5 / 31
二話・グレスデンからの招待状
(3)
しおりを挟む「復活したわ!」
部屋でぐっすり眠った後、ドレスを着て身なりを整えた私は怖いもの敵なしだ。胃も頭もスッキリしてグレスデンの陛下だろうがパトリックだろうが今なら何が来たって平気。
「なんであんなにウジウジしてたのかしらってくらい気分がいいわ」
「二日酔いが治ったからだろ」
なるほど!
ゼンの台詞に納得しつつ、私は颯爽と城の廊下を歩く。ゾロゾロと護衛や侍女を引き連れた私に城の人々は道を譲り、膝を折って頭を地面に付きそうなほど下げた。ドローシアではここまで仰々しくないので出世でもした気分だ。
大きな扉の目の前までたどり着くと、身なりのピシッとしたドアマンが重そうな扉を2人がかりでゆっくりと開けた。
王座にはその重そうな身体をどっしりと据えたグレスデン国王の姿が。以前に会った時と同じく顎にたっぷりと髭を蓄え、優しく細められた意思の強そうな瞳が私の姿を捉える。
「ようこそ、グレスデンへ」
「グレスデンの陛下、ごきげんよう」
膝を軽く曲げて礼をすると王座の間へ足を踏み入れ、王座まで続く赤いカーペットの上を歩く。足を進めている間に陛下の後ろに控えた人々へチラリと視線をやった。その中には見知った姿が何名か。その中にはルイスと、そして今回祝言を上げる二女のマリアとその相手となるパトリックもいる。青い髪色が視界に入ったところですぐ彼が居ることを悟り、顔は見ないで視線を陛下に戻した。もちろん作り笑顔も忘れずに。
「出た」
右後ろに控えているゼンが周りには聞こえない小声でぽつりと呟いた。ゼンがまるでパトリックを幽霊のように言うので笑いそうになり平静を装うのに苦労した。まあ確かに、披露宴で会うだろうと思っていたからまさかこんなに早いお目見えになるとは思っていなかったけれど。
「陛下、お変わりなく」
玉座の前まで来ると陛下は立ち上がり礼をとる。
「レイラ王女も、ますますお美しくなられて。何度もお目にかけてもエルヴィーラ王妃によく似ていらっしゃる」
「ありがとうございます。
この度はドローシアを代表してマリア王女のご結婚をお祝い申し上げます。優秀な隣国のパトリック殿下を婿に迎えるとは、これでグレスデンもますます安泰でしょうね」
「いえいえ、ルイス殿下のお陰で既に我が国は十分恵まれておりますよ。ドローシアには感謝してもしきれません」
「まあ、愚弟がお世話になっているのはこちらです。こちらこそお礼を言いたいくらいですよ」
ニコニコニコニコ。取り合えず笑って適当に相手をすれば周りは満足するだろう。
「まだ披露宴まで日がありますから、ごゆるりとお過ごしください。大したおもてなしはできませんが何かあれば部下にお申し付けを」
「お気遣い感謝いたします。グレスデンは果物が美味しいから少し見繕わせていただこうかしら」
「すぐに手配をさせます。ご一緒に北部特産の果実酒などもいかがです?最近は加工品にも力を入れているんですよ」
「それはぜひ」
お酒ね。もちろんそれも欠かせないわ。っていうかグレスデンに来て果実酒を手に入れないなんて何しに来たのかわからないくらい。
「披露宴でも振る舞う予定ですのでぜひ土産物の品定めに」
「ええ。参考にさせてもらうわ」
両親ともお酒はあまり飲まないのでほとんど自分用だけれど。シージーは色んな国のお酒を大量に所持しているし、手に入れようと思えばいつでも手に入るからたくさんは必要ない。それでも政治的に相手を立てる意味で果実酒を大量に購入しておくのは悪くないだろう。どうせ飲むんだし。私が。
「そういえば以前にパトリック殿下もグレスデンの果実酒を絶賛されていたわ。婿入りしてさぞかし堪能されることでしょうね」
一応顔を立ててやったわよ、パトリック。義理は果たした。
顔は合わせずあくまで陛下の目を見ながら話したので、私の言葉に彼がどんな反応をしたのかはわからなかった。満足げに深く頷く陛下。
