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三章〜神龍伝説爆誕!〜

53話「神龍、想い思い出す!」

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 歪曲する角、捕食者の瞳、狩人の爪と牙、全身を覆う堅固な鱗。
 おおよそ、絶対王者と呼ばれるにふさわしいその姿は世界を夜に染めてしまうほどに美しかった。


「無事であるか神龍!」


 蛇のように長い巨体をうねらせ流の元へ駆けつけた鬼龍は大声で尋ねた。


「大丈夫だ、問題ない」
「では、回復の方はどうである?」
「回復?」
「ああ。御前は余の様な姿になれるのか? ということである」
「それも問題ない」
「そうであるか」


 流の自信に満ちた返事を受け安堵する鬼龍。
 一方で、変なことを聞く奴だと内心で思う流であるが戦闘への意欲があるかの質問だろう、という意味で鬼龍の質問を処理した。
 鬼龍としては別の意味であるのだが⋯⋯そんな深くまで話をする前に前方からパチパチと手を叩く音が鳴った。


「あははっ! すごいすごいよ! まさか人間が龍に化けるだなんてね!」


 音の発信源は二つの頭を持つ竜の背に乗る少年、ウァラクからであった。
 鬼龍の変化と言うか変身というか、その力そのものに賞賛を示していた。その一方で悪魔を彷彿させるほどの醜い笑みを浮かべていた。


「長々と生きてきたけど君みたいな人間は初めてだよ!」
「⋯⋯それはどうも」
「これだから⋯⋯これだから強い奴と戦うのはやめられないんだよ! 何であの人も分かってくれないのかなぁ⋯⋯僕達は戦うしか方法がないし、それ以外を知らないのに!」


 止めることのできない感情、広がり続ける欲望。目の前にいる少年は定まらない視界の中で歓喜に震えていた。


「⋯⋯戦うことが全て、か」
「そうさ! 戦いの中に全てがある! 対話も理解も願いすらもできる! 戦えば全部わかるさ!」


 そう言いながらウァラクは焦点を定め手に持つ槍を軽く握りしめる。


「今度は雑魚の相手なんてさせないよ。僕が楽しめないからね!」


 愉悦に顔を歪ませたウァラクとまるで一心同体と言ったように二つの首の竜が動き出す。
 緩急をつけた初動で狙いを定めたのは——


「その程度の小細工が余に見切れぬとでも思うか!」


 変則的に向かってくるウァラクを完全に視界に入れ、目で追えている鬼龍は間合いを見極め腕を振り下ろした。しかし、


「——ッ!? 消えッ!」
「こっちだよ!」
「ぐっ!」


 急加速したウァラクは鬼龍の背後に回り既に槍を振り下ろした後であった。
 鋭利な槍は鋼鉄よりも硬いだろう漆黒の鱗を僅かに貫き赤い血を滲ませていた。


「う~ん、やっぱり硬いね」
「チッ! 図に乗るなァッ!」
「おぉっと!」


 長い尾を鞭のようにしならせ音速を超えた先端がウァラクを振り払う。


「さぁって、どうやってその硬い鎧を引き剥がそうか⋯⋯」


 鬼龍から距離を取り空中を漂うウァラクだが、


「引き剥がされるのはお前の方だ」
「む!?」


 その直下にはいつのまにか姿を見せた流が銃口を向け、その先から二つの光を直線的にウァラクが乗る龍の腹部を襲わせた。


「⋯⋯一体いつの間に? でも、いまひとつ火力が足りないね! そんなんじゃあいくら撃っても僕には届かないよ!」
「チッ、傷一つなしか」


 しかし結果は、もんどりを打たせるどころか攻撃された気にすらさせられなかった。精々、ウァラクにとっては驚かせた程度で終わっていた。


「もっと力を込めな~。全力出さないと——」
「紅桜ッ!」
「ガッテン承知だよぉ!」


 余裕の態度で流を見下していたウァラクの背後から鬼龍は鋭く紅色を纏った爪を振り下ろした。しかし、


「——こっちは受けてあげなぁ~い、よ!」


 背中に目玉がついているのかと思わせるほどに鬼龍の奇襲を察してその爪撃を避ける。


「君⋯⋯鬼龍くんだっけ? 君の攻撃は当てられたくないな。流石の僕でも今の君の『大罪』を直でもらえばタダじゃすまないからね~」
「グヌヌ⋯⋯」


 当たりさえすれば。しかし、その当てることが一向に出来そうにない鬼龍は苦虫をすり潰した様な表情で歯軋りを鳴らす。


「それにひきかえ、神龍くんだっけ? 君のはもう少し僕をヒヤヒヤさせる様な手札はないのかい? ないなら君は外で見てた方がいいと思うよ?」
「⋯⋯」


 もはや挑発としか言いようのないウァラクの忠告。無言のまま見据える流であるが、流の中で一つの回想が流れ出していた。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 それは世界が剣と魔法のファンタジーに包まれ、世界が崩壊の一途と辿ることをどうにか阻止しようとしていた時であった。


「どーしたの? そんな浮かない顔して」


 高層ビルの屋上。流は誰に許可を取ることなく無断で侵入し青い空を眺めていた。


「⋯⋯真子か」
「なによそのどうでも良さそうな言い方! 心配してきたんだからもう少し感謝してもいんじゃない?」


 どうしてここがわかったのか? そんな野暮なことは十数年間の付き合いである幼馴染の少女には必要なかった。


「⋯⋯もしかして『黒騎士』に負けたのがまだ悔しいの?」
「⋯⋯⋯」


 真子の口から出た『黒騎士』と言う単語。その言葉を聞いた流は口を閉ざした。


「確かにさ、あんたは強いよ。私じゃあ思いつかない様な魔法をバンバン思いついてさ、しかも武器だって一通り使えるくらい運動神経もいい⋯⋯正直羨ましいよ」
「⋯⋯⋯」
「でもさ、『黒騎士』はあんたより10も20もレベルが高かった魔物なんでしょ? しょうがないんじゃない?」


 そう、真子の説明通り『黒騎士』とは東京都市圏と近郊の県の間を闊歩するボス的な魔物の一体であった。
 当時、周囲の県と物資や人材など様々な交通を安全化させるために討伐対象となった『黒騎士』は猛威を振るっていた流に任されていた。だが、


「⋯⋯俺がもう少し、いやもっと強ければ誰も死ななかった」

 結果は辛勝。
 小数精鋭であった流の部隊は数人を犠牲にし勝利を得たのだった。もともと少なかった部隊は一層少なくし帰還したのだ。


「でもさ、『黒騎士』の見積もりが甘かったのもあったでしょ? 本当なら余裕でも相手だって⋯⋯その⋯⋯」
「奴の能力は俺と変わらなかった⋯⋯むしろ、俺の方が魔法があった分高かった」
「⋯⋯」


 言い訳すら許さない流の言葉に今度は真子が口を閉ざしてしまった。


「俺と変わらないスキルレベル⋯⋯なのに何人も犠牲になった」


 数字として見れるようになった世界の均衡。それは目に映り、理解できるが故に絶対性と強い信頼を生み出していた。


「⋯⋯何を信じればいいんだよ」
「⋯⋯」


 それ故に、裏切られればどこまでも堕とされていく。信じていたものが、願っていたものが期待を粉々に砕く勢いで裏切っていくのだから。


「これじゃあ⋯⋯俺はまた⋯⋯」


 誰かを殺してしまう。そう言いかけた時だった。





「⋯⋯あ゛あ゛あ゛もうっ!」




 ドンドンと下の階の人の迷惑を一切考えていない程勢いを立て真子は流に近づき、胸ぐらを掴み、流を宙に上げた。


「いつまでウジウジしてんのよっ!」
「!!??」


 突然の真子の行動に驚きと疑問符が流の頭の中を駆け巡る。


「あんたは今の世界が何かのゲームだとでも思ってるの?! 数字一つ違えばどんな戦いだって絶対勝てるとでも思ってんの?!」
「え⋯⋯いや⋯⋯」
「舐めてんじゃないわよ! 人間なんて血管一本切れれば死んじゃうし、剣一本刺されば痛くて動けないのよ! そんな弱っちいのがステータスの数字一つ違うだけで油断タラタラでいられると本気で思ってんの?! そんなんだったら今頃苦労してないわよ!」


 急変した世界への鬱憤を捲し立てる。
 流を持ち上げていた腕も下がるがその腕は小刻みに震えていた。


「今頃⋯⋯本当に、こんな苦労⋯⋯してないわよ⋯⋯」
「⋯⋯」


 流の服を掴む力が一層強くなる。


「流⋯⋯あんたは強いよ。頭も良いし、こんな世界⋯⋯ゲームみたいな世界を望んでいたんだと思う。だからかな⋯⋯最近のあんたはカッコいいよ。でもっ!」
「——ッ!?」
「今のあんたは嫌いっ! 悔やむな、なんて言わないけど、前のあんたは私の前でそんなカッコ悪い姿見せなかった! いつも余裕で飄々としたあんたしか見せなかった! だから⋯⋯だから⋯⋯!」


 真子の目尻から溜まっていたモノが流れ落ちた。


「さっさと立ち直って、いつものカッコいいあんたを見せないさいよ⋯⋯ばかぁ⋯⋯」


 嗚咽しながら真子は泣いた。脇目も振らず、泣き散らす子供の様に流の胸元を叩きながら泣いた。


「⋯⋯」
「うわああああああああぁぁ! 流のばかあああああぁぁっ!」


 涙を流すことができず、許されないと自戒していた少年に変わって一人の少女が泣いた。
 その日から流がそのビルの屋上で耽ることはなくなった。
 そして同日、流の中で考え方が大きく変わった日でもあった。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「⋯⋯悪魔よ」
「何かな?」


 ウァラクの言い分に沈黙を保っていた流が大仰な口を開いた。


「貴様は我の攻撃がそよ風か何かだと言いたいのだな?」
「⋯⋯ぷっ! せっかく遠回しに言ってあげてたのに自分で言っちゃうのかい?」


 流の言い分に隠すことなく、堪えることもなくウァラクは笑う。


「その通りだよ。もしかして気にでも触ったかな? まあ、自覚しているのなら早めの退場をお勧めするよ?」
「そうか」



 そう言って流は手に持つ二つの銃口をウァラクにへと向けた。


「⋯⋯聞こえてなかったのかなぁ? 僕は君の攻撃は無駄だからさっさと出てけって言ったんだよ?」
「聞こえていたさ。だから、我のこの一撃に逃げることも苦しむこともない貴様が居るならば去ろうと考えたのだよ」
「⋯⋯ふ~ん。いいよ、付き合ってあげるよ」


 流の宣言を安い挑発と認識したウァラクは真っ直ぐに銃口を見た。


「君がさっきまでと同じ程度しか力がないならそれまで。それ以上に出せるなら僕の楽しみは増えるからね」


 どこまでも余裕を崩さないウァラク。そんなウァラクの姿を見据えながら流は——


「——世界の真理を知れ」


 ——二つの引き金をゆっくりと引くのだった。
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