夜行性の暴君

恩陀ドラック

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狼の章

間違い探し1

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「ん゙ふぐううううっ」


 沼から這い上がろうと伸ばした指先が斧で飛ばされた。思わず悲鳴を上げようとして、縫い付けられた唇が避けそうになる。僕――篠原しのはら孝輔こうすけは斧を持った襲撃者から距離を取ろうと懸命に足を動かした。泥の中では一歩進むのもたいへんだ。たたでさえ痛む爪先に激痛が走る。早く沼から出たいけれど、それには一メートルくらいの段差を登らないといけない。今の僕には厳しい障害だ。

 焦りと泥の中の移動で息が苦しい。少しでも呼吸を楽にしたい。まだ指のある右手で唇を縫う針金を外そうと試みるも、爪のない指先では掴むことすらできなかった。結局痛みより酸素への渇望が勝って、無理やりに指をねじ込んだ。右半分の唇が裂けてできた隙間から呼吸をすると、再び空気以外のことも考えられるようになった。

 こんな筈ではなかった。ただ美しい恋人と睦み合いたい。自分の望みはそれだけだった。どこで間違ってしまった。発端はなんだったか。彼の言いなりにしなければこんなことには……いや、彼を見つけてしまったのがそもそも間違いだったのかも知れない。今も自分を見下ろす美しい彼を──





 僕は恋人を失くした寂しさを埋めるものを探していた。仕事に打ち込んでみても気分は一向に晴れず、落ち込んでいくばかり。もう自分を愛してくれる人間はこの世に居ないのではないか。そう思い始めたとき、信じられないような出会いが訪れた。

 帰り道の公園のベンチに小柄な人影が一人。ここに人が居るなんて珍しいこともあるもんだと視線をやった僕は、その少年の美しさに驚いて声を上げそうになってしまった。何をするでもなくベンチに腰掛けている姿が、地上で羽を休める妖精のようだ。思わず足を止めて見惚れていたら彼の視線がこちらを向いた。夢じゃない!

 僕は急に恥ずかしくなってその場から逃げ出した。だって初対面の人間をじろじろ見るなんてとんだ不作法をしてしまった。いや、本当の理由はそんなんじゃない。本音を言えば怖かったんだ。彼があまりに美しくて。それに引き換え自分は、お世辞にも格好いいとは言えない平均以下の顔。太ってはいないけど引き締まってもいない、のぺっとした体。気の利いた会話もできない。

 それから僕は寝ても覚めても彼のことばかり考えるようになった。もう一度会いたい。せめて一目だけでも。他にも帰り道はあるけど毎日公園を通って帰った。でも彼は現れない。どうしてあのとき勇気を出して話しかけなかったんだ。僕は意気地なしの大馬鹿者だ。失意に項垂れ下を向いて歩いていたから、前に人が居ることに気付かずぶつかってしまった。また失敗をした。他人に迷惑をかけて、駄目な自分だ。


「す、すみません」

「いえ、大丈夫ですよ」


 振り返ったその人は、まさしく公園で出会った夜の妖精だった。奇跡は二度と起こらないから奇跡という。ならばこの出会いは運命だ!


「あのっ、こ、ここで何を、何をしてるんですか!?  もしよかったら僕の家に来ませんか?  来てください!」

「え?」


 彼は曖昧に微笑んだ。当然だ。急に知らない男の家に招かれたら自分だって困惑する。でも形振りなんて構っていられなかった。これは運命なのだ。立ち去ろうとした彼は間違っている。止むを得ず殴りつけて大人しくしてもらった。同じ空間で過ごすうち、二人は運命の絆で結ばれていて、これがとるべき行動だったと分かってくれるだろう。

 僕の部屋の僕のベッドに僕の恋人が横たわっている。なんて素敵で幸福なことだろう。気を失っている彼の服を取り払い、美しい裸体を愛でる。僕の恋人は脇も膝も踵も美しい。おちんちんや睾丸は、きれいなだけじゃないんだ。彼の一部と言うだけでも尊いのに、透明感があって、少しも下品じゃなくて、完成された芸術品のようだった。

 ゆっくりと瞼が持ち上がって、辺りを見回す視線が僕の顔でぴたりと止まった。美しい顔がまっすぐこっちを向いて、とてもどきどきする。彼は落ち着いていて叫んだり暴れたりしないので安心した。むしろほんの少し微笑んでいるように見えるのは、僕の願望が認知を歪めているせいだろうか。もし本当だとしたら飛び上がるほど嬉しいのだけど。


「痛くない?」

「ああ」


 念のため枷とワイヤーでベッドに固定してある。早く外してあげたい。早く彼と抱き合いたいから。


「僕は篠原孝輔。君の名前は?」

「明日紀」

「あさぎ……いい名前だね。君にとても似合ってる」


 僕もシャツを脱いで、明日紀の隣で横になった。焦点が合うぎりぎりまで顔を寄せる。どの角度から見ても明日紀はきれいだ。


「僕たちは恋人なんだよ、明日紀。僕の名前を呼んで。愛してるって言ってごらん」


 こう言うと、明日紀は小さく笑った。そう、彼は笑ったんだ。


「恋人ね。だったらもっと相応しい扱いがあるんじゃない?」

「か、枷を外せって言うんならもう少し僕らが……」

「俺を喜ばせろと言っているんだ。こんな格好にさせておいて、次にすべきことも分からない間抜けなのか? 篠原孝輔。俺をがっかりさせたら承知しないからな。ようく覚えておけ」


 きれいな顔してこういう口の利き方もするんだなと僕は驚いた。強がっているのかな。照れ隠しかもしれない。思っていたのとは少し違うけれど、彼が僕を求めてくれた。応じない理由は一つもない。目一杯愛し合って、運命を確かめ合おう。

 明日紀の全身にキスをしたけど物足りない。だってベッドに磔だから、背中やお尻は見えないんだ。


「君を自由にするけど、暴れたら嫌だよ。僕の言うことを聞いてね」


 そう言い聞かせて足を自由にし、手はワイヤーだけ外して枷を付けたままにした。俯せから尻を上げさせる。彼の全てをこの目で見た感動で、痛いくらい股間に血が集まった。逸る気持ちを抑えてオイルを塗る。もう我慢が利かなくて指で慣らす余裕なんてなかった。淫らで可愛いその穴に、僕は思い切り自分自身を突っ込んだ。


「明日紀!  僕の明日紀!  ああ!」

「ふ、ふふふ」


 一回目を出し終わると、明日紀が身体ごとこっちを向いた。


「俺をおいて一人だけ先にいくなんて酷いじゃないか」

「ご、ごめん。久し振りだったし、すごく気持ち良くて……」

「孝輔の愛が感じられない」

「そんな!  そんなことないよ!  愛してる!  愛してるからもう一度、何回でもしよう?」


 がっかりした顔も綺麗だ。でも愛を疑われるなんて、そんなこと二度とさせたくない。今度は横に寝た状態で挿入する。身体を捻って後ろを向く明日紀と舌を絡ませた。可愛い乳首を指で転がすもの忘れない。キスの途中で明日紀が囁いた。


「次から先にいったら爪を一枚ずつ剥ぐ」






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