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吸血鬼の章
楽しい一夜1
しおりを挟むここ数週間で、斎藤の組織が経営する派遣型風俗店の嬢が数名行方不明になっている。それ自体は珍しいことではないのだが、競合他社の嫌がらせであることが判明すれば話は別だ。右肩上がりで成長を続ける斎藤の組織を面白く思わない者は少なくない。今回敵対してきたのはプライム・コム(株)東日本といい、表向きは一般的な企業の顔をしているが社員は元組員や関係者ばかりで実質暴力団と変わらない。斎藤たちのような半グレの成り上がりよりも犯罪について熟知している彼らに対抗するのは並大抵ではないだろう。しかもそこの社長の情婦が吸血鬼だと言われているらしい。若い女の血を好むとか。斎藤は馬鹿げた噂と聞き流せなかった。本物の吸血鬼が敵方に居るとしたら由々しき事態だ。対応を急がなければならない。
接触はプライム・コムから図られた。曰く、居なくなった嬢は所属店の待遇に不満があり、こちらの店に移籍したいと泣きついてきた。不義理に当たるので一度は断ったが、どうしてもと懇願されて絆されてしまった。ところが嬢は客の持ち物に手を付けるわ、売り上げを持ち逃げするわで大変迷惑を被った。ひいてはそれを指示した斎藤たちに責任を取ってもらいたい。賠償金と慰謝料併せて一千万円を請求する。十日後までに全額を支払い、頭を下げて謝罪することで手打ちとする、とのこと。
無論言い掛かりだ。そのようなケチな指示は出していない。金も今回は一千万だが、それで済むわけがない。ゆくゆくは主たる収益源の闇カジノを横取りするつもりなのだろう。そうなったら斎藤たちの処遇は保障されない。生かされたとしても死ぬまで使われる立場にされる。やるか、やられるかだ。
そんなとき、斎藤の電話に着信があった。聞こえてくるのはノイズばかり。切ろうとして思いとどまった。吸血鬼は電子機器との相性が悪いという話を新田から聞いている。しばらくすると通話は切れて、すぐにメッセージが届いた。
『一人で来い。節毘町3-15の公園。時間は8時。佐藤』
仲間内にこんな連絡を入れてくる佐藤はいない。敵方の佐藤は知らないし、斎藤を誘き出すにしてももう少しマシなやり方があるだろう。鈴木だろうと思って待ち合わせ場所に立つ。だから背後から足音一つ立てないで現れたことには驚いても、それが昢覧であることには驚かなかった。
「やっぱりおまえか鈴木」
「は? 佐藤だけど。……もしかして俺あのとき鈴木って言ってた?」
「自分の名前くらい覚えとけ」
自分の勘違いに気付いて記憶をたどる昢覧を観察した。相変わらず見た目はいい。二十代も半ばを過ぎたはずなのに少年の瑞々しさを残している。
「えーと、改めて昢覧です。今日ミッキーを呼んだのはね、これからパーティーするから参加してもらおうと思ってね。で、なんでミッキー一人で来いっつってんのに七人も連れて来るわけ?」
「その呼び方をやめろ。誰がミッキーだ」
万が一人間からの襲撃だった場合に備えて密かに配置していた部下の人数を把握されている。次の手を考えていると不意に身体から自由が奪われた。頭のてっぺんから爪の先までままならない。人形のように動かされて、公園の外へ歩き始める。勝手に口が動いて思ってもいない言葉を言わされた。
「おまえたちは全員帰れ。俺はこれから遊びに行く」
「は、はあ、遊びにですか」
斎藤は車のドアを開けて部下を下ろした。運転席を越えて助手席に収まる昢覧の姿が、部下たちの目には映っていない。態度の急変に戸惑う部下を尻目に、公園から車が遠ざかる。
「自由にさせるけど変なことは考えるなよ」
信号待ちで自由が返された。身を以て知った吸血鬼の能力は想像以上だった。催眠術なんか自分の意志の強さでなんとかなるものと思っていたのだが、吸血鬼の支配はそんな生易しいものではない。生き埋めにされたような圧に抑えつけられてピクリとも動けなかった。呼吸すら自分の意志でしていたのかわからない。
「とうぶん真っ直ぐな。斎藤くんずっと俺たちのこと見張ってたじゃん? あれなんのため?」
「おまえたちの能力を知るためだ。ヴァンパイアハンターから聞いた話が本当なのか確かめたかった」
「なるほどね。これから行く所でもっと詳しく知れるから楽しみにしててよ」
「どこに行くんだ」
「相沢麗羅ん家」
「あの相沢麗羅か?」
プライム・コムの社長の情婦であり吸血鬼と噂される女。彼女の住まいは社長の自宅でもある。つまり反社の大物の根城に乗り込もうというのだ。信号が変わりアクセルを踏む。
「そこで何をするんだ。俺は今ナイフくらいしか持ってない。襲撃するなら武器が必要だ。人数ももっといた方がいい」
「パーティーって普通のパーティーだから。友達が先に行って準備してる。俺たちは手ぶらでオッケー。つーかさ、ヤクザって銃撃戦とかのことパーティーって言うの? 映画みたい。おもしれー。マフィア映画ならけっこう観たよ。洋画は拷問とかえぐいのあっていいよね。あそこ、前の車と同じとこ曲がって。
俺も昨日ヴァンパイアハンターとホームパーティーしたんだ。新田曜一朗ってやつ。ヴァンパイアハンターって部屋ん中にずらーって武器並べて、変な宗教信じてるような頭いかれたヤベー奴って思ってたけど、すんごい普通の家で逆に驚いたわ。しかも結婚してて家族と同居だよ? よくやるよ、ほんとに」
「そのヴァンパイアハンター、殺したのか」
「うん、家族も全員ね。あ、おばあちゃんは自殺だった。それより曜一朗の奥さん見たことある? 若くて美人でさ、十歳くらい年下なんじゃないかな。俺曜一朗のことちょっと見直しちゃった」
斎藤が抱いていた昢覧のイメージが次々と覆されていく。実物は気障ですかした優男ではない。飯田と一緒にいるのを見たときは虎の威を借る狐だと思っていた。ところが蓋を開けてみれば昢覧自身が人食い虎だった。
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