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魔術の章
明日紀に愛されるということ1
しおりを挟む「絢次ー! 知悠ー!」
主の声がかかると絢次は玄関から、知悠は風呂場からダッシュで居間に駆け付けた。狼たちをわざと別の部屋に置いて呼ぶ。ただそれだけの遊びだ。実は遠くに居る狼を大声で呼ばわるという状況はなかなかない。実験場のような人も通わぬ山奥ならともかく、外では基本的に人型だ。昢覧も人間に存在を認識されないよう外では大声を出さない。
名前を呼んで手元に来させたくなるのは飼い主の性だろう。たまに無性にやりたくなる。人狼たちもこの下らない遊びを気に入っていた。呼ばれて駆け付けるだけならお安い御用だ。それでくんずほぐれつしながらお褒めの言葉を貰えるのだから毎日やってもいいくらいだ。
「あはは! 走るの早いな、絢次。かっこいい!」
飛び掛かってくる絢次を易々と受け止めて、一緒に床を転げまわった。丸太にしがみつくように正面から狼に抱きついて、ふさふさの喉元に顔を埋めるのが昢覧は好きだ。
「昢覧好き! ちゅーしたい! ちゅーして!」
「はいはい、わかったから落ち着いて。ちゅー。ちゅちゅ、ん、ちゅちゅちゅー……んは、かわいいからもう一回しちゃおう。ちゅー。はい、次は知悠。だっこさせてね。わー重たい。ふかふか~。うふふ。知悠も急いで来てくれてえらいねー。いい子いい子。んちゅーちゅっちゅっ」
「えへへ……俺も昢覧兄ちゃん好き……」
「あれ、壱重ちゃん来てたんだ。ごめんね気がつかなかった。声掛けてくれたらいいのに」
「ちょっと声を掛けづらくて」
いつからそこに居たのか、開けっ放しの居間の扉のところから壱重が一人と二頭の戯れを見ていた。人型の絢次としていることは絶対知られたくないが、狼型なら単にペットを可愛がっているだけだから、見られても少し照れくさいだけだ。
昢覧は人狼を人型と狼型でまったくの別物として扱っているが、そう考えているのは昢覧だけだ。人型の絢次は身長百九十六センチで体重百キロ越え。ワイルドな面構え。知悠は絢次には及ばないもののガタイがよく素になると人相が悪い。本人がどんなつもりだろうと、昢覧はこういういかつい野郎共といちゃついているのだ。
壱重は昢覧の趣味に口を出すつもりはない。ただ、人外を二人も侍らせていることや、男は対象外と公言しながらのこの遊興はどうしても理解できなかった。あと普通に馬鹿っぽくて呆れる。
「壱重ちゃんもだっこする?」
「してくれるの?」
「ふぇっ? もう壱重ちゃん……え、え?」
狼のだっこを勧めたつもりが予想外の返答に戸惑う。からかわれたと思ったら本当に腕の中に納まってきた。よくわからないけれど妹にするように優しくハグをしてみる。さすがに頭ぽんぽんまではしない。
「私は出て行く。当分帰らないことにしたから」
「そ、そうなの? なんかあった? 俺でよければ聞くよ」
一拍置いて返ってきた答えは小さな溜息だった。
「出掛けてくる」
昢覧は「ごめんな」と言い残して、壱重と連れ立って出て行ってしまった。狼たちは大人しく見送るしかない。
「おい、自分がなんで昢覧に気に入られてるのか忘れるなよ」
絢次が知悠にドスを利かせた。絢次は昢覧の前では意識して、素の自分よりもっと子供っぽく振舞っている。知悠と二人になるとこの通りだ。
昢覧は愛してやまない狼を抱きしめて嬉しそうに目を合わせ、なでなでしながら惜しみなく顔中にキスを浴びせ、また抱きしめてすりすり……つまりはさっきのようなイチャコラを毎日のようにしてくる。知悠が口を舐めると自分から進んで口を開いて舌を差し出してくれて、そのときの昢覧の鼻息がちょっとエロいなと思ったり、首筋で深呼吸されるとぞくぞくしてしまったり。新しい扉が開きそうで薄っすらとした恐怖を感じていた知悠はぎくりとした。
「誤解するな。俺はそういう気持ちで見てない」
絢次と知悠の一番の違いは性的嗜好だ。若い美女が好きで男には興味なし。そこが気に入られている自覚はあった。もし昢覧を性的対象にしたとしても、あの昢覧がそれを理由に自分をないがしろにするとは思えない。絢次に許していることは自分にも許されるはず。でもそこに甘えるのはなんだか違う気がする。絶えず湧き上がってくる昢覧への想いは、欲しがるだけの気持ちじゃない。絢次とは違う方法で愛したかった。
それでも絢次は信用できず威圧してきた。今回は壱重に昢覧を横取りされた腹いせもある。黙って睨み合うこと十秒間。絢次は気が済んだのか、ふんと顔を逸らしてそのまま寝室に引っ込んでいった。知悠も自室で昢覧の帰りを待つことにした。
「さっきの昢覧兄ちゃん格好良かったなあ。壱重さんも可愛かった……」
ああいうときに、さらりと気の利いた行動が取れる。優しい。しかも美形。ずるい。王子様みたいだ。昢覧に身を預ける壱重はいつにも増して儚げだった。まるで夢の中のお姫様のよう。
知悠は人型に戻り股間に手を伸ばした。盛り上がっているところで突然放置されて、不完全燃焼だったものがお腹の下の方でぐるぐるして、読んで字の如く自分を慰めたい気分だった。
瞼の裏に映し出さるのは姫と王子のキスシーン。王子の手で乱れる姫は、昂る彼を受け入れて無自覚に翻弄する。その瞳に欲望の炎を宿しながら、決して優しさを失わない王子。姫を蕩けさせ、共に燃え上がる。一つになった二人は激しくも献身的な愛を体現した。
昢覧になって壱重を愛し、次の瞬間には壱重になって昢覧に愛される。目まぐるしく立場を入れ替えて知悠は絶頂に達した。
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