夜行性の暴君

恩陀ドラック

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ダンピールの章

留守番

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 渓谷に灰が舞う数日前、遠く離れた都会では狼の遠吠えが響き渡っていた。人も動物もふと動きを止めて、哀愁を帯びた調べに耳を澄ます。


「絢次」


 冷たい声で呼ばれてびくりとした。音もなく入室した壱重が絢次を見詰める。壱重は言付に背いて大声を出した絢次に煩いとも黙れとも言わず、眉根を寄せることもせず、ただ静かに佇んでじいっと視線を寄越してくる。耐え切れなくなってきた絢次はその場でうろうろした。初日に殺気を向けられたのが強烈で、絢次は少し壱重が苦手だ。細くて若い美人だし、今みたいに無表情で何を考えているのか分からない時が多くて好きになれない。


「昢覧が居なくてそんなに淋しい?」


 壱重が絢次の心情に関心を寄せるのは珍しい。訝しがりつつ絢次は首肯した。


「おまえが怪我をしたら付きっ切りになるだろう」


 ほんの冗談だ。本気で昢覧の持ち物に手を出すつもりはない。しかしまあ骨の一本へし折った程度なら喧嘩にもなるまいと思っている。


「もう淋しくない!  静かにできる!」


 絢次は文字通り尻尾を丸めて自室に逃げ込んだ。吸血鬼同士がやるように軽い気持ちで身体に損傷を負わされたら堪ったものではない。いくら昢覧が付きっ切りで看病してくれるとしても御免だ。数分後、恐る恐る部屋を出てみると壱重は既にいなくなっていた。自宅に居て昢覧の匂いに囲まれていると却って淋しくなってしまう。たまには一人で散歩をして、いい女を抱いて憂さを晴らすことにした。

 絢次は三十代後半になるが肉体はまだ衰えを知らない。顔つきも精悍で大人の男の色気を漂わせている。身に着けている物も高品質で小洒落た品物ばかり。だが如何せん中身が伴わない。この見た目で子供染みた口調と薄い内容の会話は不気味ですらある。やっと見つけた好みのおばちゃんに逃げられて、絢次はいかに普段の自分が昢覧に甘やかされているか思い知らされたのだった。


「ねえ、遊ぼう。一緒に来て。ねえ、お願い」


 次に声を掛けた女は嫌な顔をしなかった。名前は山口春香。彼女はたまたま絢次が振られるところを見ていた。今でこそ絢次好みの冴えない小太りだが、若い頃は男をとっかえひっかえしていた。年を取り昔ほど異性の関心を惹けなくなった頃に勤め先が倒産。やっと見つけたパートの職で、身を粉にして働いている。ジムにもエステにも通えなくなった。美容院も安い店に変えた。ストレスと運動不足で体重が激増し、ますます男に相手にされなくなった。あっという間に低収入の太った孤独な中年女の出来上がりだ。そこにきて絢次との出会い。見た目が良く金を持っている。思考が単純で御し易そうだ。これを逃したら次はない。春香は初対面だというのに結婚を匂わせてぐいぐい迫った。家に連れていけ、一緒に暮らそうとしつこく言い募る。


「家に連れてくのは怒られるからだめ」

「あなた結婚してるの?」

「してない。それより早くやらせて!」


 ホテルの一室で、まさに飢えた狼が涎を垂らしている。春香は言質を取るまで体を許す気はなかった。ところがいくら質問を重ねても、絢次は名前以外の個人情報を頑として漏らさない。吸血鬼たちから絶対に情報を漏らすなときつく言い含められており、もし約束を破ったら切り刻まれて犬の餌にされると決まっているのだから、どんなにせっつかれても口を割るわけにはいかない。所持品も現金のみという徹底ぶりだ。昢覧は苦しまないように殺してやると言っていたが、どんな方法でも死ぬのは嫌だ。絢次はとうとう我慢できなくなって、痛くしないように気を付けながら春香を力尽くで押さえ込んだ。


「いや!  遊びなら触らないで!」

「はあ、柔らかい」


 豊満な胸に顔を埋めて息を吐いた。昢覧を愛してる。昢覧を思うと心が熱く燃え盛る。だが女もいい。昢覧とは別種の安心感がある。


「ママ……」


 思わず漏らした呟きに、春香が抵抗の動きを止めた。


「また会ってくれるならもっと触らせてあげる」

「ほんと?  会うよ!  おっぱい吸わせて!」


 絢次は目の前のことしか考えられなくなっていた。待てを解除された犬のように春香にとびかかる。力を抜いた春香の両手を自由にしてやり、代わりに抱きしめてより強くその肉体に自分を押し当てた。カットソーを捲り上げブラをずらして先端を出し、乳輪ごと口に含んで味わう。下に伸ばした手を下着の中に滑り込ませ、二本の指を出し入れする。濡れ始めると着衣のまますぐに本番が始まった。


「ああっ、大きい……!」


 久し振りに感じる圧迫感は少し痛みを伴った。根元まで挿し込まれたものがゆっくり引き抜かれ、また奥まで押し込まれる。一突き毎に痛みは消え、快感に喘いだ。お互いに一度達して、裸になってまたまぐわう。絢次は一心不乱に乳首を吸い腰を動かした。その尽きない体力と精力に、春香は何回いかされたかわからない。

 三回目の射精を終えて、絢次はやっと真面にものが考えられるようになってきた。さっき春香に言われたことを思い起こす。また会いたいと言われ、やりたい一心で了承してしまった。こっちは一夜の遊びのつもりなのに付き纏われたら困る。殺しは禁じられているから始末はできない。昢覧が居れば簡単に追っ払ってもらえたのに。壱重に頼るのは論外だ。なんとか自分の力で解決したい。保護者の手助けがないと女一人あしらえない木偶の坊だと思われたくない。

 絢次が自分の置かれたよくない状況に頭を悩ませている間にも、春香は数回達していた。いき疲れてるのに絢次は休ませてくれない。仕事の疲れもあり頭がおかしくなりそうだった。ぐったりと動けなくなった春香のちょうど目線の先で男根が揺れていた。使い込まれて黒ずんで、体格に見合った立派なペニス。抜かれたばかりで湿っている。初めは春香の指導で着けられていた避妊具も、いつのまにか使われなくなっていた。でも今はそんなことより、やっと解放されたという安堵が大きい。まばたきのつもりが数時間経過していて絢次は消えていた。

 寝ている隙に逃げる。それが絢次の作戦だ。物事は単純なほど上手く運ぶこともある。思い通りにやってのけて意気揚々と家に帰った。誰も居ない部屋は扉を閉めれば物音一つ聞こえない。人型のまま頭から布団にくるまって叫ぶ。その遠吠えは誰の耳にも届かなかった。







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