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第一章:白銀の目覚め
第13話 保有者と被検体
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リオンに連れてこられた場所は、廊下の突き当たりにほど近い物陰だった。
当然ながら人影も少なく、彼女がなにか他人に聞かれたくないような話をしたがっているということは明白だった。
「ここら辺でいいかな……」
「──で、話って何だ?」
「うん、そのことだけど──」
声を潜めながら身体を寄せてくるリオン。シャンプーの匂いだろうか、フローラルないい香りがフワッと香ってきて、俺は反射的に後ずさった。
「何する気だよ!?」
「何って……お話?」
「そんなにくっつく必要あんのかよ離れろよ……」
「だって、誰にも聞かれたくないから」
同じトルペに所属することになったとはいえ、先日出会ったばかりのリオンが俺になんの秘密を話してくれるというのだ。明らかに胡散臭い。
しょうがないなぁとばかりに肩を竦めたリオンは、両手を口元に当ててメガホンのような形を作り俺の右側に回り込むと、少し背伸びをしながらやはり小声で話しかけてくる。
「──ハルトって……『保有者』なの?」
「はぁ? なんだよそれ……」
聞き間違いではなければ確かに保有者とかなんとか言っていたはずだが、俺にはなんのことか分からない。
「だから、ハルトは『保有者』なの? はいかイエスで答えて、そしたらいろいろと手間が省けるから」
「おい、それってどっち答えても同じだよな? まずはその保有者? とかいうのにつ──」
「しーっ! 声が大きい!」
「お前の方が大きいわ!」
耳元で怒鳴られた俺は堪らず右耳を押さえて抗議した。即席メガホンの状態で大声出されたのだから耳が痛い。鼓膜が破れるかと思った。
さすがにやりすぎたと思ったのか、リオンは小さく「ごめんなさい」と謝ったので、ひとまずは許すことにして先を促す。
「『保有者』について説明するのはなかなか難しいのだけど……端的に言うと特殊な能力を持った人間のこと……かな」
「魔法士としての能力のことか? だったらこの学園のやつはみんなそうだろ?」
「──魔法士とはちょっと違うの。……うーん、知らないってことはやっぱりハルトは違うかぁ……しょうがないなー、こんなことはしたくなかったんだけど……」
次の瞬間、リオンが動いた。俺の懐に飛び込んできた彼女は、素早く俺の腰のホルスターからデバイスを引き抜いて、身構えるよりも前に俺の胸にデバイスを突きつけてきた。
それ見たことかやっぱり信用ならない!
「──ハルトには消えてもらうことにしたわ」
「なんのつもりだ? 学院内でそんなことしてみろ? 消されるのはお前の方だぞ?」
油断も隙もあったものではない。こいつの考えていることはとても俺の思考では察することができなかった。だから、せめて無抵抗をアピールしようと両手を上げてみる。だが、彼女から溢れる殺気は収まる気配がなかった。
「こんなのはどう? ──変態のハルトくんは私を物陰に連れ込んで迫ったものの、突如としてハルトくんのデバイスが暴走、持ち主のハルトくんは帰らぬ人になりました。……とか? きゃー、えっちー!」
リオンはデバイスを構えていない左腕で自分の身体を抱きながらくねくねとしてみせる。態度もそうだが、表情を一切変えずにセリフが棒読みなのもなかなかにムカつく。
「そんなの説明しても信じてくれるのか?」
「まあ、死人に口なしだからなんとでも言えるよね。私が正当防衛で抵抗したことにしてもいいし」
「呆れた。なんの目的があるのか知らないが、そう簡単にやられるわけにはいかないんだよこっちも」
「へぇ、私に勝てるとでも?」
リオンは容赦なく引き金を引いた。黄色い光線が空を貫いたが、俺は間一髪それを身を逸らしてかわした。
背後でパリーンと蛍光灯が割れるような音が響き、照明が少し暗くなると同時に辺りが騒然とする。
「何事だ!? 何があった!?」
「あー、ごめんなさい。この人のデバイスがちょっと暴走しちゃって……」
「えっ、暴走?」
咄嗟に駆けつけたであろう男子生徒に適当なことを説明したリオンは、俺の手を引いて走り始めた。
「おいっ!」
「いいから早く来て」
散々言いたいことはあったが、リオンの必死な様子と、彼女の力が予想外に強かったこともあり、俺は大人しく彼女に連れられて走ることになってしまった。
◇ ◆ ◇
「で、なんで結局俺の部屋に来るんだ……」
「だって、落ち着いて話せる場所がないんだもん。……ハルトが女子寮に入るっていうなら私の部屋が──」
「──いや、やめとく」
逃げるように俺の部屋へやってきたリオンは、慣れた様子で優佑のベッドに腰を下ろしてくつろいでいる。後で優佑にバレたら怒られそうだ。──いや、あいつのことだからむしろ喜ぶのか? まあそれはどうでもいい。
俺はリオンに説明を求めた。リオンは「順番に話すね」と前置きをしてから、目の前でパチパチと小さく手を叩く。
「なんだよ?」
「まずはおめでとうハルト。あなたは間違いなく『保有者』よ」
「だから何だよ保有者って……」
リオンは、うーんと頭を悩ませている。どう説明するべきか、整理しているようだ。
(保有者っていうからには、なにかを『保有』しているんだろうが、一体何なのだろう……?)
とりあえず目の前のリオンからは既に殺気は嘘のように消え去っており、すぐに危害を加えてくる気は無いように見える。それだけでも一安心だと思っていると、彼女が口を開いた。
「それにはまずこれを確認しなきゃいけないね。──ハルト、あなたは『壁内』の人間ね?」
「──どうして分かった?」
話していなかったはずだが……。
一気に警戒心が高まるが、それを察したようにリオンは落ち着いてというようなジェスチャーをした。
「壁内の人間は『選ばれた人間』。皆、兵器になるべくその実験の『被検体』として生まれてきた……と言ったら信じる?」
「……にわかには信じられないな」
リオンの話しているのとは突拍子もないことだ。だが、だからといってそれはありえない事だと切り捨ててしまうにはあまりにもリアリティーがあった。その『実験』とやらに蝕が関係しているとしたら……? 例えばその……実験の副産物として……とか。
有り得る話だ。だからこそ、行方不明になっている家族のことを知るためにも俺にはリオンよ話を聞く使命があると思った。
「でも信じる気はあるみたいね」
「──いいから話してみろ」
リオンは頷くと足を組む。ほとんど無意識の動作だったのかもしれないが、彼女の丈の短いスカートの中が見えそうになったので、俺は慌てて視線を逸らす。それを見て彼女は面白そうに微笑む。全く、本当に気に食わないやつだ。
「今から話すことは誰にも言わないで欲しいんだけど──」
「もちろんだ」
「実験が成功して、特殊能力を手に入れることができた人間が『保有者』。ハルトの場合は、他人のマナの流れを察知することができる──とか、そんな感じかな? マリアとの戦いの時も、さっきも、普通は回避できないようなマナをかわしてたから。──見当はついていたけど確証はなかったの。試すような真似してごめんなさい」
「知らなかった……」
本当に、自分にそんな特殊能力があるなんて全く気づいてなかったのだ。だとすれば疑問も芋づる式に増えていく。
何故俺にそんな能力が与えられたのか?
リオンはなぜそんなほとんど誰も知らないような事実を知っているのか?
そもそもリオンは何者なのか?
──そして
実験に失敗した人間はどうなってしまったのか?
「私は『保有者』の保護を命じられている。だから私はハルトを守る。──ここまではOK?」
「一体誰に命じられているんだよ……?」
「それは教えられない」
「あーはいはい、肝心なところは秘密ってわけですね。こんな調子じゃあ俺の家族がどうなったかなんて一生分からないかもな……?」
言ってしまってからしまったと思った。リオンに俺が魔法士になった目的をうっかり知られてしまったかもしれない。
「家族……家族って……壁内で一緒に暮らしていた家族?」
「ん? あぁ。独り言だから無理して答えなくてもいいぞ。忘れてくれたら助かる」
「──そんなの」
「……?」
「そんなの決まってるじゃない。壁内のほとんどの人間の末路は──」
俺は息を飲んでリオンの答えを待った。
──────────────
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当然ながら人影も少なく、彼女がなにか他人に聞かれたくないような話をしたがっているということは明白だった。
「ここら辺でいいかな……」
「──で、話って何だ?」
「うん、そのことだけど──」
声を潜めながら身体を寄せてくるリオン。シャンプーの匂いだろうか、フローラルないい香りがフワッと香ってきて、俺は反射的に後ずさった。
「何する気だよ!?」
「何って……お話?」
「そんなにくっつく必要あんのかよ離れろよ……」
「だって、誰にも聞かれたくないから」
同じトルペに所属することになったとはいえ、先日出会ったばかりのリオンが俺になんの秘密を話してくれるというのだ。明らかに胡散臭い。
しょうがないなぁとばかりに肩を竦めたリオンは、両手を口元に当ててメガホンのような形を作り俺の右側に回り込むと、少し背伸びをしながらやはり小声で話しかけてくる。
「──ハルトって……『保有者』なの?」
「はぁ? なんだよそれ……」
聞き間違いではなければ確かに保有者とかなんとか言っていたはずだが、俺にはなんのことか分からない。
「だから、ハルトは『保有者』なの? はいかイエスで答えて、そしたらいろいろと手間が省けるから」
「おい、それってどっち答えても同じだよな? まずはその保有者? とかいうのにつ──」
「しーっ! 声が大きい!」
「お前の方が大きいわ!」
耳元で怒鳴られた俺は堪らず右耳を押さえて抗議した。即席メガホンの状態で大声出されたのだから耳が痛い。鼓膜が破れるかと思った。
さすがにやりすぎたと思ったのか、リオンは小さく「ごめんなさい」と謝ったので、ひとまずは許すことにして先を促す。
「『保有者』について説明するのはなかなか難しいのだけど……端的に言うと特殊な能力を持った人間のこと……かな」
「魔法士としての能力のことか? だったらこの学園のやつはみんなそうだろ?」
「──魔法士とはちょっと違うの。……うーん、知らないってことはやっぱりハルトは違うかぁ……しょうがないなー、こんなことはしたくなかったんだけど……」
次の瞬間、リオンが動いた。俺の懐に飛び込んできた彼女は、素早く俺の腰のホルスターからデバイスを引き抜いて、身構えるよりも前に俺の胸にデバイスを突きつけてきた。
それ見たことかやっぱり信用ならない!
「──ハルトには消えてもらうことにしたわ」
「なんのつもりだ? 学院内でそんなことしてみろ? 消されるのはお前の方だぞ?」
油断も隙もあったものではない。こいつの考えていることはとても俺の思考では察することができなかった。だから、せめて無抵抗をアピールしようと両手を上げてみる。だが、彼女から溢れる殺気は収まる気配がなかった。
「こんなのはどう? ──変態のハルトくんは私を物陰に連れ込んで迫ったものの、突如としてハルトくんのデバイスが暴走、持ち主のハルトくんは帰らぬ人になりました。……とか? きゃー、えっちー!」
リオンはデバイスを構えていない左腕で自分の身体を抱きながらくねくねとしてみせる。態度もそうだが、表情を一切変えずにセリフが棒読みなのもなかなかにムカつく。
「そんなの説明しても信じてくれるのか?」
「まあ、死人に口なしだからなんとでも言えるよね。私が正当防衛で抵抗したことにしてもいいし」
「呆れた。なんの目的があるのか知らないが、そう簡単にやられるわけにはいかないんだよこっちも」
「へぇ、私に勝てるとでも?」
リオンは容赦なく引き金を引いた。黄色い光線が空を貫いたが、俺は間一髪それを身を逸らしてかわした。
背後でパリーンと蛍光灯が割れるような音が響き、照明が少し暗くなると同時に辺りが騒然とする。
「何事だ!? 何があった!?」
「あー、ごめんなさい。この人のデバイスがちょっと暴走しちゃって……」
「えっ、暴走?」
咄嗟に駆けつけたであろう男子生徒に適当なことを説明したリオンは、俺の手を引いて走り始めた。
「おいっ!」
「いいから早く来て」
散々言いたいことはあったが、リオンの必死な様子と、彼女の力が予想外に強かったこともあり、俺は大人しく彼女に連れられて走ることになってしまった。
◇ ◆ ◇
「で、なんで結局俺の部屋に来るんだ……」
「だって、落ち着いて話せる場所がないんだもん。……ハルトが女子寮に入るっていうなら私の部屋が──」
「──いや、やめとく」
逃げるように俺の部屋へやってきたリオンは、慣れた様子で優佑のベッドに腰を下ろしてくつろいでいる。後で優佑にバレたら怒られそうだ。──いや、あいつのことだからむしろ喜ぶのか? まあそれはどうでもいい。
俺はリオンに説明を求めた。リオンは「順番に話すね」と前置きをしてから、目の前でパチパチと小さく手を叩く。
「なんだよ?」
「まずはおめでとうハルト。あなたは間違いなく『保有者』よ」
「だから何だよ保有者って……」
リオンは、うーんと頭を悩ませている。どう説明するべきか、整理しているようだ。
(保有者っていうからには、なにかを『保有』しているんだろうが、一体何なのだろう……?)
とりあえず目の前のリオンからは既に殺気は嘘のように消え去っており、すぐに危害を加えてくる気は無いように見える。それだけでも一安心だと思っていると、彼女が口を開いた。
「それにはまずこれを確認しなきゃいけないね。──ハルト、あなたは『壁内』の人間ね?」
「──どうして分かった?」
話していなかったはずだが……。
一気に警戒心が高まるが、それを察したようにリオンは落ち着いてというようなジェスチャーをした。
「壁内の人間は『選ばれた人間』。皆、兵器になるべくその実験の『被検体』として生まれてきた……と言ったら信じる?」
「……にわかには信じられないな」
リオンの話しているのとは突拍子もないことだ。だが、だからといってそれはありえない事だと切り捨ててしまうにはあまりにもリアリティーがあった。その『実験』とやらに蝕が関係しているとしたら……? 例えばその……実験の副産物として……とか。
有り得る話だ。だからこそ、行方不明になっている家族のことを知るためにも俺にはリオンよ話を聞く使命があると思った。
「でも信じる気はあるみたいね」
「──いいから話してみろ」
リオンは頷くと足を組む。ほとんど無意識の動作だったのかもしれないが、彼女の丈の短いスカートの中が見えそうになったので、俺は慌てて視線を逸らす。それを見て彼女は面白そうに微笑む。全く、本当に気に食わないやつだ。
「今から話すことは誰にも言わないで欲しいんだけど──」
「もちろんだ」
「実験が成功して、特殊能力を手に入れることができた人間が『保有者』。ハルトの場合は、他人のマナの流れを察知することができる──とか、そんな感じかな? マリアとの戦いの時も、さっきも、普通は回避できないようなマナをかわしてたから。──見当はついていたけど確証はなかったの。試すような真似してごめんなさい」
「知らなかった……」
本当に、自分にそんな特殊能力があるなんて全く気づいてなかったのだ。だとすれば疑問も芋づる式に増えていく。
何故俺にそんな能力が与えられたのか?
リオンはなぜそんなほとんど誰も知らないような事実を知っているのか?
そもそもリオンは何者なのか?
──そして
実験に失敗した人間はどうなってしまったのか?
「私は『保有者』の保護を命じられている。だから私はハルトを守る。──ここまではOK?」
「一体誰に命じられているんだよ……?」
「それは教えられない」
「あーはいはい、肝心なところは秘密ってわけですね。こんな調子じゃあ俺の家族がどうなったかなんて一生分からないかもな……?」
言ってしまってからしまったと思った。リオンに俺が魔法士になった目的をうっかり知られてしまったかもしれない。
「家族……家族って……壁内で一緒に暮らしていた家族?」
「ん? あぁ。独り言だから無理して答えなくてもいいぞ。忘れてくれたら助かる」
「──そんなの」
「……?」
「そんなの決まってるじゃない。壁内のほとんどの人間の末路は──」
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