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吸血鬼の章
一新1
しおりを挟む用心深い結紫は周期的に風体や住処を一新していた。結紫は明日紀、紫束は壱重、碧以は昢覧と名を改め、見た目の印象も変えた。壱重は髪をセミロングにしてお嬢様風に。逆に明日紀は少し長めだった髪をうんと短くして、細い首筋と華奢な輪郭を強調してより中性的に。昢覧はほったらかしだった髪を短く整えた。会社員でも通用しそうな無難な髪形なのに、非日常的な美貌が普通を普通でなくしている。絢次は絢次のままだ。
住まいも変えた。街中にある高級マンション、メゾン・サングラント。碧以が初体験をしたあそこだ。最上階に明日紀と壱重、一つ下のフロアが昢覧と絢次に割り振られた。
「え~俺も結紫と一緒がいい~」
「結紫じゃなくて明日紀ね。絢次、昢覧が寂しがらないようにちゃんとかまってやれよ」
「わかった。いっぱい可愛がる」
「紫束ちゃんは俺と一緒の方が楽しいよね?」
「壱重だから。たまには遊びに行ってあげる」
「俺がいるから昢覧は大丈夫」
「そうね」
「そうねって、壱重ちゃん冷たい~」
昢覧は絢次に引っ張られて最上階から出て行った。吸血鬼化してからずっと明日紀たちと一つ屋根の下に暮らしているが、いつも一緒に行動しているわけではない。食事は基本的に一人で行う。その他においても気ままで自由な彼らは単独行動を厭わない。フロアが上下に分かれたくらいなら距離感は引っ越し前と大差ない。
「壱重も下がよかった?」
「私がいなかったら明日紀が寂しいでしょ」
「俺のためか。おまえはどんな名前になっても可愛いね」
「明日紀がそうさせるの」
まだ昢覧には言っていないが、明日紀と壱重は男女の関係にあった。明日紀は暴力を愛する美しい姪を大切にし、自分以上に残忍な導き手を壱重も愛していた。だが壱重は二人きりのときでも滅多に甘い空気など出さない。こんなことを言うのはたいへん珍しかった。
「いつかおまえのかわいい姿を昢覧にも見せてやりたい」
「絶対に嫌」
明日紀の言うかわいい姿とは、彼に抱かれて快感に喘ぐ姿のことだ。主導権を握られ、己の弱さを嫌というほど味わわされている姿。そんなところを誰かに見られるなんて死んでも御免だ。これ以上からかわれたくない壱重は自室に引っ込んだ。
数ヶ月後。明日紀のもとを管理人が訪れた。居間に通されソファーに腰掛ける。室内は相変わらず閑散として生活感がなかった。吸血鬼は極度に寒暖に強いため適温を保つための家具家電はない。照明も備え付けのみ。食に関する物は何もなく客に茶は出されない。吸血鬼とはだいたいがこんなものだ。グールである管理人は心得ていて、特になんとも思わなかった。
「それで知らせたいこととは?」
「既にご存知かも知れませんが、お客様の身辺を嗅ぎまわる者がおります。以前飼っていらしたペットを捜しているようです。私共の不動産会社も標的にされていまして、こちらがその際の調査結果でございます」
この世で最も優れた身体能力と不死性を誇る吸血鬼は、人外にとっても特別な存在だ。特に長く生きた吸血鬼は一目置かれる。吸血鬼が理由なく人外に手を出すことはない。人外同士持ちつ持たれつの関係だ。こうして便宜を図っておいて、何かあったときに助力を乞う腹積もりなのだろう。管理人が差し出した封筒には数枚の書類と写真が入っていた。写っていたのは明日紀には見覚えのない男だった。
「ふうん……いや、知らなかったよ。わざわざありがとう」
恐縮する管理人を帰して階下を訪ねる。こっちは絢次のために家具家電が充実しており、温かみが感じられる部屋になっていた。昢覧は絢次狼のブラッシングの最中だった。人型で風呂に入ればお手入れは簡単に済む。ブラシをかけるのは昢覧の趣味だ。全身を撫でまわされるこの遊びは絢次にとっても嬉しい時間だ。いちゃいちゃを邪魔された絢次は牽制するように昢覧にぴったり寄り添うが、当の本人たちはまるで気にしていない。
飯田を捜しているという男の写真を見せられた昢覧は、地下格闘技の会場でしょーもない男が絡んできたことを思い出した。直後の了炫との出会いの方が印象的で記憶が薄れているが、飯田の友人だったはずだ。
「基やん懐かしいなぁ。そっち関係なら壱重ちゃん狙いかな?」
「そうかも。帰ってきたら訊いてみよう」
人間に付け狙われたくらいなら別段心配する程でもない。もともといつ何時ハンターが襲ってくるかわからないのだ。場数を踏んできた壱重は対処できるスキルがあるし、心構えもできている。
「こいつ追い出す?」
これからする話を絢次にも聞かせていいのか。人外同士でも固有の能力は可能な限り秘匿する。どの種族もそうだ。
「いや、俺たちだけで上に行こう。そこで壱重を待つ」
絢次は不満そうに二人を見送った。絢次は明日紀相手だと割と行儀がいい。序列を重んじる本能と、単純に強者への恐れがそうさせる。あれは昢覧のように甘えていい存在ではない。
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