小さなアクアリウムの謎

早見羽流

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せんぱい! 事件が起きました!

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「へ?」

「堕ろしなさい今すぐ! いや、何言ってるのか私も分からないけれど、とにかくそれは認められないわ! お金なら出してあげるからはやく!」

「いやいや、赤ちゃんができたことは別に問題じゃなくてですね!」

「問題でしょう!」

「せんぱい! 落ち着いてください!」

「いやいや、落ち着くのはあんたのほうでしょうが!」


「この前せんぱいにもらったメダカちゃんの赤ちゃんの話です!」

 発狂寸前になってしまった私に、慌てた陽向がそうつけ加えたので、私の頭は急速に冷却された。そうだ、そういえばそんなことあったな。……冷静に考えて女同士で赤ちゃんできるわけないだろまったく……私のバカ。

「……それを先に言いなさい」

「ごめんなさい、ちょっとからかっただけですけど、まさかせんぱいがこんなにパニックになるなんて……」

 陽向の申し訳なさそうな顔が見れるのは百年に一度かもしれない。とにかくレアだ。

「……メダカに子供ができたのね。おめでとう。ちゃんと赤ちゃんは水槽分けてる?」

 メダカのような飼育が楽な小魚は、一人暮らしで寂しいけど犬や猫などのペットは飼えない独身女子の嗜みのようなものだ……と勝手に思っている。陽向にも「私にベタベタしてくるのはきっと寂しさの表れに違いない」と思って、4月の早い段階でウチで飼っていたメダカのつがいを分けてあげたのだ。
 おまけに、水槽の掃除用の『シマカノコガイ』というタニシのような貝をつけて……

 結局、「この子たちをせんぱいだと思って大切にしますね!」みたいな謎コメントをしてきただけで、陽向のベタベタが治ることはなかった。

「はい……せんぱいの言いつけ通りやってるんですけど……」

 仕事もよくできる陽向のことだから、きっと私の言ったとおり、水草も濾過装置もしっかり取り付けて、子供が産まれたらすぐに別の水槽に移しているのだろう。

「何か問題でも……?」

「わたしとせんぱいがラブラブすぎてちょっと増えすぎちゃって……大きな水槽と中くらいの水槽と、小さな水槽の三つに分けているんですけど……」

「……ん?」

 なんか聞き捨てならないことを聞いたような気がするけど、いちいちつっこんでいたら休み時間が終わってしまうので、軽く首を傾げるだけにしておく。


「なかなか増えないんですよぉ!」

「はぁ? 増えすぎたんじゃないの?」

「えーっと、赤ちゃんをどんどん入れてもなかなか数が増えない水槽があって……」

「不思議ね」

「不思議ねじゃないですよ! 赤ちゃん死んじゃってるんですよ!? わたしとせんぱいの愛の結晶が!!」

 ほんとにそんなもんがあるんだとしたらどんどん死んでくれて問題ない。
 が、メダカの赤ちゃんはれっきとした生き物であり、その命が無為に失われているというのは私も少し気になった。もしかしたら陽向が変なことしてるのかもしれない。だとしたら止めさせないと。

「あっ、今『もしかしたら陽向が変なことしてるのかもしれない。止めさせないと』って思いましたね!? わたしちゃんとやってますからね! せんぱいの子供に酷いことするわけないじゃないですか!」

「思考読むのやめてくれる?」

 ムスッと膨れてしまった陽向。私はそんな彼女に質問を投げかけてみた。


「……その水槽、ちゃんと濾過装置つけてるのよね?」

「全部の水槽につけてますけど」

 だとすれば一つ気がかりなことがある。

「稚魚吸い込み防止用のフィルターはつけてる?」

「……なんですかそれ?」

 はぁ、やっぱりか。言ったことはしっかりできるが、それ以上のことは望めないのが陽向の欠点だ。予め指示しておけばよかった。

「初心者がやりがちなミス……というかありがちな事故というか。濾過装置の吸い込み口に稚魚が吸い込まれちゃうことがあるのよ。だからフィルターをつけないといけなかったの」

「そうだったんですね! じゃあ早速帰りにホームセンターに寄って買ってみます!」

「……これでよくなるといいわね」


 私が答えると、陽向は満面の笑みで立ち上がり、「ありがとうございます~! るんたったるんたった~」と上機嫌にスキップをしながら去っていった。――私の前に手作りのお弁当を残して。うるさいのが去ったのはいいけれど……はぁ……これどうしよ。


 ♪。.:*・゜♪。.:*・゜♪。.:*・゜


 翌日、朝出勤すると、早速隣の席の陽向が話しかけてきた。

「せんぱいせんぱい! 買いましたよフィルター! ほら、これですよね!?」

 ハイテンションで私にスマートフォンの画面を見せつけてくる。そこには確かにホームセンターで買ってきたと思われる稚魚吸い込み防止用のフィルターがパッケージに入った状態で写っていたのだが……なんで陽向自身がピースサインしながら写りこんでるんだろう。……こういうところ「自分はかわいい」って自覚しているようでムカつく。

「あー、それよそれ。いちいち見せつけなくてもいいのよ。みんな注目してるから」

 朝っぱらから密着する陽向と私は視線を向けられがちだ。身体を無理やり押しのけるとまた陽向は頬を膨らませてしまった。

「だってぇ……こっそり送ろうにもせんぱいわたしにRINNE《りんね》教えてくれないじゃないですかぁ!」

 RINNEとは最近若者の間で流行っているメッセージアプリで、私も当然やっているのだけど、そんなものの連絡先をこいつに教えてしまっては24時間365日ずっとクソどうでもいいメッセージが送られてきて、時間を無駄にすることになるのは火を見るより明らかである。死んでも教えるかボケ。

 まあこれでメダカのお世話に集中して私へのマークが薄くなってくれればそれに越したことはないのだけど……



 ――そんな私の願いは呆気なく打ち砕かれた
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