二人の太極図

水妖イヨタ

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二章

心の叫び

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俺は妹が起きるのを待っていた。
その時間はとても長く感じられた。
静寂を破るかのように妹がゆっくりと瞼を押し上げた。

「.....ん?おにい、ちゃん?」

「あ、あぁ、そう、だよ、」

俺はそうだとすんなりとは口に出来なかった。
だって、俺は以前までの兄ではないのだから。
心の弱い兄のなれの果てだ。

「...兄さん、どうしたの?」

「え?俺は大丈夫だけど...?」

「いや、兄さん泣いてるじゃん」

「...?!」

言われて気付くことが出来た。
俺の頬には涙が流れていた。
本当に涙を流したのはいつぶりだろうか?

「兄さん、大変だったんだよね。ありがとう」

「.....ッ」

そう言って俺の頭を自分の体に抱き寄せて慰めてくれた。
起きたばっかりの妹に慰めてもらうのはどうかと思った。
だが、何故だか今はそんなことはどうでも良いと感じてしまう。
この暖かさに甘えたい自分がいたのだ。
俺はいつまでも子供のままだ。
そうだ、俺は確かに俺は十七年間の時を生きた。
肉体的には成長はした。
だが、肉体、心身共に成長したのは今まで妹を支えてきた水月であり、俺ではない。
俺の時はまだ小学二年生で止まったままだ。
これからどうしたらいいかなんてわからない。
だが、妹を今まで守ってきた水月に変わり、今度は俺が守る。
そう、水月に誓い俺は妹から離れた。

「体は大丈夫か?」

「うん、なんともないよ。でも、少し頭が痛いかも」

「じゃあ、もう少し入院した方がいいかもな、検査入院的な感じで」

「ありがと、ところでその横の女性は誰?」

「あ、あぁ、この人は警察の新野さんだ。俺を助けてくれた人だ」

「初めまして、妹さん、新野 ヒサナです」

「初めまして、朧月 恋月です」

挨拶を交わしたところで、俺と新野さんで妹が起きたことを伝えに行った。
しばらくして、俺たちは自分の病室へ向かっていた。
その途中、貝塚と百里に会った。

「お、水月じゃん!」

「ほんとだ、水月大丈夫ー?」

俺が会うのは初めてだ。
これまでこの二人が関わってきた水月として違和感なく接しなければ、

「あ、うん、大丈夫だよ。ところで二人は何でここに?」

「私たち能力で操られてたから今は検査入院中。今日の検査で異常が無かったら退院出来るんだって」

「俺らが退院したらお見舞い行ってやるよ」

「ありがとう、じゃあ、また今度な」

「おう!」「うん!」

少し話した後、また病室目指して歩き始めた。
それにしても大丈夫だっただろうか?違和感が無かったら良いのだが。
そんなことを思いながら歩いていた。

病室に戻り、聞きそびれていた事を聞いた。

「そういえば、イヤは今どこにいるんだ?」

「今は逮捕されて牢屋の中だよ。まだ、いつ出てこれるか分からないんだって」

「そうか、」

心配はしている。
だが、イヤが持てめているものは俺じゃない水月だ。
これまで会った人間全員が俺じゃない水月に会いたがっているような気がする。
俺は何もかも水月に劣る。
唯一勝るものと言えば喧嘩の強さぐらいだ。
それ以外、俺には何もない。
そうやって生きてきたからその報いなのだと思った。
そう思っているとスマホに一つの通知が来た。
それは妹からのメッセージだった。
内容は、病院の屋上で待ってる、一人で来て。
それだけだった。

俺は新野さんに病室で待ってもらい、屋上に向かった。
そこには手すりに手を乗せ、遠くの空を見ていた。

「寝てなくて大丈夫なのか?」

「.....うん、大丈夫。それより、話したいことがあってここに呼んだの」

少しドキッとした。
俺が今までの水月ではない事を気づいたのか?

「......それで話って?」

「私ね、眠っている間夢を見ていたの。私が幼稚園生で、兄さんが小学二年生の頃だと思う」

「.....」

妹の話を俺は静かに聞くことにした。

「その日は兄さん夜に出かけてた。それで家には私と姉さんがいた。ねぇ、兄さんってさもう一人兄妹がいたこと知ってたの?」

「.......知ってたよ」

「そう、だったんだ」

「でも、知っているのは俺だよ」

「うん、知ってる」

段々と風が強くなり、ヒューヒューと音が鳴っている。

「その日はね、私と姉さんで兄さんの帰りを待ってたの。そしたら知らない人が現れて姉さんを殺した。そしてその男を兄さんが殺した。そんな夢を見たんだ」

「......そう、だったんだ」

「ねぇ、夢って何だろうね。その人自身が見たいと思っていないことを追体験のような形で思い出させてくる夢、もしくは、こうなればいい、こうしたかったって言う願いで作り出されたもしもの夢。兄さんは私が話した夢の内容どっちだと思う?」

「.......」

答えることが出来なかった。
もしも正直に答えてしまったら、妹に俺の印象が真っ赤な血で塗り固められてしまう。
これまで水月が築き上げてきたものを俺が一瞬にして粉々に潰してしまう。
そんな気がした。
だが、

「大丈夫だよ、兄さん。前者だったとしても後者だったとしても私は兄さんを愛してるよ」

「......その夢は本当だ」

妹の甘い言葉にすがるように返答した。

「その夢は本当に遭ったことだ。そして、俺はその時の水月だよ」

「知ってる。兄さんの一人称、小学一年生までは俺で、小学二年生からは僕だったからね」

「知ってて質問したのか?」

「.....うん、ごめんね。でも、私そのときの記憶が無いの。何でだろうって今でも考えてる。ねぇ、兄さん私はその時何をしたの?どうして私はその時の記憶が無いの?」

「......倒れたんだよ。医者から聞いた話だが、姉さんが死んでしまったショックでその時の記憶だけがすっぽり抜け落ちたように無くしたらしい。だが、安心してくれ、お前は何も悪いことはしてない。全部俺が悪いんだ。その男を殺したのは俺だ。そしてその原因たるその男の復讐心に火をつけたのも俺だ」

「ううん、そういうことじゃないの。なんでその時私は何も出来なかったの?姉さん一人に任せたの?教えてよ.....兄さん.....」

その声は今にも消えそうな声だった。
妹は何かしたんじゃないかと危惧したのではなく、何もしなかったことについて怒っているのだ。
それなら、俺がかける言葉は限られる。
その限られた中から今の妹に必要な言葉をかけてやる、それが今出来る最高の妹を守ると言う行為だ。

「恋月は何もしなかったわけじゃない。お前はちゃんとしてくれたよ。隠れて生き延び、今ここに居る、それだけでいいんだよ。それが俺の生きる希望だよ」

その言葉に妹は、

「兄さん、ありがとう、ありがとう.....」

ひたすらにお礼をしてくれた。
その言葉に対して俺は、

「どういたしまして、そして、ごめんな」

そう返事をした。
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