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一章〜盤外から見下ろす者、盤上から見上げる者〜

3話「声の聞こえる方へ」

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「なん⋯⋯だよこれ⋯⋯ルール?」

 レイジ達の目の前に映し出されたのはルールの説明。
 ザックリとした概要しか書いていないそれを甚だルールとして取れるかどうかは疑問だが、それはある意味逆の意味を持つのかもしれない。
 そして一通り見たレイジは何処か怒りや憎悪を感じさせる声で呟いた。

「【外なる神】⋯⋯間違いなくあの “声” だな」

「声って言いますと、転移を知らせたあの “声” ですかぁ?」

「ああ、その “声” だ。ゼーレは奴について何か知らないのか?」

 唯一、手掛かりを知っているかもしれないゼーレに振り返って聞いてみるが返ってきた返事はあまり良いものではなかった。

「ごめんね、お兄ちゃん⋯⋯それについてはゼーレは⋯⋯その⋯⋯会ったことないから⋯⋯」

 ゼーレはバツが悪そうに視線を逸らしただただ、言い難そうに口ごもる。

「そっか⋯⋯」

「ごめんね?」

「あ、いや、ゼーレが悪いわけじゃねえよ。知らないもんは知らないんだ。仕方ないだろ」

「⋯⋯うん」

「それよりもお兄様ぁ、ここに書いてある【ダンジョンマスター】が九人って⋯⋯お兄様はご存知ですかぁ?」

 ゼーレとレイジの間に微妙な空気が漂っていたがそれを察してか偶然かエイナが【ルール説明】の一箇所を指差しながら問うてきた。

「あ、それについては俺も気になっていたんだ」

「そうですのぉ?」

「ああ。俺の他に【ダンジョンマスター】になった奴はいる。勇者との戦いの前に突然来た奴らがいただろ?」

「はい、いましたねぇ」

「そうだ。その内のが俺と一緒に【ダンジョンマスター】になった奴等だ」

「ですと後の五人は一体⋯⋯誰なんでしょうかぁ?」

「分からない⋯⋯ただ、仮説を立てるなら俺達とは別のタイミングで【ダンジョンマスター】になって別の世界にいたのか⋯⋯もしくは、連れて来られたか⋯⋯」

 映し出された文面と睨めっこをしながらうんうん、と悩むレイジ達。そんな彼等の背後に二つの人影が近づいて来た。

「あ、貴方様⋯⋯その⋯⋯先程は申し訳ありませんでした」

 レイジが振り返ってみると深々と頭を下げたパンドラと横にはミサキが立っていた。

「⋯⋯パンドラ」

「はい」

 下げていた頭を上げるパンドラ。目は少し赤く腫れ上がり、いつも整えられているドレスの裾は今は少しだけシワが目立つ。
 恐らくかなり泣いたのだろう、そう感じたレイジは心配の眼差しを送るが、気づいたパンドラは逆に笑顔を作った。

