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二章〜世界文明の飛躍〜

24話「魔法 × 天才 × 科学」

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 気がつけば目の前には紙の山がいくつもあった。積んだ犯人がよほど適当だったのか山は不安定な足場の上に立ち、縦横が統一されることなく積まれている。

 そして、犯人は紙の山を崩さないようにゆっくりと体を起こした。机に向かって寝ていたために体の節々の筋肉から悲鳴が上がる。
 ポキポキと関節も小気味良い音は変な場所で寝たことへ憤怒しているようにも聞こえる。

「私は⋯⋯、生まれたのか」

 紙の山から生まれたのは四十代後半の男。
 バサバサに乾燥しきってしまった黒髪は短く、そして乱れている。本来だったならば剃っているだろう髭も今は伸び放題の雑草状態になっており清潔感が一切感じられない。
 四角い眼鏡は知性の象徴と言わんばかりに強い主張をし、彼の顔面面積の三分の一をしめている。
 これらを纏めて一言で言い表すなら、無職のおっさんと言ってやりたいがこの男は無職では無かった。

「えっと⋯⋯名前は平賀源二。年は四十六で職業は⋯⋯研究者。それもギルド日本支部の研究室の室長か」

 男——平賀源二はこめかみに指を当てさも記憶を探るようにして自身の情報を小さく声に出す。
 その姿はまるで記憶喪失から戻ったかのように。

「ふむ、この世界は随分と科学が進んでいるみたいだね。それに⋯⋯最近じゃあ魔石も見つかったのか」

 読者と作家。そんな関係が似合うように源二は語る——否、その関係が正しいのだ。

「なるほど。この世界はにいた時と同じように【ダンジョン】と【魔王】がいるのか。となると奴の目的は⋯⋯やはり【魔王】の討伐か」

 手を顎に添え深く考えを沈ませる。早急で簡単な結論を出さないように慎重に。

「目標は【魔王】の討伐。最優先は現状の打破、と言ったところか。どの道、魔法が定着し切っていない今の【人類】に勝ち目はない。今回は魔道具を作ることのが妥当かな」

 考えが纏まったら次は行動。
 源二は椅子から立ち上がると机に置かれていたスマートフォンを手に取りある人物へ電話をかけた。

「⋯⋯あ、もしもし私だ、平賀源二だ。早急に全メンバーを第一研究室に集めてくれないか。うん⋯⋯そうだ出来上がったんだよ。⋯⋯ああ、それじゃあお願いするよ」

 電話の相手が嬉しそうな声で通話を切ると源二はスマートフォンを机に起き洗面台に向かった。
 洗面台に映る自分は退屈そうな表情だがその片隅にはわずかな期待が垣間見える。
 これから起こることを予測するならば既視感を持ち、もしかしたらと考えるならば楽しさが込み上げてくるのだ。

「さて、この世界で僕に物申せる人がいると良いんだがね」

 そう言って源二は洗面台にある髭剃りと石鹸を使い身だしなみを整え始めた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 源二は私物として置かれていた白衣を纏い第一研究室と看板が貼られている扉の前までやってきた。
 集合時刻の十分ほど前にも関わらず室内からは賑わった声が扉越しに聞こえる。

「みんな早いね」

 源二が一言添えながら研究室に入れば先程までの盛り上がりが一気に静まり、室内にいた全員が源二に視線を向けた。
 その視線は決して敵意などではなく、期待と羨望に彩られていた。

 そして、そんな視線を向けられている中、源二は一人の女性が近づいてくることに気づいた。

 短く切り揃えられた前髪に、一つでまとめられた後ろ髪。
 キツく吊り上がった目尻は本人の端整な顔立ちと相まって常に起こっているという印象を与え、それを僅かに緩和するように左目の下には小さなホクロがある。
 そして、そのスタイルもさることながら有る無しの区別が着込んだ白衣の上からでも十分にわかるほどに色香を醸し出す。

 この女傑、ギルド日本支部の『新元素M』研究室副室長の氷室麗華ひむろ れいかである。

「室長、現在登録されているメンバー全員がすでにここに集まっています」

「まだ十分前だけど?」

「それほどに室長の報告が気になると思いますが⋯⋯本当にわかったのですか?」

「何がかな?」

「惚けないで下さい。私は室長が魔法のメカニズムが分かったからと言ったので集めたのです。もしこれが戯言であるなら——」

 鋭い眼力が一層磨かれる。
 数多の天才の上に君臨し、副室長の肩書きを手に入れた女傑の凄みは並の人間であれば声も出せなくなるだろう。しかし、今の原二にはそよ風の中を歩くことに等しかった。

「それなら心配しなくて構わないよ。きちんと理解しているから」

「⋯⋯そうですか。では、室長の演説に期待したいと思います」

 麗華はそう言い残すと源二の元から離れ席に戻ってしまった。
 源二の記憶では最近の彼女との関係は良くなかった。厳格な性格である麗華と適当な性格であった源二は反発することが多かった。

 それでも何年も同じ場所で悩み、言い争った仲だ。それなりに気遣いもできるし好みだって分かっている。
 しかし、最近の研究の行き詰まりに限界を感じてしまった源二を見て突き放すように麗華との関係は悪化していた。

 それ故に麗華の言葉遣いや態度が悪い気がするが、それも成果が出て行くうち軟化するだろう。
 源二は麗華と自身の関係をそう締めくくり室内にある大型のホワイトボードの前に立った。

「さて皆さんよくぞ集まってくれた。予定より少し早いが時間を待つほどに我々は暇ではないでしょう?」

 源二の問いかけにそうだと言わんばかりに首を縦に振る者も少なくはない。

「我々が研究する新元素Mによって現世に生み出された魔法と言う概念。しかし、魔法を使えるのは限られた一部のみにとどまり大部分の者は使うことができない」

 源二の説明を補うとすると、現在地球上に魔力を保有する臓器が確認できている人口はおよそ十八億人。

 しかし、その十八億の中でもただ魔力を持つだけの者や魔法を使うほどに安定した魔力を持たない者や銭湯で使えるほどに量を持ち合わせていない者も含まれている。

 それらを引いていき、実際に魔法が戦闘で使えるほどになっている人口はその一分にの満たない。

「魔法の有効範囲が広がって行く一方で銃器や兵器などでは手に負えない魔物も出てきた」

 源二の机に置かれていた山のような資料の中にはダンジョンの報告書もあった。
 その中には銃器が効かない魔物や捉えきれない魔物も記されていた。

「当然このような魔物に対応するためには魔法が不可欠であり、現世の科学技術と組み合わさればその威力は魔法すらも凌駕できるだろう」

 身振り手振りを交え熱弁する源二。彼には確信があったのだ。
 彼が知る二度の対戦。その中で科学技術と魔法が組み合わさった世界は魔法だけの世界をはるかに凌駕した戦いであった。
 故に思うのだ——

「科学と魔法は相反するのでは無く、相乗させるものだ」

 しかし、源二の演説に室内の研究員達に変化は少なかった。それは、誰もがそう思っていることを改めて言われただけだからだ。
 そう感じ取った源二は口元を僅かに釣り上げ背後にあるホワイトボードに書き込みを入れた。

 題名は『魔道具理論』

「それでは本題に移ろう。魔法⋯⋯新元素Mと現世の科学技術を織り交ぜた魔道具の理論とその試作品の説明を!」

 源二はさらに書き込みを入れていく。
 新元素Mの性質を。今知る魔法の特徴を。現在のアプローチを。そして、源二自身の発想を。

「魔道具を作る秘密は——」

 そして、魔道具の試作品設計図を。

「——新元素Mによる配列に全てある」

【人類】は誤解していた。
 新元素Mの特徴である緩和能力は他のどの元素と結合しても新元素自身が形態を変化させることで他元素に変化を感じさせないものだ。
 故に、【人類】は新元素と他元素の組み合わせ、もしくは新元素同士の組み合わせで魔法が生まれると考えた。

 実際に魔法は新元素同士の組み合わせで生まれていることが分かったが実際に魔道具として作ることはできなかった。

 その理由は新元素同士の組み合わせが当てはまらないのだ。新元素は対象他元素一つに合う形にしか変化しないため、新元素同士の組み合わせは一組以上が出来上がらなかった。

 だが、源二の書いた理論は違った。
 手順としては新元素と他元素が組み合わさった後にその新元素と他の新元素を組み合わせるのだ。

 こうすることで何が変わってくるかというと、組み合わせが他元素ニホニウムまでを含む百十三種類の新元素パーツが生まれる。
 それらを組み合わせることで魔法を——魔道具を作ろうと言うのだ。

「では、試作品の製作に取り掛かろうか」

 こうして完成した試作品モデルデザートイーグルMー1は拳銃の一種でありながら戦車の大砲一発分の火力に相当するものであった。
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