72 / 106
4章〜崩れて壊れても私はあなたの事を——〜
72話「崩壊の足音1」
しおりを挟む
ー異世界某所ー
冒険者ギルドの最上階。
派手さはないが作りがしっかりとしたシンプルな部屋。そこでは一人の大男が山積みになっている紙の束を恨めしそうに眺めていた。
「⋯⋯ふぅ。終わったか」
「お疲れ様です。読み終えましたか?」
最後の一束を読み終え、深いため息を吐く。すると近くで待っていた女性が声をかけてきた。
「ああ、一通りはな」
「そうですか。それでは如何だったでしょうか?『ザイト』の被害と現在の調査結果は?」
「そうだな⋯⋯」
そう言って大男は考え込んだ。
大男が読んだ資料は半年前に『ザイト』と呼ばれる村で起きた『突発的魔物発生現象』についてだった。
調査員として派遣された者が到着した時には多くの魔物の死体と共に村民は全員無残な姿に変わり果てていた。建物は全て全壊、更には火の手が広がっており周辺の森林にまで被害が及んでいた。
結果、数多くの人手を送る事となったが未だに後始末が終わることはなく復興の目処も立っていない。
「重機も送り込んでんだろ?」
「ええ。ですが、村及び周辺の地面に亀裂まで入っていますからそう早くは進まないのですよ」
「かー! 面倒くせぇ!ここまで酷いと村一つで済んだことで喜んでいいのやら、悪いのやら」
「村民や村出身の方々には悪いですが、私個人は村一つで済んで良かったと考えますよ」
「だろうな。こんなのが更に増えてたら、あと何年世界が滞っていただろうな⋯⋯」
何度目か分からないため息。大男は「それはそうとして⋯⋯」と山積みの資料から一つの紙束を抜き出した。
「この死亡人数だが、住民票で提出されている数と合っていない⋯⋯これどういう事だ?」
「どうやら、本当にキチンと読んでいたみたいで安心しました」
馬鹿にしたように応える女性。大男はそんな態度を意に返すことなく追求する。
「で、どういう事だ?」
「それは調査資料を書いた後に発覚した事実です。今も調べていますが芳しい報告はありません。ただ、死亡した村民の中に『植人族』が一名いました」
「『植人族』? 人型の魔物じゃないのか?」
「いいえ、体内を調べた結果、魔石が無かったため間違いなく『植人族』の方だったのでしょう」
女性の判断材料を聞いた大男は納得した。
この世界に存在する亜人に分類される種族はその見た目は人型の魔物に近いことが多い。明確な基準がなかった頃は会話できるかであった。現在は線引きがされており、魔石の有無で判断されている。
しかし、この基準を知らない地域では亜人は魔物と見られる傾向が強い。そのため、亜人は証明書を発行してくれる都心部や亜人のみで構成する集落で生きることが多い。
「何でそんな所にいたんだ? コッチの方が住みやすいだろうに」
「それは人それぞれなのでは?まあ、否定はしませんが」
「それで、そいつの身元はわかったのか?」
「いいえ。わかっているのは小学生ほどの女の子と言うぐらいです」
「まぁ、何か事情があったんだろう。運がなかったなぁ」
年齢から捨てられた、迷い込んだなどの理由を思い浮かべた。どんな理由にしても死んだことは事実であり、大男は少女に同情した。
そして、そんな大男に女性は同情する眼差しで一束の資料を渡す。
「⋯⋯え?まだ何かあったの?」
「『ザイト』の資料を渡したのは昨日です。こちらは今日の物です」
「うそぉ⋯⋯」
椅子からズリ落ちそうになる大男。悪態をつきながらも、ここで一つ増えても変わらない⋯⋯むしろ、明日の仕事が増えるだけだと思い資料に目を通していくが——途中のページで目が止まった。
「マジか⋯⋯ついに補足したか」
そこに書かれているのは勇者が後半年以内で戻ってくる事だった。
勢いよく顔を上げれば女性が涼しい表情でそこにいる。
「それで、如何致します?」
「⋯⋯人を集めろ」
「はい?」
「勇者が帰還と同時に例のダンジョンに総攻撃をかける」
「.本気ですか?」
「本気だ。勇者がいれば潰せるとは思うが念には念を入れる。ダンジョンにいる職員は六ヶ月後以内に全員喚び戻せ」
「わかりました。人員の方はどの様に?」
「A級以上の冒険者、更に勇者の足を引っ張らない様なやつを何人かだな」
新出のダンジョンに対してそれはあまりに過剰戦力ではないか、と思う女性に大男は続ける。
「悪いがここで仮にでも勇者が倒されれば最悪だ。もう俺たちに打つ手がなくなる。現状、勇者ですらかなりの時間をかけても踏破できていないダンジョンもあるくらいだしな」
「⋯⋯わかりました。ではその様に」
そう言って女性は部屋を退出した。残った大男は一人冷たい物を感じながら呟いた。
「⋯⋯嫌な予感がするな」
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
ー涼宮 零・立花 香・八雲 響ー
簡素な部屋。
部屋の中にあるのはテーブルが一つと椅子が三つ。それ以外に特出するものは一切ない部屋で 涼宮 零、立花 香、八雲 響 の三人は向かい合って座って居た。
「では、次の行動を説明するわ」
そう言って零は一枚の紙を広げた。そこにはこの世界の地形が細かく描かれていた。そして、現在の位置を示すように赤い丸が、次の目的地を指すように赤いバツが既に書き込まれている。
どうやって手に入れたのか、と感心する香と響を横に零は続ける。
「次は 神ノ蔵 レイジ のいるダンジョンに行くわ」
「ま、待った!」
零の意思に賛同している香は特になにも言わないが、未だにしこりがある響は手を挙げる。零も「どうかしたかしら?」と響の発言を許可する。
「お、俺は 涼宮さんの言った真実が納得できない」
もしかしたら反感の意思で殺されるのではないか、と怯えながらも意見を通す響。アドバイザーであり、よき仲魔であったレオを殺されたあの日に語られたもう一つの真実について響は納得できていなかった。
「それは当然ね。根拠を言っていないもの」
「な、なら⋯⋯」
「言う必要はないし、言っても時間の無駄。有るべき真実を伝える、これだけで十分」
「だ、だけど⋯⋯」
零 の一切の隙も与えない言葉に尚も食い下がる 響。
そんな 響 の手を隣に座って居た 香 が両手で包んだ。
「響君、落ち着いて?」
「か、香⋯⋯」
「あんまり邪魔すると——コロシチャウヨ?」
「——ッ!?」
響 は 香 の目に自分は自分で写って居ない様に感じた——否、感じさせられた。
まるで邪魔者。その寸前に自分はいるのではないかと思えてならない。
「ウソウソ、冗談だよぉ」
「⋯⋯」
怯える 響 をどう思ったのか先程までの眼差しを一変させ 香 は可愛らしい仕草で虚取って見せた。
「⋯⋯」
なおも黙ったままの 響。思い出すのはダンジョンマスターとして選ばれたあの日。
香 に絶望を叩きつけたあの声の主。あの日さえなければ、ダンジョンマスターにさえならなければ 香 はこんな豹変を遂げなかったのではないか?そう思えば思うほど、彼女をどうやったら救えるのかを考えてしまう。
そして、それと同時に思い浮かべるのは何もできずに殺されてしまった レオ の存在。無力感に押し潰されそうになる少年は最後の抵抗とばかりに目の前にいる少女、零 を睨みつける。
「⋯⋯話を進めるわよ」
「はーい」
「神ノ蔵 レイジ のダンジョンに侵攻するのは今から六ヶ月後。そこで——」
零 は一度息を吸うといつもと変わらない無表情で、無機質で、無感情な声で続けた。
「アドバイザーの魔物を殺す」
その冷たく重い声色が簡素な部屋を通り過ぎていった。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
ー???ー
光源一つない部屋で男は椅子に座りジッと虚空を見ていた。
「⋯⋯」
そんな静かな部屋にノックする音が響いた。
「開いてるぞ」
「失礼するわ」
そう言って入って来たのは紙束を持った女性だった。ギルドの最上階で大男と対話した女性だ。男は顔馴染みのように挨拶を交わす。
「よぉ、アンタか」
「よくこんな場所で過ごせますね⋯⋯マーダ」
体がゾワゾワする。
どんなに暗くとも月明かりや照明などの、光源があふれた世界で生きる住人には、一寸先すら見えない暗黒は居心地が悪い。
そんな異常な空間に居続けられる男——マーダは間違いなく狂っている。
「暗い場所が好きだからな」
「そうですか」
辟易するように答える女性。要件が終われば今すぐにでも帰りてたい、という気持ちがありありとわかる。
「で、ここに来たってことは?」
「勇者の到着予想がついたわ」
「へぇ、そりゃあ何時になったんだ?」
「六ヶ月後。今は有力者を集めているの」
「成る程、勇者の期間と同時に総攻撃をかけるか。上も本気ってことか」
マーダの獰猛な表情は見えない。しかし、爛々とした瞳で獲物を狙っているのが言葉の端々から感じられる。嬉々とした声色には一体どれほどの想いが込められているのだろうか。
「その様ね⋯⋯何故——」
「勇者を殺すのか、か?」
マーダの目的を知っている女性は何度目かわからない疑問をぶつけた。
勇者の死はこの世界にとって際限のない損失を生み出す。それはこの世界に住む人々なら誰もが知っている常識だ。しかし、目の前の男は勇者との共闘ではなく、勇者の殺害をしようとしているのだ。
そして、また女性は聞く。何度目かわからない「どうして?」を。
「簡単な話だ。俺にとって必要な事だからだ」
「⋯⋯その理由は?」
「言えないね。言っても伝わらないし時間の無駄だ」
「そう⋯⋯」
相変わらずの答え。自分は知りたがるのに、何も教えてくれない。
沈黙が場を支配した。一秒か、一分か、ただ静かな時間が過ぎ去っていった。
「さて、これ以上ないみたいだし俺は行くわ」
「⋯⋯」
「アンタには感謝してる。色々と手を回してくれてありがとな」
「⋯⋯」
「じゃあな」
「まっ——」
マーダ が別れに言葉を告げた次の瞬間には女性の前からその声を消していた。
女性はその場に崩れ落ちると、両手で顔を覆った。何もできなかった、彼を止めることも。空を切る嗚咽だけが女性とともにそこにあった。
冒険者ギルドの最上階。
派手さはないが作りがしっかりとしたシンプルな部屋。そこでは一人の大男が山積みになっている紙の束を恨めしそうに眺めていた。
「⋯⋯ふぅ。終わったか」
「お疲れ様です。読み終えましたか?」
最後の一束を読み終え、深いため息を吐く。すると近くで待っていた女性が声をかけてきた。
「ああ、一通りはな」
「そうですか。それでは如何だったでしょうか?『ザイト』の被害と現在の調査結果は?」
「そうだな⋯⋯」
そう言って大男は考え込んだ。
大男が読んだ資料は半年前に『ザイト』と呼ばれる村で起きた『突発的魔物発生現象』についてだった。
調査員として派遣された者が到着した時には多くの魔物の死体と共に村民は全員無残な姿に変わり果てていた。建物は全て全壊、更には火の手が広がっており周辺の森林にまで被害が及んでいた。
結果、数多くの人手を送る事となったが未だに後始末が終わることはなく復興の目処も立っていない。
「重機も送り込んでんだろ?」
「ええ。ですが、村及び周辺の地面に亀裂まで入っていますからそう早くは進まないのですよ」
「かー! 面倒くせぇ!ここまで酷いと村一つで済んだことで喜んでいいのやら、悪いのやら」
「村民や村出身の方々には悪いですが、私個人は村一つで済んで良かったと考えますよ」
「だろうな。こんなのが更に増えてたら、あと何年世界が滞っていただろうな⋯⋯」
何度目か分からないため息。大男は「それはそうとして⋯⋯」と山積みの資料から一つの紙束を抜き出した。
「この死亡人数だが、住民票で提出されている数と合っていない⋯⋯これどういう事だ?」
「どうやら、本当にキチンと読んでいたみたいで安心しました」
馬鹿にしたように応える女性。大男はそんな態度を意に返すことなく追求する。
「で、どういう事だ?」
「それは調査資料を書いた後に発覚した事実です。今も調べていますが芳しい報告はありません。ただ、死亡した村民の中に『植人族』が一名いました」
「『植人族』? 人型の魔物じゃないのか?」
「いいえ、体内を調べた結果、魔石が無かったため間違いなく『植人族』の方だったのでしょう」
女性の判断材料を聞いた大男は納得した。
この世界に存在する亜人に分類される種族はその見た目は人型の魔物に近いことが多い。明確な基準がなかった頃は会話できるかであった。現在は線引きがされており、魔石の有無で判断されている。
しかし、この基準を知らない地域では亜人は魔物と見られる傾向が強い。そのため、亜人は証明書を発行してくれる都心部や亜人のみで構成する集落で生きることが多い。
「何でそんな所にいたんだ? コッチの方が住みやすいだろうに」
「それは人それぞれなのでは?まあ、否定はしませんが」
「それで、そいつの身元はわかったのか?」
「いいえ。わかっているのは小学生ほどの女の子と言うぐらいです」
「まぁ、何か事情があったんだろう。運がなかったなぁ」
年齢から捨てられた、迷い込んだなどの理由を思い浮かべた。どんな理由にしても死んだことは事実であり、大男は少女に同情した。
そして、そんな大男に女性は同情する眼差しで一束の資料を渡す。
「⋯⋯え?まだ何かあったの?」
「『ザイト』の資料を渡したのは昨日です。こちらは今日の物です」
「うそぉ⋯⋯」
椅子からズリ落ちそうになる大男。悪態をつきながらも、ここで一つ増えても変わらない⋯⋯むしろ、明日の仕事が増えるだけだと思い資料に目を通していくが——途中のページで目が止まった。
「マジか⋯⋯ついに補足したか」
そこに書かれているのは勇者が後半年以内で戻ってくる事だった。
勢いよく顔を上げれば女性が涼しい表情でそこにいる。
「それで、如何致します?」
「⋯⋯人を集めろ」
「はい?」
「勇者が帰還と同時に例のダンジョンに総攻撃をかける」
「.本気ですか?」
「本気だ。勇者がいれば潰せるとは思うが念には念を入れる。ダンジョンにいる職員は六ヶ月後以内に全員喚び戻せ」
「わかりました。人員の方はどの様に?」
「A級以上の冒険者、更に勇者の足を引っ張らない様なやつを何人かだな」
新出のダンジョンに対してそれはあまりに過剰戦力ではないか、と思う女性に大男は続ける。
「悪いがここで仮にでも勇者が倒されれば最悪だ。もう俺たちに打つ手がなくなる。現状、勇者ですらかなりの時間をかけても踏破できていないダンジョンもあるくらいだしな」
「⋯⋯わかりました。ではその様に」
そう言って女性は部屋を退出した。残った大男は一人冷たい物を感じながら呟いた。
「⋯⋯嫌な予感がするな」
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
ー涼宮 零・立花 香・八雲 響ー
簡素な部屋。
部屋の中にあるのはテーブルが一つと椅子が三つ。それ以外に特出するものは一切ない部屋で 涼宮 零、立花 香、八雲 響 の三人は向かい合って座って居た。
「では、次の行動を説明するわ」
そう言って零は一枚の紙を広げた。そこにはこの世界の地形が細かく描かれていた。そして、現在の位置を示すように赤い丸が、次の目的地を指すように赤いバツが既に書き込まれている。
どうやって手に入れたのか、と感心する香と響を横に零は続ける。
「次は 神ノ蔵 レイジ のいるダンジョンに行くわ」
「ま、待った!」
零の意思に賛同している香は特になにも言わないが、未だにしこりがある響は手を挙げる。零も「どうかしたかしら?」と響の発言を許可する。
「お、俺は 涼宮さんの言った真実が納得できない」
もしかしたら反感の意思で殺されるのではないか、と怯えながらも意見を通す響。アドバイザーであり、よき仲魔であったレオを殺されたあの日に語られたもう一つの真実について響は納得できていなかった。
「それは当然ね。根拠を言っていないもの」
「な、なら⋯⋯」
「言う必要はないし、言っても時間の無駄。有るべき真実を伝える、これだけで十分」
「だ、だけど⋯⋯」
零 の一切の隙も与えない言葉に尚も食い下がる 響。
そんな 響 の手を隣に座って居た 香 が両手で包んだ。
「響君、落ち着いて?」
「か、香⋯⋯」
「あんまり邪魔すると——コロシチャウヨ?」
「——ッ!?」
響 は 香 の目に自分は自分で写って居ない様に感じた——否、感じさせられた。
まるで邪魔者。その寸前に自分はいるのではないかと思えてならない。
「ウソウソ、冗談だよぉ」
「⋯⋯」
怯える 響 をどう思ったのか先程までの眼差しを一変させ 香 は可愛らしい仕草で虚取って見せた。
「⋯⋯」
なおも黙ったままの 響。思い出すのはダンジョンマスターとして選ばれたあの日。
香 に絶望を叩きつけたあの声の主。あの日さえなければ、ダンジョンマスターにさえならなければ 香 はこんな豹変を遂げなかったのではないか?そう思えば思うほど、彼女をどうやったら救えるのかを考えてしまう。
そして、それと同時に思い浮かべるのは何もできずに殺されてしまった レオ の存在。無力感に押し潰されそうになる少年は最後の抵抗とばかりに目の前にいる少女、零 を睨みつける。
「⋯⋯話を進めるわよ」
「はーい」
「神ノ蔵 レイジ のダンジョンに侵攻するのは今から六ヶ月後。そこで——」
零 は一度息を吸うといつもと変わらない無表情で、無機質で、無感情な声で続けた。