「もう大丈夫ですわ!」

「⋯⋯本当か?」

「はい! その⋯⋯あまり悩んでいますとハクレイ様が何か言ってきそうではありませんか。そんな事⋯⋯絶対にハクレイ様にだけは言われたくありませんわ!」

 片手を腰に添え、胸を張りながら豪語するパンドラ。どこか無理をしている様子が見られなくもないが、平然を取ろうとしている彼女に何かを言うのは野暮だろう。

「⋯⋯そうか」

「そうですわ! それより皆様は何をご覧になっているのですか?」

「⋯⋯コレだよ」

 パンドラの問いにレイジはホログラムとして投影されている物を指差した。

「こ、これは⋯⋯?」

「⋯⋯るーる⋯⋯せつめい⋯⋯?」

 今一つ状況が飲み込めない中二人は順に目を通していった。

「成る程⋯⋯ゲーム⋯⋯ですか」

「⋯⋯あんまり⋯⋯むずかしいのは⋯⋯わかんないけど⋯⋯たいへんそう⋯⋯」

「取り敢えず、これは今後の行動方針にもなるからな。しっかり話し合いたい」

「そうですわね。どうもこの説明⋯⋯ムラが多すぎる気がしますし」

「同感だ」

「え? え? どう言う事ですかぁ?」

「⋯⋯?」

 パンドラとレイジの受け応えに首をかしげるエイナとミサキ。
 話に追いつこうと二人から顔を逸らし文面を何度も読み返し、唸り声まで上げるが——

「ぜ、全然わかりませんわぁ⋯⋯」

「⋯⋯むずかしいこと⋯⋯きらい⋯⋯」

 最後は目を虚ろにし音を上げた。ちょっと頑張りすぎたのだろうか頭から湯気が出ているように見える。

「ひ、ヒントはありませんのぉ?」

「⋯⋯ん⋯⋯ちょうだい⋯⋯」

「仕方ありませんね。この三つですわ」

 そう言ってパンドラは三箇所を指で指した。


 ーーーーーーーーーー
 一つ、参加者は【魔王】【ダンジョンマスター】【人類】の三勢力である。

 一つ、【ダンジョンマスター】の勝利条件は【人類】より先に【魔王】を殺すこと。ただし、最も早く【魔王】を殺した【ダンジョンマスター】が勝者となる。また、敗北条件は【ダンジョンマスター】の死亡、もしくは【ダンジョンコア】の破壊とする。

 一つ、【魔王】を殺した者には報酬が与えられる。報酬の内容は『どんな内容であっても一つだけ願いを叶える』となる。ただし、叶う願いは全て自然な流れを取って叶えられる。
 ーーーーーーーーーー


「⋯⋯どこかおかしいにでしょうかぁ?」

「⋯⋯むずかしいのは⋯⋯きらい⋯⋯」

 散々悩んだだけあって胡散臭そうな目で見返すエイナとミサキ。半信半疑を通り越して無信全疑になっている。
 否定してもらいたいっ! そう思いを込めて二人はレイジを見つめるが——

「俺も同じように考えるよ」

「お、お兄様まで⋯⋯」

「⋯⋯ますたー⋯⋯」

 信じていた部下に裏切られた独裁者の様な感情を抱き、人を信じれなくなった者の様な目をするエイナとミサキ。

「まず、一つ目と二つ目を見て分かるのは勢力図だ」

「勢力図ですかぁ? それでしたら、【魔王】と各【ダンジョンマスター】と【人類】ではないのですかぁ?」

「⋯⋯にんげん⋯⋯みんな⋯⋯ればいい⋯⋯?」

「いけませんわミサキ様。その様な物騒な事は後で考えましょう」

「いや、それじゃあ何も説得になってねえから」

「ん⋯⋯」

「いや『ん⋯⋯』じゃないよ! 何でそんなに嬉しそうなんだよ!」

 ミサキは嬉しそうに返事をしていた。それはもう⋯⋯今まで溜め込んだ鬱憤やストレスを全て発散させる場所をようやく見つけた、そんな風に目をキラキラと輝かせていた。
 よく見れば、返事までの時間が短かった様な気がするのも一つのポイントかもしれない。

「⋯⋯その勢力図に何があるのですかぁ? 私は変に感じませんよぉ」

「いや、今エイナが言った勢力図は一部の【ダンジョンマスター】にしか該当しない」

「一部⋯⋯? どう言う事ですのぉ?」

「⋯⋯むずかしいのは⋯⋯きらい⋯⋯」

 エイナの質問にレイジはある三人を思い出しながら答えた。

「もし、【ダンジョンマスター】が報酬を貰う気がないならどうなると思う?」

「貰う気がない⋯⋯ですかぁ? 戦わないってことですのぉ?」

「いや、戦わないって言う選択肢以外にももう一つある。それは——協力する、だな」

「協力⋯⋯ですかぁ? でも、どちらにしてもそれでは他の【ダンジョンマスター】に【魔王】を殺されて負けて——」

 次に『負けてしまいますわぁ』と言葉を続けようとしたエイナの口が止まった。そう、この時にエイナは気づいてしまったのだ。

「そうだ。【ダンジョンマスター】の敗北条件は【ダンジョンマスター】の死亡か【ダンジョンコア】の破壊だ。別に【魔王】が誰に殺されようと関係はない」

「な、なるほどですのぉ!」

「ただまあ、これには願いを叶える奴の願いの内容を把握しないといけないがな。魔物の全滅、とかだったら間違いなく俺達も標的になるからな」

「そうですわぁ! 【人類】なら危険度は高そうですがぁ、同じ【ダンジョンマスター】でしたら話し合えるかも知れませんわぁ! 凄いですお兄様ぁ!」

「そんなことねえよ。パンドラだって気づいてたみたいだし。な?」

 拍手までして嬉しさを表現するエイナ。
 流石にそこまで褒められるとは思ってもいなかったレイジは照れているのを隠すためにパンドラに話を振るが——

「え、ええ⋯⋯そうですわね」

 返ってきた返事はどこか申し訳なささを醸し出している物だった。
 視線を右へ左へと落ち着かない様子で動かし、背中では忙しなく手悪戯が続いている。

「ん? どうかしたのか? もしかして何か間違ってたか?」

「い、いえ! 決してその様なことではありませんわ! 私わたくしも同じ様に考えていましたよ! はい⋯⋯」

 挙動不審に受け答えするパンドラ。一応、考察の部分は強く肯定しているためレイジは『ま、いっか』っと思えてしまっているが⋯⋯何かを隠しているのは間違いないだろう。
 そんな疑念を思いながらもレイジはもう一人の講義を受けていた人物の様子を見ようとしたが——

「⋯⋯ってあれ? ミサキは?」

 そこにはミサキの姿は無かった。ついでに言うならばゼーレもテトラもこの場所にはいない。

「って、よく見たらゼーレもテトラもいないぞ!?」

「そう言えば見当たりませんわぁ。どこに行ったのでしょうかぁ」

「ああぁ⋯⋯」

 キョロキョロと周囲を見渡すレイジとエイナ。しかし三人の姿は何処にもなく、ただ、パンドラが情け無い声を上げている姿があるだけだ。

「⋯⋯パンドラ」

「はい⋯⋯」

「⋯⋯取り敢えず⋯⋯何でそんな声を上げてるんだ?」

「え、ええっと⋯⋯何のことでしょうか?」

 何か知ってるかもしれない⋯⋯と言うより確実に何か知っている、そう思いレイジはパンドラに詰め寄るがパンドラは笑顔で無かったことにしようろ試みた。

「取り敢えず⋯⋯全部吐いちまえよ、な?」

 しかし、レイジの攻撃が止まる事はなかった。先程までとは違って笑顔も付け加えて詰め寄った。

「うっ⋯⋯」

 呻き声を上げながら詰め寄られた分だけ後退るパンドラ。

「⋯⋯」

 しかし、その後退れた分だけ尚も詰め寄るレイジ。

「⋯⋯」

 そしてその詰め寄られた分だけ後退るパンドラ。

 その進退は途切れることなく続いた。前へ後ろへ前へ後ろへ⋯⋯と。
 しかし、その永遠にも続くにではないかと思わせる進退は早くも終わりが近づいていた。

「⋯⋯あっ」

 そう、パンドラの踵が壁を触ったのだ。そして、レイジの最後の進撃が終わった。

「「⋯⋯」」

 二人の距離は文字通り目と鼻に先。ジッと見つめ合う二人。それは儚く散る一瞬か⋯⋯それとも終わりなき続く永遠か。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ」

 先に動いたのはパンドラだった。

 あまりの至近距離でレイジに見つめられ、耐えることができず目を逸らしてしまった。
 その頬は朱に染まっており、儚げな少女の様だ。

「で、何を隠してるんだ?」

「⋯⋯」

 詰め寄られ、見つめられ、目を逸らし、それでも尚パンドラは黙り続けた。
 これ以上は無理か、そう思ったレイジはある行動に出た。

「はぁ⋯⋯悪く思うなよ」

 そう言ってレイジは右腕を振り上げた。

「あ、貴方様、何を⋯⋯!」

 そして——

「きゃっ!」

 パンドラの顔——














 ⋯⋯⋯⋯のすぐ横に掌を叩きつけた。

 壁に背中をつけたパンドラ。そして、パンドラを逃がさんとばかりに退路を断つレイジ。
 ダンジョンで男女が見つめ合い、片方はダンジョンマスター、そしてもう片方はダンジョンの魔物。ある種の禁断。超えてはいけない一線。でもその先には——












 ——と言う妄想がパンドラの脳内で高速に再生された。

「で、言う気になった?」

 もうトドメだった。ライフのポイントをマイナスにまでされた。
 そんな極限状態に至ったパンドラは己のプライドとか仲魔との約束とかを『ま、いっか』と思うようになってしまい、その柔らかな唇をゆっくりと動かし始めた。

「⋯⋯は、はい⋯⋯み、みしゃきしゃまミサキ様は⋯⋯その⋯⋯ぜーれしゃまゼーレ様に遊びに誘われまして⋯⋯付いて行ってしまいました⋯⋯」

「テトラは?」

「さ、最初からいません⋯⋯でしたよ⋯⋯」

「そうか⋯⋯」

 このやり取りの後にダンジョンの最下層で叫声と嬌声と怨声が響き続けたのは言うまでもないだろう。
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