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狼の章
趣味と同志1
しおりを挟む「ねえ壱重ちゃん。最近全然明日紀に会ってないんだけど何してるか知ってる?」
この三月半というもの明日紀の姿を見ていない。今日も部屋には壱重しかいなかった。今までにもふらりと姿を消すことはあったけれど、こんなに長く留守にするのは初めてだ。
「さすらいの旅」
「なにそれぇ」
明日紀は倦怠期に陥っていた。美女を凌辱しても、少年を拷問にかけても、恋人同士を殺し合わせても、いつか見た光景ばかり。前回の倦怠期では初めて同族を弄んでみた。思いの外楽しくて、今に至るまでお気に入りの遊びとなっている。今回もなにか心が晴れる新しい刺激を見つけようと、気ままな一人旅に出てみたのだ。
「昢覧にも挨拶したと思うけど」
「……あ、あれか?」
行ってきますと言ってほっぺにキスされたのを思い出した。手ぶらでちょっとそこまで、みたいな雰囲気だったからふざけているだけかと思った。
「壱重ちゃんは一緒に行かなかったんだね」
「いつも隣にいるのを連れていっても気分転換にならないじゃない」
彼らはべったりな関係ではない。離れて暮らしていたこともあった。好き勝手に遊んで、気が向いたら家族に戻る。それが二人の心地良い距離感だ。
「昢覧は私と二人になれて嬉しい?」
「怖い!」
「なにそれ」
軽口を交わして笑い合っていたが、壱重が怖いのは半分本気だ。井背里の話を聞いて、昢覧が抱える秘密は以前よりずっと重たくなってしまった。壱重に勘付かれるのが怖い。またあんなふうに迫られたら、という想像に期待が混じっている自分にも不安を感じる。
部屋に戻った昢覧は狼たちに食事を摂らせた。本日のメニューは鶏の照り焼き、サラダ、卵とワカメのスープ、干し海老とレタスの炒飯。知悠が戻ってからというもの、こうした普通の食事しかさせていない。
昢覧は田坂の話の真偽を測りかねていた。まるっきりの出鱈目か、虚実織り交ぜての発言か。だから万一に備えて人狼たちの殺人を禁じた。狼たちが人肉にありつけるのは昢覧のフルコースのときだけだ。狼たちが狩りの禁止に抵抗を感じなかったと言えば嘘になる。日常の楽しみが一つ減ってしまった。そんな彼らのために始めたのが料理だ。今日の食事も全部手作り。簡単な料理なら崇人の頃もしていて、もともと嫌いじゃない。狼たちも喜んで楽しみにしている。料理は実益を兼ねた新しい趣味となった。
これにはいつも冷静な壱重も驚いた。壱重は花嫁修業として炊事、洗濯、裁縫、茶道、華道等色々習わされていた。どれもこれも嫌々、仕方なくやっていた。面倒なことは他人にやらせれば宜しい。誰かの世話を焼くなんてまっぴら御免。そんな性格だから、誰かのために手間暇かけて料理を作ってあげるなんて理解できなかった。しかも自分は一口も食べない物を。吸血鬼的には壱重のようなタイプが多数派だ。日常的に料理をする吸血鬼は昢覧以外にいないだろう。明日紀には指をさして笑われた。
料理を始めて間もない頃ドッグフードを与えたことがあった。メニューの選択肢の一つとしただけで深い意味はない。しかし断固として拒否された。気を遣って大型犬用の高級缶詰にしたのだが、そういう問題ではなかったらしい。
「俺は犬じゃない」
「でもイヌ科じゃん」
「昢覧……それは人間とチンパンジーが同じって言うのと変わんないから。狼と犬は別物だよ。人狼はもっと別。元々人間だし、今も半分は人間なの。知ってるよね?」
「あ、はい……」
「それなのにドッグフードを食べさせようだなんて酷い侮辱だよ。絢次はともかく、俺は犬じゃないから覚えておいて」
「は? 俺が犬だって言いたいのか?」
「昢覧の犬だろ」
「俺と昢覧の仲が良くて悔しいからって悪口言うな!」
「本当のことを言っただけだし」
「その口にドッグフードを突っ込んでやる」
「やれるもんならやってみろよ」
「ま、待った待った! 俺が悪かった! ごめん! すみませんでした! 二人ともやめろ!」
知悠が皿を洗い、昢覧が濯ぎ、絢次が監視する。絢次は二人の共同作業が許せなくて、することがなくても台所まで付いてきて、二人の距離が適正の範囲内を逸脱しないよう厳しく目を光らせていた。そんな絢次に知悠は辟易し、昢覧は微笑ましく感じていた。
知悠は身の回りのことは全部自分できちんとこなす。やらざるを得なかったため家事全般が身に付いている。一方、ママに甘やかされて育った絢次は簡単なお手伝いくらいしかできない。臥せっていた良美の面倒を見ていたのだからある程度はできる筈だが、できていなかったのかも知れない。行儀だけはきちんと躾けられていて、実は食事の仕方がきれいだったり、脱いだ靴を揃えたりすることはできた。
昢覧は彼らの家事能力が高かろうと低かろうとどっちでもよかった。できないなら自分がやってやればいい。ペットの世話を焼くのは当たり前のことだ。できる子はお利口さんでかわいい。できない子はポンコツでかわいい。
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