6 / 31
三話・私の知らないあなた
(1)
しおりを挟むよくお似合いですよ、と世辞を述べて離れていく侍女。鏡に映った自分は髪を纏め化粧を施した完璧なドレスアップ姿だ。あまり派手過ぎないグレーと薄いピンクの配色は脇役として相応しいだろう。
「ねえ、本当にパトリックは納得したんでしょうね」
後ろで控えているゼンへ鏡越しに訊ねる。披露宴ですったもんだになれば大事だ。パトリックはどうでもよいとしても、主に私の名誉とかが。
「ああ。ちゃんと釘刺しといたから」
「ならいいけど・・・」
幼いころから夢にまで見た結婚。それをかつて婚約していた彼と別の人物の婚姻を見届けなければならない。
別れたことを後悔はしていないけれど全く辛くないわけではなく、嫉妬という醜い感情は僅かながら私の中に渦巻いている。マリア姫との縁談さえなければ式を挙げていたのは私だったはずなのに・・・と。
私は鏡の中の自分をもう一度見つめて深呼吸した。
「余計なことは考えないで、さっさと切り上げるのよ」
自分へ言い聞かせるようにゼンに言うと彼は頷いてくれた。私は一人じゃない。嫉妬なんて醜い感情に蓋をしてちゃんと王女らしく振る舞えるわ。それが例え過去に好きだった人の幸せそうな姿を前にしても。
「行きましょう」
私の一言に待機していた侍女達はざっと整列する。扉がゆっくりと開き、ドレスの裾を持ち上げながら廊下へと進んだ。私を先導する侍女二人はいつもより背筋を伸ばし、堂々と顔を上げて真っすぐに歩を進める。
いつもよりも気合が入っているのは私だけではない。使用人たちも皆正装をして私を出迎えた。
部屋から会場が近いってすごく楽だわ。ドレスを持ち上げる手が疲れる前にホールへたどり着いて私は手を裾から放した。ダラリと床へつく重たい布。自由になった両手を前へ組んで姿勢を直すと改めて歩き出した。
ドローシアに比べればずいぶんと薄暗い、そして簡素な披露宴だ。皆は立ちながら飲んだり喋ったりしていて私の姿に気づくと一礼する。
「みなさま、ごきげんよう」
「レイラ王女、お越しくださりありがとうございます」
出迎えたのはグレスデン宰相のゼフィールという男。今日は灰色の髪を後ろで一つに束ねて鮮やかな燕尾服を着ている。あまりお洒落な格好をする人ではないのでこういった出で立ちは珍しい。先日陛下に謁見した時も地味~な格好をして後ろの方に控えていたな。
「こんにちは、ゼフィール。今日はいい日ね」
「はい。天気に恵まれました。マリア王女とパトリック殿下はもうすぐいらっしゃると思いますので」
「ええ。それまでは雑談を楽しませてもらうわ」
「ごゆるりと」
頭を下げてすごすごと後退し、私の次にやって来た客へと向かう。こういう時ってホストは大変よね。
私は来て早々に挨拶に回る気にはなれず、空いているテーブルへ向かってグラスに手を伸ばした。すぐにゼンがそれに飲み物を注ぐ。
「ほどほどにしておいてくださいよ」
小言も忘れずに。
「わかってるわよ」
主役に会う前に酔いつぶれたりはしないわよ。でもこういう場で手持無沙汰になるのは好きではないから、何かしら食べたり飲んだりしていないと落ち着かない。
「レイラ様、お久しぶりです」
人集りを縫うようにして私の前へ出てきた人物は私の顔を見るなり目を細めて笑み浮かべる。
「まあ、ニコーラス大公」
「水害の際は我が国へ物資を支援していただき誠にありがとうございました」
「それって何年前の話よ。会うたびにお礼を言い続ける気?」
「あれがなければ我が国は今頃存在しておりませんから」
「おおげさねえ」
それに物資を融通したのは私ではなく主に兄様がやったことだ。私はただその指揮を執っただけで。
大公は目の横の皺を深めて頭を下げる。
「お元気そうで」
「ええ。貴方も」
「ドローシアで空合にはお変わりはございませんか?」
「特にないわよ」
「左様でございますか。天候に恵まれているというのは、本当に幸せなことですね」
確かにドローシアはニコーラスと違って災害が少ないけど、それを彼の前で言うのもあまり良くない気がして笑顔を返すだけに留めた。ニコーラスがどれだけ天候不良に悩まされているのか知っているから余計に気を遣ってしまう。
「本日はドローシアにとってもおめでたいでしょう。パトリック殿下がルイス殿下の義弟になるのですか」
「・・・そうね。そうなるわね」
あれー?失念してたけどルイスの嫁の妹の婿ってことは、パトリックがルイスの義理の弟に?ってルイスと姉弟の私は・・・うわああああああ考えたくない。
今更過ぎることに気づいた私は身もだえそうになって咳払いをする。
「ご、ごめんなさい、ちょっと・・・」
ただの咳払いで本当に喉に違和感が出てきてしまい、私は少しワインを口に含んで飲み下す。
「こうして国同士が縁続きになるのは尊いことです。我が国がもう少しドローシアに見合う国でしたらレイラ様とも縁続きになれたかもしれませんね」
「まあ、大公ったら」
大公は笑っていたけれど目は真剣だった。恵まれない国ではドローシアの施しが明暗を分けることが多々あるから、国のためにも本気で王族の嫁を迎えたいと思っているんだろう。まあ、私は政略結婚なんて御免だけど。
「レイラ王女、ニコーラス大公」
身を乗り出すように私と大公の間に入って来たのは深緑の髪の色をした青年。名前は忘れたけど髪の色でノースロップの王家の人間だということはわかった。
「今日はお日柄も良く。まだ主役は来てませんけどねえ」
「先ほどパトリック殿下はお見掛けしましたよ」
「あらそうなの?挨拶して来なくちゃ」
長話は御免なので挨拶を理由にその場を離れようとしたけれど彼が私の目を見て話し始めたから抜けるタイミングを逃してしまう。
「いやあ、結婚とはおめでたいものですねえ。レイラ王女もいかがです?うちの次男はいい男ですよ」
「まあ」
来ていきなり見合い話かよ、とイラッとしつつ愛想笑いでさり気無く断った。
「やはりここまでお美しいと高嶺の花になるのでしょうかね。我々の手には届かない孤高の存在・・・」
「はあ」
「しかし高く厳しい山こそ登りたくなるのも男の性というもの。それが高ければ高いほど登り詰めた時の幸福は得難いのでしょうね」
「あはは」
明ら様な愛想笑いにも動じず彼の口からは滑り落ちるかのように次々と言葉が溢れ出る。
「うちの次男にも高き山に登る度胸をつけさせたいものです。確かにすぐに手に取れるような道端に咲いた野の花も美しいでしょうが―――」
「そういえばレイラ様、シンシア様がご懐妊されたと小耳に挟みましたよ。おめでとうございます」
大公が華麗に無視した。グッジョブ。
「ありがとう。私叔母になるのよ」
「おめでたいことは重なるものですね」
「ええ、ですからぜひこの機会に次男と。弟殿下に先を越されてはレイラ王女も立つ瀬がないでしょう」
立つ瀬がない?冗談じゃない、ドローシアの王女の私にどれくらい価値があると思ってるの。お前の家が全財産かき集めてたって私の私財にも満たないくせに。
なんで他人の貴方に私を否定されなきゃいけないのか。言い返そうと口を開いたが彼の話は終わる気配も無く続いていく。
「なん―――」
「ドローシアとは地続きで縁がありますし、悪くない話ですよ。なんと言ってもうちの次男は国内有数の剣の使い手でして顔も悪くありませんしいかがですか?一度お会いするだけでも」
「私はそういった話は結構ですから」
「どうぞご遠慮なさらずに。お子が産まれればどれだけ我々双方にとって利益になるのかご存じでしょう?ずっとお独り身ではご両親も神にも縋るような想いでしょうに。ですから・・・・」
「失礼」
なんの前触れもなく突然前へ出てきたゼン。私の腰を掴んで遠くのテーブルまで押しやり強制的に話をぶった切ってしまった。貴人同士の話に使用人が、しかもただの護衛である騎士が割り込むなんてあり得ない。
「ちょっと・・・」
「ゆるーく躱そうとしても無駄だって」
確かにゼンの言う通りだ。ドローシアでは傍に両親や友人たちがいたから守ってくれるけれど今はいない。非常識であろうとゼンが割り込まなければあの話は延々と続けられていたかも。マナーがなってないやらなんやら陰で言われるのは嫌だけど本当は解放されて少しホッとした。
「あら、マリア姫がいらっしゃったわ」
わあっと上がる歓声に顔を上げて振り返れば登場する主役の二人。マリア姫は白のレースを重ねたウエディングドレスを着てニコニコと皆に笑顔を振りまいている。その姿の純粋無垢なこと、何も知らない彼女がちょっとだけ羨ましい。
「失礼」
皆に注目を浴びる中我先に二人の前へ出た。こういう時は目上の者が挨拶をしなければ他の者たちは遠慮して前へ出られないから、順番で言えば私が一番先ということになる。
軽く膝を曲げて礼を取り、マリア姫の顔を見てニッコリ笑った。彼女はまだ幼さの残る容姿に零れ落ちそうな瞳を潤わせ私を見て頬を赤く染める。
「ドローシアのレイラ王女。わざわざ遠方まで足をお運びくださりなんとお礼を申し上げたらよいのか・・・」
「これだけお目出度いことですもの。駆けつけて当然だわ」
すぐ帰るけどね。
心の中でこっそり付け加えながら答えた。
「おめでとうございます、マリア王女。パトリック殿下も」
「ありがとうございます」
「・・・ありがとうございます」
パトリックが普通に挨拶を返したので安堵した。余計なことは言われずに済みそう。
ここまで余裕をかましている私だけどさすがに彼の目は見れなかった。恋人として何度も見つめ合ってきたパトリックの青い瞳だけはあまり思い出を汚したくないし、逆に思い出したくもない。私の心境はひっじょーーーに複雑なのである。
「グレスデンのますますのご繁栄をお祈りしております。それから弟のルイスのことだけど、どうぞよろしくお願いするわね」
「はい、光栄です。レイラ王女」
「感謝致します」
「あなたたちとてもお似合いだわ」
それは嫌味でもなんでもない心からの言葉だった。容姿も背格好も家柄も相応しい者を選ぶならば、二人はこれ以上にない良い組み合わせだと思う。
マリア姫は少し俯いて微笑んだ。
「はい、この良縁に感謝しております。ドローシアの方々には感謝してもし足りません」
「うちは関係ないわよ」
「いいえ、縁談を持ってきてくださったのはドローシアですもの。仲介してくださらなければこの結婚はなかったでしょう」
え?と声が漏れかけて慌てて口を噤んだ。
なにそれ。どういうことなの。縁談を持ってきたのはドローシア?なんでこのタイミングでこの組み合わせを仲介する必要が?
思考をいくら巡らせても政治的に利になるような案件は見当たらない。とすれば、わざわざ国が動いてパトリックとの縁談を仲介する理由として思い当たるのは―――私。
私の婚約を阻止したいがために、または何か理由があって縁談を持ち込んだとしか。それをやるとしたらグレスデンの婿であるルイスか、または父様辺りが動いたとしか思えない。父様が本命かしら、感が鋭いからパトリックとの仲を嗅ぎつけていてもおかしく無いし政治的に問題があって私をパトリックに嫁がせたくなかったのかも。
にしてもそれを娘に黙ってやるだなんてあんまりではないのか。そもそも父様がいくら私の結婚に反対だからと言ってそんな回りくどいことをするだろうか。なんだかしっくりと来ない。
「そう・・。でも結ばれたのはあなた達がお似合いだからに他ならないわ。どうぞお幸せに」
いくら考えたところで正解はわからない。帰って直接父様に訊かなければ。
後が控えているので自分はこれくらいで。それではごきげんようと踵を返してさっさと二人の前から退いた。驚いたからか、指先は冷たくなり感覚が鈍くなっている。
なぜだろう、妙な胸騒ぎがするのは。私はあまりこの件に深く首を突っ込むべきではないのだろうか。
「姫様、ここは人が多いので場所を変えましょう」
ゼンに促されて空いている端の方へ向かう。
ゼンはどう思う?
そう訊ねそうになって、やっぱりこんな祝いの席で話題にするべきではないかと、言うのを止めた。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる