SSランク万能ギルドのドジっ娘メイドが、実は最強の【掃除屋】だった件

早見羽流

文字の大きさ
34 / 40

第34話 もうそろそろいいんじゃないでしょうか

しおりを挟む
「う、うん……」

 私は動揺を隠しつつ、リサちゃんに手渡されたポーションを手に取る。できるだけリサちゃんの方を向かないようにしてそれを塗り込んだ。なるべく肌を触れさせないようにして薬液を浸透させていく。
 やがてリサちゃんの息遣いが落ち着いてくると、今度はその背中をまじまじと見つめてしまった。彼女の白い素肌が露わになっているのだと思うとドキドキしてしまう。いかんいかん! 煩悩退散! 邪念を振り払おうと、私は彼女の身体を観察することにした。……やっぱり細い。でも華奢っていうほどではない。健康的な細さ、という表現が適切だろうか。

「あの、もうそろそろいいんじゃないでしょうか」

 遠慮がちに言われてハッとする。どうやら見すぎていたようだ。慌てて視線を上げる。
 そこには少し赤みを帯びたリサちゃんの横顔があった。頬が紅潮しているように見える。なんだかもじもじとしていて、なんというか……とても色っぽい雰囲気だ。
 私はポーションを持っていない方の手で彼女を撫でた。さらさらとした感触が心地よい。リサちゃんはくすぐったそうにしながらも、抵抗はしなかった。しばらく撫でてから、再び傷口に手を添える。そこで私は異変に気付いた。
 ──傷口が小さくなっているのだ。

 まるで時間を巻き戻したかのように傷口が閉じていく。市販のポーションではこんなに短時間で傷が癒えることはない。……ヘレナ恐るべしである。
 やがて完全に治ったところで、私たちはルノアールの街に帰ることにした。魔猫討伐の依頼は達成したけれど、まずは宿に戻ってゆっくり休みたい。

 そう思って歩き出した時だった。背後から物音が聞こえた気がする。振り返るとリサちゃんが地面に倒れ伏していた。

「え?……リ、リサちゃん?」

 慌てて駆け寄ると、彼女は弱々しく微笑む。その額には汗が浮かんでいた。明らかに体調が悪いようだ。
 私は彼女を抱き上げると、温存していた魔力を解放して身体能力を強化し、急いで街に戻った。


 ☆


 宿屋に戻り部屋に戻るとすぐにリサちゃんをベッドへ寝かせた。その顔は真っ青になっていて辛そうだ。

「リサちゃん大丈夫……?」
「……うぅ」

 ダメだ。返事もできないほど辛いらしい。
 とりあえず何か冷たいものでもと思って食堂へ向かう。すると厨房からエプロンをつけた中年女性がひょっこりと姿を現した。

「あれ、どうしたんだい?」
「いえ、ちょっと水をもらいたくて」
「そうかい。水差しごと持っていっていいよ」

 女性はそう言って、私の前に木製のカップを差し出す。中には氷水が入っていた。ありがたくそれを受け取る。
 部屋に戻ると、ベッドで横になっていたリサちゃんは先程よりさらに苦しそうな表情をしていた。その唇は乾き、浅い呼吸を繰り返している。これはマズい。かなり危険な状態なのではないかと思った。こういう時どうすればいいのか分からない。
 ヘレナの薬がマズかったのだろうか? それとも魔猫の攻撃で何かしらの呪いでも貰ったのだろうか?

 聖職者でも呪術師でも薬草師でもない私はただ狼惑うことしかできなかった。

「ごめん、ごめんリサちゃん……私は役たたずで……」

 情けなさから涙が出そうになる。だが泣いても仕方がない。今はとにかくできる限りのことをしなければ! 私は手の中の水を口に含むと、そのまま彼女の上に覆いかぶさり唇を重ねた。そして少しずつその口内に含ませたものを彼女の喉へと流し込んでいく。何度も繰り返した後、やがてリサちゃんの目がうっすらと開いた。

「あ……れ……リサは……いったい何を……」

 意識を取り戻したようだ。私は安堵のため息をつく。

「良かった……」
「あ……ア、アニータさん……!?」

 私が顔を近づけたことに驚いたのだろう。リサちゃんはビクッと肩を震わせた。それから自分の状況を把握して恥ずかしくなったのだろう。布団を引き上げ、私の目から隠れるようにした。

「あの……すみません。心配をかけてしまったみたいで……」

 リサちゃんが申し訳無さそうに言う。

「ううん、私が無理させたからだよ。こっちこそゴメンね。もっと早く気づいてあげればよかったんだけど……」
「そ、そんなことないです! リサのせいなんです。……リサのせいでこんなことに……」

 そう言うとリサちゃんは自分の胸元を押さえる。その手が微かに震えているように見えた。
 ──リサちゃんのせい? どうして彼女がこんな目にあわなければいけないのだろうか? 疑問を感じつつも私はリサちゃんの頭を優しく撫でた。
 しばらくすると彼女の震えも治まってきた。そこで私は彼女に尋ねる。

「……もう、大丈夫なの?」
「いいえ、実は……少し寒いんです。身体の内側は熱いのに、なんだか冷え切っているような感じで……。なんだか怖い……すごく嫌な予感がします」

 リサちゃんは弱々しい声で言った。その瞳は潤んでいる。私はその様子に思わずドキッとした。なんだかいけない気分になりかけたがなんとか振り払う。

「じゃあ暖かくしなくちゃ」

 そう言うと、私は毛布にくるまったまま彼女を抱きしめた。体温を感じることで、少しは落ち着けるかと思ったのだ。しかし、リサちゃんは想定とは違った反応を示した。

「ひゃぁん!」
「へ?」

 彼女は甘い声を上げると体を硬直させる。見ると、彼女は頬を赤らめていた。……もしかして逆効果だったかもしれない。私は慌てて腕を解いた。

「……あっ」

 離れようとすると彼女は残念そうな顔を見せる。……うぅむ、乙女心というのはよく分からない。そして、私の乙女心を弄ぶのもやめていただきたい。
 なんという罪作りだろう。

「だ、大丈夫……かな?」

 ドキドキしながらもそう尋ねてみると、彼女はこくりと小さく首肯した。それからしばらく沈黙が続いた後、リサちゃんが口を開く。

「……あ、アニータさん」

 私は黙って続きを促した。

「その……アニータさんの体……とても温かいですね」
「えっと……そう、なのかな」
「はい。……ずっとこのままこうしていたいくらいです。──アニータさん、大好きです……」

 彼女はそう呟くと、私に身を寄せてきた。私もその言葉に胸の奥が熱くなるのを感じた。こんな私を何故リサちゃんはこうも想ってくれているのかいまだによく分からないところはあるけれど、それでもこうして好意を向けてくれることは嬉しいと思う。
 私も好きだよ、と言いたかった。でもなぜか口にすることができない。まるで、それを言ってしまえば何か取り返しのつかないことが待っているかのような感覚に襲われたからだ。

「……アニータさん」
「……何?」
「アニータさんは優しい人ですよね。……初めて会った時から思っていましたが、やっぱり今でも変わらない。だから……アニータさんなら……信じてくれますよね」

 突然、彼女が真剣な口調で語りかけてくる。その表情から私は、ただならぬものを感じ取った。そして、彼女が何を言おうとしているのかも薄々理解する。
 その瞬間、私の頭の中でけたたましい警鐘が鳴り響いた。この場を離れろと、全身が訴えかけている。だけど、それはできなかった。私には彼女の言葉を聞かない選択肢なんて最初から無かったのだろう。だって私は、今この瞬間だけは間違いなく彼女に惹かれているのだから……。私は覚悟を決めて彼女の言葉を待つ。
 リサちゃんは大きく深呼吸すると、意を決したように口を開いた。

「……あの、お願いがあるんです。聞いてくれませんか……?」


 ☆


 翌日、私たちは王都に向けて旅立った。本当はルノアールの街をゆっくり観光していきたかったのだけれど、リサちゃんの体調が気になる。早くヘレナにでも診せたほうがいいかもしれない。幸い、ヘレナから渡された薬はいくつか残っているから問題はないだろう。
 ちなみに、昨晩の出来事についてはお互い触れなかった。リサちゃんが私に託した『お願い』は、簡単なことのようですごく難しいことのように思える。正直、それが本当に可能なのかどうかさえ、今の私では判断できないでいる。
 リサちゃんは、これから起こることについて不安に思っているようだったが、私の答えを聞くとホッとした様子を見せた。

 私としては、彼女の『お願い』を叶えなければならないような状況に陥らないことを祈るばかりだった。


 道中、リサちゃんの体調は安定していて、時折笑顔を見せてくれたりもした。そのことに安堵しつつも、私は内心でため息をつく。
 リサちゃんが私の手を握ってきたのはそんな時だった。彼女の柔らかい手の感触に私の心臓が跳ねる。そして、彼女は小さな声で呟いた。

「ありがとうございます、アニータさん」
「……どうしたの急に」

 リサちゃんの言葉の意図が掴めず聞き返すと、彼女は微笑みながら言った。

「……なんでもないです。言いたくなっただけなんです」

 私はそれ以上何も聞けなくなってしまった。……リサちゃんの『お願い』を聞いた今では、その気持ちが分かる気がしたから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

スキル【キャンセル】で学園無双!~獲得したスキルがあまりにも万能すぎて学園生活も余裕だしランキング攻略も余裕なので【世界の覇王】になります~

椿紅颯
ファンタジー
その転生、キャンセルさせていただきます――! 一般人キャンセル業界の俺は異世界転生をキャンセルした結果、スキル【キャンセル】を貰い、逸般人の仲間入りを果たしてしまう。 高校1年生で一般人の翔渡(しょうと)は、入学して2週間しか経っていないのにもかからず人助けをして命を落としてしまう。 しかしそんな活躍を見ていた女神様により、異世界にて新しい人生を送る権利を授かることができた。 だが、あれやこれやと話を進めていくうちに流れでスキルが付与されてしまい、翔渡(しょうと)が出した要望が遅れてしまったがために剥奪はすることはできず。 しかし要望が優先されるため、女神は急遽、転生する先を異世界からスキルが存在する翔渡が元々住んでいた世界とほぼ全てが同じ世界へ変更することに。 願いが叶い、スキルという未知のものを獲得して嬉しいことばかりではなく、対価として血縁関係が誰一人おらず、世界に翔渡という存在の記憶がないと言われてしまう。 ただの一般人が、逸般人が通う学園島で生活することになり、孤独な学園生活が始まる――と思いきや、赤髪の美少女と出会ったり、黒髪の少女とぶつかったり!? 逸般的な学園生活を送りながら、年相応の悩みを抱えたり……? 意外なスキルの使い方であれやこれやしていく!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

処理中です...