私は頭を軽く下げて礼を取る。
「それでは今日は下がらせていただきます。また披露宴でお会いしましょう」
「はい。グレスデンでの滞在をお楽しみください」
「ありがとうございます。では失礼」
もう一度膝を軽く曲げるとすぐに踵を返す。できるだけ大股で歩きさっさと王座の間を出ると、開放感のあまり大きく背伸びをした。
「ね!」
ゼンに向かって親指を立てる。やってやったわよ。これならなんの問題もないでしょ。
「姫様、まだ人目があります」
「ケチねえ。いいじゃない、別に」
使用人やドアマンに見られて何を言われようが私は気にしない。ゼンは軽くため息を吐いた後、しょうがないなと小さく苦笑した。
「まあ、お疲れ様」
「あとは披露宴に出席すれば仕事は終わるわ。もう彼とは顔を合わせたし楽勝ね」
「どうだか」
ゼンの含みのある言い方に眉を寄せる。
「何よ、何か心配事でもあるの?」
「心配事というか、嫌な予感なら。さっきパトリックの顔見なかったのか?」
「な・・・なによ、怖い事言わないでよ」
まさか恨まれてる!?刺されそうなほど憎らしい目で見られてたってこと!?そんなの逆恨みじゃないか。恨めしいのは結婚を破棄された私の方なのに!
「披露宴は顔だけ出したら理由をつけてさっさと下がった方が良さそうだ」
その台詞に私は部屋へ戻る途中だった足を止めてゼンを振り返った。拳を握ってガッツポーズを作る。
「その案乗った!」
「ははは、切り替えはっや」
苦笑したゼンの口からは出てきたのは乾いた笑いだった。
帯同した外交官が交渉に勤しんでいる間、私は部屋で土産物を眺めていた。商人が持ってきた品はどれも魅力的だったけれど、商人のおじさんがあまりにも饒舌でうんちくばかり語るので煩わしくなり部屋から追い出すことに。
テーブルにずらーっと並ぶ品を見ながら試飲用の果実酒を戴いた。甘くておいしいけれど度数はいまいちね。もう少し強いのが好み。
「さてと、難題はシージーへのお土産よね。あの子バリバリの輸入商じゃないの」
「こういうのは気持ちだからなあ」
「そうねえ、おもしろい雑貨も捨てがたいけど。じゃあ無難に果実酒でいいかしら」
捻りも何もないけど、とりあえずグレスデンの土産物と言えばこれが定番。陶器も面白いものはあるんだけど、やはり質も値段もドローシアで出回っているものの方が良い。
「形はかわいいんだけどねえ」
ウサギを模した形をした皿を手に取って眺める。少し歪なそれは味わいがあると言えばあるけれど確実に人を選びそうだ。薄くて割れやすいから持って帰るにはリスクもある。
「シージーならウサギよりこっちの方がそれっぽいけど」
ゼンが指したのはトカゲ。・・・ってあなたシージーのこと何だと思ってるのよ。確かにトカゲの顔がちょっとあの子に似てるかもって思ったけど。
しっくりくるものが見つからず、陶器はやめて次は衣類に視線を移した。
「流行りものにうるさいシージーに衣類は難しいでしょうね。私は好きだけど」
グレスデンの冬は厳しいので衣類はデザインよりも防寒性重視。暖かいので部屋着に良さそう。
適当に服やストールを見ていると、傍に控えているゼンとフィズに声をかけた。
「あなた達も欲しいものを選ぶといいわ。今なら会計は一緒よ」
「税金の無駄遣い・・・」
フィズがぽつりと漏らす。
「どこから資金が出ようと大した問題じゃないわ。どれも値が張るものではないから」
ここにある全部を合わせた値段でも私のクローゼットに入っているドレス一着分にも満たない。別に商人に馬鹿にされているわけではなく、単純にグレスデンが普通に貧しい国だからだ。
特に弟のルイスが婿に来るまでは庶民から王族の者まで贅沢できるような状況じゃなかった。価値の高い品物などよほどの国宝でない限りグレスデンでは作ってもいないし取り扱ってもいない。
それでもそれなりの物は揃えてもらえたようなので、じっくりと自分のものも含めて何を買うのか吟味する。
ところが、細くて柔らかな生地のストールを手に取ったところで鋭い痛みが右手人差し指を襲った。慌てて手を放して見れば、ジワリ、と指先から滲み出る血。まち針でも触ってしまったんだろうか。
「レイラ!」
「大げさね」
大した事ないわよこれくらい、と続けようとした口は開いたまま固まった。怪我をした右手を乱暴に掴まれ引き寄せられ、ゼンに指を――――食べられた。
「ぎゃああああ!痛い!」
生暖かい口内の感触と思い切り吸い付かれたその痛みに目には涙が浮かぶ。いきなりどうしたの!?と問う余裕もなく唖然としていると、指を放してすぐに唾をペッ!と床に吐き出す。
「フィズ」
「はい、解毒剤をすぐに」
「げ、げどく・・・?」
何よ、まさか毒が仕込まれてるとでも思ったの?よく考えてみると確かに、考え方によっては危険な事かもしれないけど。
「まだ決まったわけじゃないでしょ」
「念の為だ」
ゼンはハンカチで私の指の唾液を拭うと指の付け根にハンカチをぐるぐる巻きにして縛りつけた。心臓が自分で聞こえるくらいにバックバック音を立てているため、勢いよく廻る血液は圧迫されて地味に痛い。はあ、びっくりした。
その後はフィズが用意した解毒剤を否応がなしに飲まれるまでに、危険だと判断された土産物は部屋から一掃された。一気に物寂しくなった部屋でソファに座りやることを無くした私は暇を持て余す。
「暇になったわね。散歩にでも出かけましょうか」
「ダメだ。安全が確認できるまでは」
「でもさっきのは毒ではなかったんでしょう?」
「一応、念のためだから」
こういうことに関してはいくら私が我儘を言おうとゼン達は聞き入れてくれない。私は諦めて背もたれに身体を預けて天井を見つめた。無言のゼンに、無言の私。何もすることなく無駄な時間が刻々と流れていく。
ところがそうして5分も経たないうちに、安全確認のため外へ出ていたフィズがバタバタと慌ただしく部屋へ戻って来た。彼がこんなに焦る様子は珍しい。ゼンも何事かと気を張り詰めてフィズを見る。
「大変です、パトリック殿下が・・・個人的に姫様にお会いしたいと・・・!」
「突撃だって!?」
「突撃ですって!?」
彼に次会うのは披露宴でそれが最後だと思っていたのに、まさか婿入り前の身で若い娘の私室を訪ねるなんて予想外過ぎた。まさに、パトリック、捨て身の突撃。
慌てふためくのは私だけじゃなかった。フィズも「どうしましょう」と頭を抱える。相手は一国の王子であるためぞんざいな扱いはできない。でも個人的に関係のある人をこのような場所で堂々と引き入れるわけにはいかない。
例え一度適当に断っても何度もやって来られてはこちらの面子にも関わる。下手したらパトリックとの過去の関係が周囲にばれてしまうかもしれない。そんな面倒事は超お断りであるからして、なんとか上手く断って納得させた上でお引き取り願わねば。
「俺が説得してくる」
「そうね、それが一番角が立たないわね」
私が出るわけにはいかないので、専属騎士で事情を全て把握しているゼンが適任。
「でも彼、納得するかしら」
「させるさ、無理にでも。自分の立場を顧みれば少しは目が覚めるだろ」
じゃあ行ってくると部屋を出て行くゼンの背中を見送る。その時どうしてか、心の中で無性に彼を引き留めたいと強く思ってしまった。
「大丈夫かしら・・・」
彼の姿が見えなくなった後にポツリと呟く。
「大丈夫ですよ。何があっても個人的にお会いするようなことは我々が許しませんから」
「そうね」
婿入り前の男と非公式な場で会うなんて私の名誉にも関わってくる。後はゼンとフィズたちに任せましょうと、パトリックのことを考えるのは止めてずっと手付かずだった新作の小説に手を伸ばした。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる