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三章〜神龍伝説爆誕!〜

51話「神龍、深層心理の戦いに挑む!」

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 ——【妖物のダンジョン】九階層ボス部屋。

 地上には数多にひしめき合う竜の兵団。
 どの個体も狩の時間だと言わんばかりに眼光を爛々と光らせ、手に持つ蛮刀と盾を握る力を強める。

 空中には二つの首を持つ竜と竜に騎乗する天使をも思わせる格好の少年。
 絶対王者の貫禄を崩さない彼の目には虐殺と蹂躙が映り続けている。


「さあ⋯⋯踊ろうか! 僕に竜に君たちの力を! 真価を見せてくれ!」

「「「「「グルアアアアアアアアッッ!」」」」」


 ウァラクの声を合図に一斉に竜兵達が歩み始める。声を高らかに上げ、士気を十分に高め進軍する。


「おい神龍! いつまで眠っているつもりだ! 奴等が動いたぞ!」
「⋯⋯」
「おい! 聞いておるのか神龍!」


 隣で叫ぶ鬼龍をまるで他人事のように流は名目していた。
 少しだけ、ちょっとだけウァラクのステータスに絶望していた彼はそれ以上に思うことがあったのだ——











(⋯⋯なんでこいつ『降龍術』持ってねえの?)


 ——鬼龍が『降龍術』を持っていないことに。


(え? マジでなんで持ってないの? 流石に戦う前に『鑑定眼』使うのは楽しくないから使わないで、共闘してから初めて使ったけど⋯⋯え? なんで? なんで持ってないのに龍とか言ってんだ? これじゃあ、只の痛い奴じゃね?)


 外見的には涼しい顔で瞑目している流だが内心では荒々しく鬼龍を罵っていた。


(ムカつくことにこいつの称号と同じ称号を持ってることなんだよな⋯⋯そう言えば、前に真子に『不治の病って厨二病のこと?』って真顔で聞かれたっけな⋯⋯)


 苛立ちの次に迎えたのは心の傷を無邪気な心で抉ってくる幼馴染の顔と言葉であった。
 当時、流はその称号を貰ったのは気にしてなかったのだが『降龍術』を覚える前であったために実力と設定が一致していなかったのだ。
 逆に言えば、その出来事のおかげでここまで来れたのだが⋯⋯それはまたの機会に語られるであろう。

 そんな訳で、傷を抉り返してしまい温かい何かが頬を濡らす感覚に流は心を若干浄化していたが——










(神龍が⋯⋯泣いてる!?)

 
 ——隣で見ていた鬼龍にとっては瞑目と言う現実逃避をした後に諦めという涙を流すと言う一連の流れにしか見えなかった。


(神龍、御前は⋯⋯ココを死に場所にするつもりかっ!? 正直、御前が酒呑童子にトドメを刺した時の龍化は⋯⋯がしかし! 流石に【ダンジョンマスター】がダンジョンで負けるのは避けたかったから連発できないだろうと考えて早急に連れて来させたが⋯⋯まだ諦めるには早いぞッ!)


 諦め(?)を見せている流をなんとかして鼓舞しようと様々な事を精一杯に考える鬼龍。しかし⋯⋯それは外から見れば押し寄せる大軍に焦っているようにしか見えない。


「⋯⋯鬼龍よ⋯⋯我等には(『降龍術』を使うための)力が足りていなかったようだ」
「⋯⋯ああ、確かに(御前を鼓舞させるための考える)力が足りていなかったようだな」
「この際だ、(『降龍術』を身につけるための)手段を選ばないことを許そう!」
「な、なに!? (手段を選らなばないで御前を連れてきた)余を許すのか!?」

「ああ」
(そうでなければ、真子⋯⋯アイツに抉られた傷がまた顔を見せてきそう⋯⋯それよりも、同じ称号、同じ龍を語る立場の奴が只の痛い設定のカス野郎って言うのが気に入らねえ!)

「そ、そうか⋯⋯恩にきるぞ神龍!」
(コイツ⋯⋯結構良い奴だな! 今度は正々堂々真っ向から勝負してみたいものだ⋯⋯ま、偶にはのも良い気分転換になるかもな!)


 強い友情を感じながら燃え上がる鬼龍。ここまで彼とシンパシーを共感し合える者がいなかったためにその熱は一層熱い。
 一方で、その熱の入り方を自らの力のためだと考えている流は鬼龍の評価を上方修正していた。そして——、


「では、(御前の魔力が回復するまでの時間稼ぎを)行ってくるぞ!」
「ああ⋯⋯逝ってこい!」


 ——もはや無謀にしか見えない戦いの火蓋が切って落とされた。

 流が『降龍術』を身につけるために最初にやってきたのはイメージトレーニングだった。しかし、同じシンパシーを感じた鬼龍には必要ないと思い第二段階を考えていた。
 その第二段階というのが⋯⋯無茶な戦いでのイメージの実現であった。
 流が行ったのは魔物が闊歩する時の日本列島を足だけで走り回ったことだが⋯⋯それはのちに語られたり語られなかったりするだろう。


「喜べ! 御前等を冥土へ案内するのは⋯⋯鬼龍である余だあああッッ!」
「⋯⋯主、よく分からないけど何でそんなにテンション高いの?」
「行け行けゴーゴー! ユウちゃん頑張れー!」


 鬼気迫る表情で大軍に切り込み鬼龍。
 漆黒の刀に切られる竜兵は戦意を失いその場に膝から崩れ落ち、紅色の刀は盾の上からでも竜兵を切り捨て生命を失わせる。

 竜兵も負けじと蛮刀を振るうが空を切り、大挙で押しかければ一気に勢力を失う。
 いくら無限に湧き出るからと言っても最早足止め、時間稼ぎの域を出ることはなかった。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「⋯⋯」


 流は一騎当千の鬼龍の姿を見て納得がいかなかった。


(元がそれなりに戦えたせいかまだ余裕があるな⋯⋯いや違う⋯⋯なんだあの戦い方はッ!)


 暴れ回る鬼龍だがその動きは流に竜兵達を近づけさせない事に重きを置いていることが流には見て取れた。


(あれは、あれじゃあまるで⋯⋯時間稼ぎ⋯⋯いや、我があの悪魔を倒すことを望んでいるかのような戦い方じゃないかっ!?)


 この考えは半分正解である。鬼龍が時間稼ぎをしていると言う点だけであるが。
 そして、それを知ってか知らずか流に声をかける存在がいた。


「あれ? 君は踊ら戦わないのかい?」
「⋯⋯ウァラクッ」


 上空から見下ろす形でウァラクが疑問鵜を浮かべていた。


「いいのかい? 君が戦わなければ彼は底を尽きて⋯⋯死ぬよ?」
「⋯⋯チッ」


 流としてもウァラクがコッチまで来ることは想定外だった。ここで、流がウァラクと戦うのは簡単だ。しかし、それでは鬼龍に『降龍術』を覚えさせるきっかけを奪ってしまうことになる。
 故に、流は戦えない。


「⋯⋯貴様は随分地余裕ではないか。我の前までやってくるとは⋯⋯余程死にたいと見えるぞ?」
「あはははっ! 面白い冗談だ! 僕だってそれなりに腕には自信があるんだ。死ぬとわかってる場所には態々出向かないよ」
「それはつまり、我程度なら赤子の手を捻るくらいだと言いたいのか?」
「別にそんな事を思ってるわけじゃないよ? 僕は脅威としてみているだけさ」


 言外に二人揃わなければ脅威でも何でもないと言っているものだ。


「ふ、ふはははははっ!」
「あははははっ!」


 戦えない龍と戦う気がない悪魔。
 龍の逆鱗に悪魔が触れるのが早いか、龍の待つ新たな龍の誕生が早いか
 激戦を極める決闘場コロッセオでは戦い心理戦までもが激しさを増し始めるのであった。
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