が変わっただけなのだと気付く。吸血鬼として生きていくためには地獄を作り出さなければならない。終わりのない暴力がつらい記憶をいつまでも生々しくさせる。殺しで復讐を遂げた者は早々に心を壊した。殺さないのではなく殺せない。子供たちは今でも人間だった頃のように夜を徘徊している。
茨矜の真似事をするうち、彼らが吸血鬼にされた理由が了炫にも段々と理解できた。同胞が苦しい胸の内を明かせば、どんなに下らない内容でも神妙な顔で聞いてやる。本当なら絶対に言わない歯の浮くようなセリフで励ましてやる。そうして馬鹿どもを何度でも地獄に送り返す。これはそういう遊び。
厲姚に緑川家を任せたのも、あの意気地なしが悪夢の舞台に放り込まれたらどうなるか見てみたかっただけ。結果は予想以上だった。人間に怒られて死ぬ吸血鬼! 前代未聞の悲喜劇を演じてくれた。稀代の傑作だ。茨矜にも拍手喝采を送りたい。
あのときの従兄の心境も聞いてみたくなって、了炫は緑川家を再訪した。玄関を開けるとくぐもった声が聞こえてくる。声の主は手足を縛られ猿轡をかまされた裸の長男。両親が彼を床に押さえつけ、鋏を持った妹が近付く。それをクスクス笑いながら見ているのは結紫、紫束、碧以の三人。不殺主義者が緑川家を放棄したのに気付いた彼らは、残された人間から情報を聞き出すため家に乗り込み、同じ日に了炫がやって来たのだった。
「ここに通っていた同胞を殺していたのはおまえたちだったのか」
「売られた喧嘩を買ってみた」
碧以が了炫の正面に立って負けじと睨み返す。暖色の照明の下で殺気が渦巻いた。
「他の不殺主義者は?」
「ここにはもう誰も来ない。今日俺はそいつらに聞きたいことがあって来た」
一人精神干渉を外されている長男は必死に唸り声を上げている。死に物狂いの抵抗も虚しく、妹の手はぷるぷると揺れて暴れる小さな男根を捕まえた。
「そいつらは俺の死んだ同胞の家族だった」
「そんなんどうでもいいんだけど」
「まあ聞け。聞いておいて損はない」
了炫は厲姚の話を聞かせた。最初は訝しがっていた三人も徐々に興味を持ち、中年になった従兄に殴られる段で失笑、クライマックスでは爆笑となった。話している了炫も思い出し笑いしてしまった。流れで従兄にも喋らせる。従兄は家族の莉帆への仕打ちは仕方のないことだと思っていた。
――あんなきれいな顔と体でいやらしい気分にさせるのが悪い。あいつが淫乱なのは本当のことだ。嫌だと言いながら突っ込まれれば善がって中を締め付ける。そんなのが同じ屋根の下で暮らしていたらこっちだっておかしくなる。いなくなってからも時々莉帆をおかずに抜いていた。結婚前、妻に莉帆の存在がバレたとき、嫌われたくなくて嘘を吐いた。この前は莉帆が復讐しに来たと思ってとっさに殴った。家族に嘘がバレないようにするのに必死だった。見た目が全然変わってなくて驚いたが、中にはそういう人間もいるし、あれからけっこう良い暮らしをしていたってことなんだろう。妻は美容整形かなんかだと思ったらしい。無事に追っ払えてよかった。家族の前でなけりゃまた抱いてやったのに。
「少しは反省しろよ」
「いきなり殴るのはひどい」
「かわいそう」
吸血鬼たちは口々に冗談を言った。笑っている間に長男の包茎手術は終了していた。ぐったりして、止まらない血と涙で床を濡らしている。碧以は了炫に謝罪した。
「そんな面白いことしてたんだ。知らないで、たくさん殺してごめん?」
「まだたくさんいるから気にするな。同胞が多過ぎて少し持て余してたんだ。残りの人数ぐらいがちょうどいい」
「あんた俺が思ってたのと全然違う奴で驚いたよ」
毖姱は茨矜と了炫の人柄を、面倒見がよくて情に厚い、可哀想な子を見過ごせないなどと評していた。なんて不気味な奴なんだと思っていたが、実際の了炫は至極まともで愉快な吸血鬼だった。そんな中、結紫と了炫の間でまったく会話がないのが碧以は気になった。
「結紫と了炫は知り合いって聞いたけど」
「ただの知り合いだ。特に何もない。この前お前たちの領域に侵入した件なら謝ろう。気分転換で遠出をしただけで他意はない。他に用がないなら帰れ。俺は忙しい」
急に早口で捲し立てられた。明らかに結紫と目を合わせないようにしている。これ以上喧嘩をする気にもなれなかったので、ここは大人しく追い出されてやった。
「結紫、了炫にもなんかしたのか?」
「あいつ俺の元カレ」
「彼氏!? 付き合ってたの!?」
「ふふ、あいつも簡単だったよ。自分は他の奴等と違うと思ってるみたいだけど寂しがりでね」
了炫は茨矜を亡くした心の隙に付け入られ、まんまと弄ばれた過去がある。七日間だけの恋人。被害者という表現のほうが妥当だ。
「あ~~~、結紫ぃ……」
三人が遠ざかるのを確認した了炫は、両手で顔を覆って玄関にうずくまった。自分で追い出したのに結紫が居なくなって寂しい。久々に顔を見たらやっぱり可愛いし格好良くて焦った。弄ばれたと知ったときは悔しくて悲しくて、こっそり涙を流したくらい好きだった。もし結紫にその気があるならヨリを戻したい。
感情が落ち着くのを待って了炫も緑川家を後にした。胸に秘めた切なさをくすぐるように夜風が吹き抜ける。こうして不殺主義者との対立は幕を下ろした。
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