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二章〜世界文明の飛躍〜
25話「我が名は神龍なり!」
しおりを挟む東京都支部。
とある高層ビルの最上階⋯⋯ではなく、その一つ下の階に大きく陣を構える部屋は日本支部のギルドマスターが居座る場所だ。
ギィ、ギィ、と高めの革製で作られた椅子が不協和音を奏でる。
高価そうな椅子、高価そうな木製の机、来客用の高価そうなソファーに高価そうなテーブル。床にはなぜが敷かれている高価そうな赤い絨毯。
そんな高価そうなものを揃えた部屋は「高価そうな」と言う表現を使い過ぎて逆に安っぽく見えてしまう。
しかし、この部屋を作った本人は至って真面目に考え、見て、また考えて配置したのだ。
本人の美的センスが問われるかもしれないが各々の品は確かに高価ではある。
ギィ、ギィ、とまた不協和音を奏でさせる革製の椅子に座っているこの人物こそこの部屋の主——ギルドマスターの神 流だ。
プラチナ色の髪限界まで伸ばしたのかその長さは肩甲骨まで達している。そして、その髪型に似合うような中世的な顔立ち。お陰で男とは分かるが少し化粧をすれば絶世の美女にまでなれるだろう。
更に、恐ろしいことにこの男の瞳は左右で異なっていた。左目が空色、右目が金色のオッドアイと言う奴だ。
そして更に面倒なのはこの男の美的センスを疑う服装だ。真っ白なコートを羽織り、コートと同色のズボンを履く。そして、コートの下から見えるのは黒のスエット。
もう、誰もこの男を止めることはできないのかもしれない。
「⋯⋯」
ギィ、ギィ、と不協和音を発しながら流はビルから見える遠くの景色に想いを馳せていた。
ずっと遠くに見える山間部と崩れた道路。そこは魔物の襲来によって壊れてしまった場所。いまも復旧の目処が立たっていない。
「⋯⋯」
ギィ、ギィ、と流は退屈そうにまた不協和音を——
「流君うるさいっ!」
——立てようとしたが怒鳴る声に流の動きは止まってしまった。
怒声を放ったのは来客用のソファーとテーブルでいまも必死に書類作業に見舞われている女性。
長い黒い髪を簪一本で後頭部にまとめている。
細い糸と柔らかい絹で作ったような可愛らしい顔は本来であったら万人に受けただろうが、今は目の下の隈や全身から溢れるどんよりとした負のオーラによってその可愛らしさは損なわれている。
そして、至って真面目な服装の黒のスーツをキッチリと着こなしているこの女性は戦場 真子である。
「さっきからギィギィとうるさいよっ!こっちは終わらない資料整理をしてるんだよっ!」
「はぁ、それほど我の奏でる協奏曲が聞きたくないのであれば自分の部屋ですればいいではないか」
「この仕事は流君のだよっ!?」
「⋯⋯ふぅ、やれやれ。もう少し静かに奏でるとしようか」
「奏でないで欲しいんだけど⋯⋯」
「そうだ、さっきから我のことを流、流と呼んでいるが⋯⋯我のことは神龍と呼べといつも言っているだろう!」
「いや⋯⋯流君は流君でしょ?」
「だから神龍と呼べと言っているだろうがっ!」
流の言っていることに長い付き合いだが未だに要領を得ない真子といつまで経っても呼んでくれない流の言い争いがまた始まる。
余談であるが二人は同年代の幼馴染であり、現在二十歳直前だ。そして、流が自分の名前に愛着を持ったのは十四の時だった。
しかし、そんなどうでも良い戦いに水を差すように扉のノック音が響き渡った。
ノック音を聞いた二人は目を合わせ休戦協定を合意すると視線を扉へ向けた。
「⋯⋯入れ」
「失礼します」
流の許可に入室してきたのは日本支部ギルド研究室室長の平賀源二だ。
源二は室内を見渡し自身が来る直前までの風景を想像した。
「⋯⋯もしかしてお邪魔でしたか?」
「いや気にする必要は無い。それで一体、我にどんなプログラムを持ってきたのだ?」
源二の配慮にさも何でもない様子で流は振る舞うがどうやら知らぬ間に冷静さを欠いているようだ。現に——、
「流君⋯⋯プログラムじゃなくてプロブレムじゃない?」
「⋯⋯一体どんな問題があったと言うのだ?」
小学生でも知ってそうな単語を素で間違えいくのだから。
源二の記憶でも似たような光景が記憶されていたが流石に何かの冗談だろと思っていただけに源二の中の存在は不安を抱かずにはいられなかった——こいつがトップでいいのか? と。
「⋯⋯えっとですね、以前書類を送った魔道具配備の許可のことなのですが⋯⋯」
「魔道具⋯⋯配備だと? 何のことだっけかな⋯⋯?」
源二の質問に眉間に深い、ふかぁい皺を寄せ思い出そうとする。途中で素が見える部分もあったがそこは小声なので誰にも聞こえていない。
「⋯⋯戦場に降り立つ悪魔の子よ、今問われている試練への道標を我に捧げよ」
仕方なしに思い出せなかった流は真子に顔を向けるが——、
「⋯⋯ごめん、ちょっと何言っているかわかんないから無理かなぁ」
バッサリ切られてしまった。口調では軽い感じに言っているが実際は違う。深く刻まれた隈のお陰あってか冷たい視線は温度だけではなく恐怖までも伝えてくる。
だが、流に諦めの文字は——
「だから言っているではないかっ! 戦場に降り立つ悪魔の——」
「誰が悪魔の子だって?」
「ごめんなさい魔子ちゃん、ちょっと思い出せないからなんのことか教えて」
——あった。
と言うか、これ以上言えなかった。二度目は流石に許してもらえなかったようで、ガチもんの悪魔が流の視界に映った。
そのため恥も外聞も無く流は土下座をかます。
「⋯⋯私の名前の発音ちょっと違くなかった?」
「真子ちゃんお願いしますっ!」
気迫と根性と土下座で赦しを請い願うギルドマスター。
その熱意と肩書きあってか真子から冷徹さが消え「しょうがないなぁ」とダメ亭主を見る妻の様な表情に変わった。
「⋯⋯はぁ。だからちゃんと資料に目を通してって言ってるのに」
「ありがとうございますっ!」
「源二さんが言ってるのは昨日流君に渡した資料の中にギルドメンバーに貸し出しする武器の許可証のこと」
「ふんふん」
「そしてその武器が魔道具。源二さん達が一昨日まで必死に作って実験した銃器型魔道具計三種類の実戦テストを今日から始める予定だったけどその許可証がないから認可されてないんじゃないかってことで源二さんが来たんだと思うんだけど?」
「そうなのか?」
「その通りです。流石にギルドマスターに無断で行うような案件では無いので許可書を頂きたかったのですが——」
「ごめんなさい。ご覧の通り見てすらいません。直ぐに押させるのでちょっと待ってて下さい」
「⋯⋯分かりました」
真子に言われた通り源二は来客用のソファーに腰をかけた。当然、流と真子のやりとりが見えない様に背中を向ける場所に。
何故かそうしなくていけないと源二の記憶が言っているからだ。
そして、それは懐疑的であったが直ぐに感謝することとなった。
「ちょっと流君っ! この前の資料どこに置いたのっ!?」
「えーっと確かここら辺に⋯⋯」
「ないじゃんっ! 何で大切なものなのに失くすかなっ!」
「ウソウソっ!多分こっち⋯⋯」
「だから無いじゃんっ!いつも言ってるよね?身の回りくらいは整理整頓しようってっ!」
「いや、あの、その⋯⋯た、多分こっちに⋯⋯」
「⋯⋯」
「いやっ!きっとこっちだ⋯⋯と思うけど⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯ごめんなさい⋯⋯失くしちゃったかもしれま⋯⋯」
「⋯⋯」
「はい⋯⋯失くしました」
源二の視界には流と真子のやり取りは映っていない。しかし、流の悲しみに暮れた声色と真子の無言で何となくだが想像ができてしまう。
きっと怖い思いをしているんだろうな、そう思いを馳せながら源二は静かに瞑目した。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
無心。
心の蟠りや雑念を消し、ひたすらに感覚を磨く。
源二の瞑想はいつしか達人の手前まで達していたのかもしれない。
そんな外界との接触を遮断する瞑想に終止符を打ったのは真子の申し訳なさそうな声だった。
「源二さんすいません。このバ⋯⋯流君が源二さんの申請書を失くしてしまったみたいで」
「今我のことをバカと⋯⋯あ、すいません」
「お手数なのですが概要の説明をしてもらっても良いですか? それで許可を出しますので」
「待て! それでは組織が⋯⋯いえ、なんでもないです」
「いいでしょうか?」
所々で申し訳なさを吹き飛ばす様な威圧と眼力が見えたが源二にこの申し出を断る理由はなかった。決して断れなかった訳では無い。
「勿論構いません。出来るだけ手短に終わらせますね」
「はい、お願いします」
「うむ、殊勝な心がけだな盟友よ」
「⋯⋯本当にすいません」
一体どこがデットラインなのか、どこがセーフラインなのか源氏にはわからない。否、分かる必要はないのだがどうしても気になってしまいながら源二は説明を始めた。
「今回実戦に投入するのは拳銃型、機関銃型、爆撃型の三種類です。それぞれ試作なので火魔法のみを。成功すれば順に属性を入れていき状況判断で使える様にしていこうと考えてします」
「へぇ~、凄いです」
「盟友よ、その魔道具は何者に使わせるつもりだ? その口ぶり⋯⋯よもや、魔力が無い者も使える様に聞こえるぞ?」
「⋯⋯何と言うか、素晴らしい洞察力だと思います。はい」
「おい、それはどういう——」
「え!? じゃあ魔道具って誰でも使えてしまうのですか!?」
「真子よ我の台詞に——」
「真子さんの言う通りこの魔道具は誰でも使えます」
「盟友よ! お前——」
「す、凄いです! 凄すぎます!」
「⋯⋯」
「研究員のみんなに伝えておきますね。それで今回の実験にとある【ダンジョン】への侵入を許可いていただきたいのですが」
「これが成功すれば【ダンジョン】攻略が一気に進むよ! 勿論許可しようよ流く⋯⋯どうしたの?」
流は肩を震わせていた。決して嬉しいからでも、楽しいからでも、感動した訳でも無い。
源二の話を聞き興奮気味な真子は今にも泣きそうな流を見て不可解とばかりに首を傾げた。そして——、
「⋯⋯ろう」
「うん?」
「勝手にしやがれバカヤロオオオオオオオオオォォッッ!」
「ちょっ! 流君!?」
流は室内の側面に大きく貼られている窓を開けそのまま空へ飛び立っていった。文字通り、遠く彼方へ飛び立っていった。
流の通り過ぎた場所には太陽の光に反射し輝きが見えるがそれが一体何なのかは分からない。分からないのだ。
「流君⋯⋯泣いてた?」
「⋯⋯」
流の急な態度の変化に流石に申し訳なさを感じたのか源二は何も答えられない。例え合っていたとしても。
「そんなに源二さんの魔道具に感動しちゃったのかぁ」
「⋯⋯」
何と的外れか、と言いたくなるような真子の感想であったとしても源二は何も答えないのだ。例え間違っていたとしてもだ。
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