「アドバイザーの魔物を殺す」
その冷たく重い声色が簡素な部屋を通り過ぎていった。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
ー???ー
光源一つない部屋で男は椅子に座りジッと虚空を見ていた。
「⋯⋯」
そんな静かな部屋にノックする音が響いた。
「開いてるぞ」
「失礼するわ」
そう言って入って来たのは紙束を持った女性だった。ギルドの最上階で大男と対話した女性だ。男は顔馴染みのように挨拶を交わす。
「よぉ、アンタか」
「よくこんな場所で過ごせますね⋯⋯マーダ」
体がゾワゾワする。
どんなに暗くとも月明かりや照明などの、光源があふれた世界で生きる住人には、一寸先すら見えない暗黒は居心地が悪い。
そんな異常な空間に居続けられる男——マーダは間違いなく狂っている。
「暗い場所が好きだからな」
「そうですか」
辟易するように答える女性。要件が終われば今すぐにでも帰りてたい、という気持ちがありありとわかる。
「で、ここに来たってことは?」
「勇者の到着予想がついたわ」
「へぇ、そりゃあ何時になったんだ?」
「六ヶ月後。今は有力者を集めているの」
「成る程、勇者の期間と同時に総攻撃をかけるか。上も本気ってことか」
マーダの獰猛な表情は見えない。しかし、爛々とした瞳で獲物を狙っているのが言葉の端々から感じられる。嬉々とした声色には一体どれほどの想いが込められているのだろうか。
「その様ね⋯⋯何故——」
「勇者を殺すのか、か?」
マーダの目的を知っている女性は何度目かわからない疑問をぶつけた。
勇者の死はこの世界にとって際限のない損失を生み出す。それはこの世界に住む人々なら誰もが知っている常識だ。しかし、目の前の男は勇者との共闘ではなく、勇者の殺害をしようとしているのだ。
そして、また女性は聞く。何度目かわからない「どうして?」を。
「簡単な話だ。俺にとって必要な事だからだ」
「⋯⋯その理由は?」
「言えないね。言っても伝わらないし時間の無駄だ」
「そう⋯⋯」
相変わらずの答え。自分は知りたがるのに、何も教えてくれない。
沈黙が場を支配した。一秒か、一分か、ただ静かな時間が過ぎ去っていった。
「さて、これ以上ないみたいだし俺は行くわ」
「⋯⋯」
「アンタには感謝してる。色々と手を回してくれてありがとな」
「⋯⋯」
「じゃあな」
「まっ——」
マーダ が別れに言葉を告げた次の瞬間には女性の前からその声を消していた。
女性はその場に崩れ落ちると、両手で顔を覆った。何もできなかった、彼を止めることも。空を切る嗚咽だけが女性とともにそこにあった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~
朽縄咲良
ファンタジー
――「要するに、アンタには死なれちゃ困るんだよ。俺が、この異世界で幸せな一生を送って、天寿を全うするまで、な」
魔族を統べる魔王イラ・ギャレマスは、自身の城へと攻め込んできた“伝説の四勇士”の三人、ジェレミィア・ファミィ・エラルティスを、その圧倒的な力を以て圧倒する。
残るは、黒髪黒目の冴えない男――シュータ・ナカムラのみ。
だが……シュータは、魔法陣で三人の仲間を魔王城の遥か彼方へと吹っ飛ばし、ただひとりで魔王と対峙する。
――そして、二十分後。
不様に大理石の床に這いつくばっていたのは、魔王ギャレマスの方だった。
シュータの繰り出す圧倒的なチート攻撃の前に為す術もないギャレマスは、自身の敗北と迫りくる死を覚悟するが、そんな彼に対し、シュータは不敵な笑みを浮かべながら、意外な提案を持ちかけるのだった――。
「なぁ、魔王。ここはひとつ、手を組もうぜ……!」
『地上最強の生物』だが、めっぽうお人好しで、バカが付くくらいに娘の事を溺愛している中年オヤj……ナイスミドル(忖度)の魔王が、反則級のチートマシマシ異世界転移勇者をはじめとした周囲の者たちに翻弄されまくるコメディファンタジー、ここに開幕!
哀れな魔王の、明日はどっちだ……?
(表紙イラストは、ペケさんから戴きました)
*小説家になろう・ノベルアッププラスにも、同作品を掲載しております。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる