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15話・噛み合わない主張
(2)
しおりを挟む庭園の散歩から部屋へ戻ってくると、ルイスと一つの毛布に包まって暖炉の前のソファに座った。寒いのは平気なんだけどやっぱり温かい家に入って暖炉の火にあたると身体が冷えていたのがよく分かる。特に足なんて急に温められたからジンジンと痺れるような感覚があった。グレスデンから冬用の靴を持ってきていなかった所為なんだけど、やっぱり手足って冷えやすいのよね。
「はー、生き返る」
ルイスは膝を抱えまるで猫のように丸くなっている。私はなんとなく暖炉の火を眺めながら侍女にもらった温かい飲み物を一口飲んだ。
「んっ!甘いっ!」
カフェオレだと思っていたが違ったらしい。初めて口にした茶色っぽい飲み物は甘くてチョコレートの味に似ていた。
侍女はカートを引きながら微笑んで頷く。
「ココアでございます。お口に合いましたでしょうか」
「ココアって言うの?とても美味しい」
侍女はやたらにっこにっこしながら部屋を出て行った。たぶんあの笑顔の原因は私の隣に居るルイスだ。丸くなったまま私の方に(寒くて)擦り寄ってくるので恋人がイチャイチャしているように見えたんだろう。
もちろん私は嬉しいんだけど、私の気持ちを知っておいてこういうことを平気でやってくるルイスって鬼だと思う。いや、悪魔か。
もっと照れたり戸惑ったり距離を置いてくれてもいいのにな。もちろん表向きの関係に支障がない範囲での話だけど。
「重い」
横からじわじわ体重をかけてきたので文句を言うと、ルイスは私にかけていた重さを倍にした。何故増やす!?
ココアの入ったカップを避難させると私も対抗して押し返す。
「重いのよぉ」
ふぬぬぬぬ。ルイスって重いし力が強いからどうしても私が押し負けてしまう。
「あはは」
「ずいぶん余裕そうじゃない」
笑いながら体重をかけてくる悪魔は私が横に倒れ込んで勝負が決まると満足そうに微笑んだ。一体ルイスは何がしたかったのか。未だに体重をかけてくるし。
「重いんですけどー」
「なんのことかなあ」
起き上がりたくてもルイスが上(横?)に乗っているので起き上がれない。私は疲れてクタッとなったまま大きなため息を吐いた。
「・・・ミランダ様のところに連れて行ってくれてありがとう」
突然のお礼の言葉にルイスがピタリと動きを止める。
「なに、急に」
「ちゃんとお礼を言っておかないとと思って。直接ミランダ様にお会いできなかったけど、十分に話は聞けたから・・・」
真実は私にとって辛いものだったけど今では知れて良かったと思っている。ミランダ様が捕まったと聞いてモヤモヤしていた時よりもずっといい。
「何もかもわかったわけじゃないけど、ミランダ様の想いは理解できたから・・・」
「そのことなんだけど」
ルイスは私の上から退いたので、私も身体を起こして座り直した。改まって言うルイスの方を向いて顔を上げる。
「明日、あの話を父様たちに伝えに行こうと思う」
「あの話って?ミランダ様とザフセンの会話のこと?」
「うん」
私は即座に首を横に振った。
「ちょっと待って・・・それは駄目よ」
「え?なんで?」
「ミランダ様が神官の言いなりになっている理由はルイスならわかるでしょ?彼女が何故お母様を殺したのかはわからないけど、もしそんなことが公になったらアディたちが危ないわ」
ミランダ様は何があっても事実を徹底的に隠す覚悟だ。全てはグレスデンに居るアディたちを守るため。
「シンシアは自分の母親が殺されたっていう事を忘れてない?」
「忘れてないわよ!」
忘れるわけない。恨まないなんて私はそんな良い子じゃない。だけど・・・。
「でも、アディたちが・・・。
グレスデンの民は真実を知ったら激怒するわ。矛先はミランダ様だけじゃなくて血のつながった子であるアディ達にも向かう。私とお父様が説得しても民が矛先を収めるかどうか・・・」
国民のクラー王妃に対する尊敬の念はどんな信心深い信者よりも強い。義理堅く我慢強い性質を持ちながら時に過激になるのがグレスデンの国民性。心から尊敬し愛していたクラー王妃を殺されたとなれば皆は怒り狂って我を忘れるだろう。
だからミランダ様は色んなリスクを冒しながらも必死で隠している。
「見逃すつもり?」
「そうじゃなくて・・・、表沙汰にならないようにしないといけないの。でも神官は真実を知っているから私たちも上手く立ち回らないといけないわ。ドローシアの陛下に話す前にお父様にお話して対策を練らないと・・・」
「でもグレスデンとはしばらく連絡取れないじゃん」
私はぐっと唇を噛み締めた。ルイスの言う通り、グレスデンは既に雪が深くて人の行き来はできない。お父様に一番に報告するならば雪が溶けるまで待たなければならないことになる。
「心配しなくても父様はバカじゃないからちゃんと対策を考えるよ」
「待って・・・!」
ドローシアの陛下を疑っているわけじゃないけど、万が一のことを考えると怖くてまだ報告する気にはなれない。陛下とザフセンの距離が近いことも躊躇している理由のひとつだ。もし神官たちに情報が漏れたら口封じにミランダ様の命を狙う可能性もある。
「待って、何かいい案考えるから!」
「なんで一人でなんとかしようとするかな。自分たちの手に負えることじゃないから父様の力を借りるしかないんだよ。それとも他にいい方法がある?」
理屈は理解できるけど、私はどうしても首を縦に振れなかった。あんなにミランダ様が必死に隠していることを私が安易に喋ってしまっていいのか。私の勝手な判断でもしも最悪の展開になったらと考えると勇気が出ない。
黙り込んで俯いているとルイスは大きなため息を吐く。
「気持ちはわかるけど、やったことには相応の報いを受けなきゃいけない。自己保身に走って神官のいいなりになっているようじゃ駄目だよ。事態は悪い方向にしか進まない」
「自己保身じゃない!子どもを守るためでしょ!?
「だったら余計に神官の言いなりになったら駄目。神官が絡んでくるなら父様たちに頼るしかない」
「だから、ちょっと待ってって言ってるの!」
大声を出して我に返って、私は口を閉ざして再び俯いた。
「だって・・・怖いの。どうすればいいの・・・?」
お母様は既に亡くなり、ミランダ様は檻の中。お父様はグレスデンから出られず、ドローシアで私は独りきりだ。間違いなんて許されない。もしここで何かあればグレスデンはどうなってしまうのか・・・。
ルイスはいつもよりゆっくりとした口調で話し始める。
「だから、任せてよ。大丈夫だから」
ぎゅっと強く抱きしめられて私は目を閉じた。温かくて力強くて、幸せで全てを満たされているかのよう。このまま何もかも捨て去って全てこの人のものになれたらいいのにと、抱いちゃいけない想いがルイスの熱と共にジワジワと私の中へ広がっていく。
「グレスデンの事情は分かってるし、父様はある程度把握していると思う。クラー王妃のこともあるし大団円とはいかないだろうけど、グレスデンに損害がないように上手くやるから問題ないよ。
例え何かあっても責任取る。約束するから、全部僕に任せて」
「え、無理。信用できない」
もしそれで失敗したらどうするのよ。そんな博打みたいな真似はできない。
ルイスの額にピキッと青筋が走った。
「ここまで言ってるのに僕の何が信用できないって?」
「自分に信用があるって思ってるの?今までの私に対する言動を振り返りなさいよ!」
「強情女!」
「嘘つき男!」
「ブス!」
「スケベ!」
私は頭がカッとなり勢いよく立ち上がると、部屋の出口に向かって早足でカツカツと靴音を鳴らしながら歩いた。
「温室っ!」
私は大きな声で一言だけ言い残すと、バタン!と激しい音を立てて扉を閉めた。
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