レイラ王女は結婚したい

伊川有子

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二話・グレスデンからの招待状

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「復活したわ!」

 部屋でぐっすり眠った後、ドレスを着て身なりを整えた私は怖いもの敵なしだ。胃も頭もスッキリしてグレスデンの陛下だろうがパトリックだろうが今なら何が来たって平気。

「なんであんなにウジウジしてたのかしらってくらい気分がいいわ」
「二日酔いが治ったからだろ」

 なるほど!

 ゼンの台詞に納得しつつ、私は颯爽と城の廊下を歩く。ゾロゾロと護衛や侍女を引き連れた私に城の人々は道を譲り、膝を折って頭を地面に付きそうなほど下げた。ドローシアではここまで仰々しくないので出世でもした気分だ。
 大きな扉の目の前までたどり着くと、身なりのピシッとしたドアマンが重そうな扉を2人がかりでゆっくりと開けた。

 王座にはその重そうな身体をどっしりと据えたグレスデン国王の姿が。以前に会った時と同じく顎にたっぷりと髭を蓄え、優しく細められた意思の強そうな瞳が私の姿を捉える。

「ようこそ、グレスデンへ」
「グレスデンの陛下、ごきげんよう」

 膝を軽く曲げて礼をすると王座の間へ足を踏み入れ、王座まで続く赤いカーペットの上を歩く。足を進めている間に陛下の後ろに控えた人々へチラリと視線をやった。その中には見知った姿が何名か。その中にはルイスと、そして今回祝言を上げる二女のマリアとその相手となるパトリックもいる。青い髪色が視界に入ったところですぐ彼が居ることを悟り、顔は見ないで視線を陛下に戻した。もちろん作り笑顔も忘れずに。

「出た」

 右後ろに控えているゼンが周りには聞こえない小声でぽつりと呟いた。ゼンがまるでパトリックを幽霊のように言うので笑いそうになり平静を装うのに苦労した。まあ確かに、披露宴で会うだろうと思っていたからまさかこんなに早いお目見えになるとは思っていなかったけれど。

「陛下、お変わりなく」

 玉座の前まで来ると陛下は立ち上がり礼をとる。

「レイラ王女も、ますますお美しくなられて。何度もお目にかけてもエルヴィーラ王妃によく似ていらっしゃる」
「ありがとうございます。
この度はドローシアを代表してマリア王女のご結婚をお祝い申し上げます。優秀な隣国のパトリック殿下を婿に迎えるとは、これでグレスデンもますます安泰でしょうね」
「いえいえ、ルイス殿下のお陰で既に我が国は十分恵まれておりますよ。ドローシアには感謝してもしきれません」
「まあ、愚弟がお世話になっているのはこちらです。こちらこそお礼を言いたいくらいですよ」

 ニコニコニコニコ。取り合えず笑って適当に相手をすれば周りは満足するだろう。

「まだ披露宴まで日がありますから、ごゆるりとお過ごしください。大したおもてなしはできませんが何かあれば部下にお申し付けを」
「お気遣い感謝いたします。グレスデンは果物が美味しいから少し見繕わせていただこうかしら」
「すぐに手配をさせます。ご一緒に北部特産の果実酒などもいかがです?最近は加工品にも力を入れているんですよ」
「それはぜひ」

 お酒ね。もちろんそれも欠かせないわ。っていうかグレスデンに来て果実酒を手に入れないなんて何しに来たのかわからないくらい。

「披露宴でも振る舞う予定ですのでぜひ土産物の品定めに」
「ええ。参考にさせてもらうわ」

 両親ともお酒はあまり飲まないのでほとんど自分用だけれど。シージーは色んな国のお酒を大量に所持しているし、手に入れようと思えばいつでも手に入るからたくさんは必要ない。それでも政治的に相手を立てる意味で果実酒を大量に購入しておくのは悪くないだろう。どうせ飲むんだし。私が。

「そういえば以前にパトリック殿下もグレスデンの果実酒を絶賛されていたわ。婿入りしてさぞかし堪能されることでしょうね」

 一応顔を立ててやったわよ、パトリック。義理は果たした。
 顔は合わせずあくまで陛下の目を見ながら話したので、私の言葉に彼がどんな反応をしたのかはわからなかった。満足げに深く頷く陛下。

 私は頭を軽く下げて礼を取る。

「それでは今日は下がらせていただきます。また披露宴でお会いしましょう」
「はい。グレスデンでの滞在をお楽しみください」
「ありがとうございます。では失礼」

 もう一度膝を軽く曲げるとすぐに踵を返す。できるだけ大股で歩きさっさと王座の間を出ると、開放感のあまり大きく背伸びをした。

「ね!」

 ゼンに向かって親指を立てる。やってやったわよ。これならなんの問題もないでしょ。

「姫様、まだ人目があります」
「ケチねえ。いいじゃない、別に」

 使用人やドアマンに見られて何を言われようが私は気にしない。ゼンは軽くため息を吐いた後、しょうがないなと小さく苦笑した。

「まあ、お疲れ様」
「あとは披露宴に出席すれば仕事は終わるわ。もう彼とは顔を合わせたし楽勝ね」
「どうだか」

 ゼンの含みのある言い方に眉を寄せる。

「何よ、何か心配事でもあるの?」
「心配事というか、嫌な予感なら。さっきパトリックの顔見なかったのか?」
「な・・・なによ、怖い事言わないでよ」

 まさか恨まれてる!?刺されそうなほど憎らしい目で見られてたってこと!?そんなの逆恨みじゃないか。恨めしいのは結婚を破棄された私の方なのに!

「披露宴は顔だけ出したら理由をつけてさっさと下がった方が良さそうだ」

 その台詞に私は部屋へ戻る途中だった足を止めてゼンを振り返った。拳を握ってガッツポーズを作る。

「その案乗った!」
「ははは、切り替えはっや」

 苦笑したゼンの口からは出てきたのは乾いた笑いだった。















 帯同した外交官が交渉に勤しんでいる間、私は部屋で土産物を眺めていた。商人が持ってきた品はどれも魅力的だったけれど、商人のおじさんがあまりにも饒舌でうんちくばかり語るので煩わしくなり部屋から追い出すことに。

 テーブルにずらーっと並ぶ品を見ながら試飲用の果実酒を戴いた。甘くておいしいけれど度数はいまいちね。もう少し強いのが好み。

「さてと、難題はシージーへのお土産よね。あの子バリバリの輸入商じゃないの」
「こういうのは気持ちだからなあ」
「そうねえ、おもしろい雑貨も捨てがたいけど。じゃあ無難に果実酒でいいかしら」

 捻りも何もないけど、とりあえずグレスデンの土産物と言えばこれが定番。陶器も面白いものはあるんだけど、やはり質も値段もドローシアで出回っているものの方が良い。

「形はかわいいんだけどねえ」

 ウサギを模した形をした皿を手に取って眺める。少し歪なそれは味わいがあると言えばあるけれど確実に人を選びそうだ。薄くて割れやすいから持って帰るにはリスクもある。

「シージーならウサギよりこっちの方がそれっぽいけど」

 ゼンが指したのはトカゲ。・・・ってあなたシージーのこと何だと思ってるのよ。確かにトカゲの顔がちょっとあの子に似てるかもって思ったけど。

 しっくりくるものが見つからず、陶器はやめて次は衣類に視線を移した。

「流行りものにうるさいシージーに衣類は難しいでしょうね。私は好きだけど」

 グレスデンの冬は厳しいので衣類はデザインよりも防寒性重視。暖かいので部屋着に良さそう。

 適当に服やストールを見ていると、傍に控えているゼンとフィズに声をかけた。

「あなた達も欲しいものを選ぶといいわ。今なら会計は一緒よ」
「税金の無駄遣い・・・」

 フィズがぽつりと漏らす。

「どこから資金が出ようと大した問題じゃないわ。どれも値が張るものではないから」

 ここにある全部を合わせた値段でも私のクローゼットに入っているドレス一着分にも満たない。別に商人に馬鹿にされているわけではなく、単純にグレスデンが普通に貧しい国だからだ。
 特に弟のルイスが婿に来るまでは庶民から王族の者まで贅沢できるような状況じゃなかった。価値の高い品物などよほどの国宝でない限りグレスデンでは作ってもいないし取り扱ってもいない。

 それでもそれなりの物は揃えてもらえたようなので、じっくりと自分のものも含めて何を買うのか吟味する。

 ところが、細くて柔らかな生地のストールを手に取ったところで鋭い痛みが右手人差し指を襲った。慌てて手を放して見れば、ジワリ、と指先から滲み出る血。まち針でも触ってしまったんだろうか。

「レイラ!」
「大げさね」

 大した事ないわよこれくらい、と続けようとした口は開いたまま固まった。怪我をした右手を乱暴に掴まれ引き寄せられ、ゼンに指を――――食べられた。

「ぎゃああああ!痛い!」

 生暖かい口内の感触と思い切り吸い付かれたその痛みに目には涙が浮かぶ。いきなりどうしたの!?と問う余裕もなく唖然としていると、指を放してすぐに唾をペッ!と床に吐き出す。

「フィズ」
「はい、解毒剤をすぐに」
「げ、げどく・・・?」

 何よ、まさか毒が仕込まれてるとでも思ったの?よく考えてみると確かに、考え方によっては危険な事かもしれないけど。

「まだ決まったわけじゃないでしょ」
「念の為だ」

 ゼンはハンカチで私の指の唾液を拭うと指の付け根にハンカチをぐるぐる巻きにして縛りつけた。心臓が自分で聞こえるくらいにバックバック音を立てているため、勢いよく廻る血液は圧迫されて地味に痛い。はあ、びっくりした。

 その後はフィズが用意した解毒剤を否応がなしに飲まれるまでに、危険だと判断された土産物は部屋から一掃された。一気に物寂しくなった部屋でソファに座りやることを無くした私は暇を持て余す。

「暇になったわね。散歩にでも出かけましょうか」
「ダメだ。安全が確認できるまでは」
「でもさっきのは毒ではなかったんでしょう?」
「一応、念のためだから」

 こういうことに関してはいくら私が我儘を言おうとゼン達は聞き入れてくれない。私は諦めて背もたれに身体を預けて天井を見つめた。無言のゼンに、無言の私。何もすることなく無駄な時間が刻々と流れていく。

 ところがそうして5分も経たないうちに、安全確認のため外へ出ていたフィズがバタバタと慌ただしく部屋へ戻って来た。彼がこんなに焦る様子は珍しい。ゼンも何事かと気を張り詰めてフィズを見る。

「大変です、パトリック殿下が・・・個人的に姫様にお会いしたいと・・・!」
「突撃だって!?」
「突撃ですって!?」

 彼に次会うのは披露宴でそれが最後だと思っていたのに、まさか婿入り前の身で若い娘の私室を訪ねるなんて予想外過ぎた。まさに、パトリック、捨て身の突撃。

 慌てふためくのは私だけじゃなかった。フィズも「どうしましょう」と頭を抱える。相手は一国の王子であるためぞんざいな扱いはできない。でも個人的に関係のある人をこのような場所で堂々と引き入れるわけにはいかない。
 例え一度適当に断っても何度もやって来られてはこちらの面子にも関わる。下手したらパトリックとの過去の関係が周囲にばれてしまうかもしれない。そんな面倒事は超お断りであるからして、なんとか上手く断って納得させた上でお引き取り願わねば。

「俺が説得してくる」
「そうね、それが一番角が立たないわね」

 私が出るわけにはいかないので、専属騎士で事情を全て把握しているゼンが適任。

「でも彼、納得するかしら」
「させるさ、無理にでも。自分の立場を顧みれば少しは目が覚めるだろ」

 じゃあ行ってくると部屋を出て行くゼンの背中を見送る。その時どうしてか、心の中で無性に彼を引き留めたいと強く思ってしまった。

「大丈夫かしら・・・」

 彼の姿が見えなくなった後にポツリと呟く。

「大丈夫ですよ。何があっても個人的にお会いするようなことは我々が許しませんから」
「そうね」

 婿入り前の男と非公式な場で会うなんて私の名誉にも関わってくる。後はゼンとフィズたちに任せましょうと、パトリックのことを考えるのは止めてずっと手付かずだった新作の小説に手を伸ばした。


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